episode.32 未来への期待
「貴方って人は……よくもまあ、次々と問題を抱えてくるわね。」
ミシェ姉は呆れつつも、優しく微笑み返してくれていた。
「で、そんなクソ忙しい時に俺達呼んで飲んでていいのかよ。」
オーツは珍しくまだ酔ってはいない口でせっついて来た。
「こんな時だからこそ、飲まなきゃやってられねえんだよ……。」
「あれ?ウェイ、お前珍しく酔ってる?」
「んなわけねえだろっ!」
普段真っ先に潰れるオーツに煽られてイラッとしては肩で体当たりする。
その瞬間、グラッとする頭にバランスを崩して椅子から落ちそうになった。
「おいおい、大丈夫か?本当に珍しいぞ、お前がこんなに酔うのは。」
ルクスが支えてくれたことで何とか怪我せずに済むも、どうしてかそこで俺は楽しくなってしまった。
「ウェイ、もしかして疲れてる?それとも何かいいことでもあったの?」
頬を緩めてグラスをじっと眺める俺に、ミシェ姉は肘を突いては愛おしそうにこちらを見て来た。
「正直両方だな。」
「両方?」
その答えに三人共俺の方を見ては首を傾げた。
その表情は、まるで初めて魔法を目にしたかのような、興味半分、驚き半分といった顔だ。
「これ見てみろよ。」
そう言って、機嫌よく俺はポケットからルーンを取り出してはテーブルの真ん中に置いた。
「これがどうかしたのか?見たところ普通のルーンに見えるが……。」
「ん?これ、術式発動してねーじゃん。お前が製錬ミスるなんて珍しいな。雪でも降るんじゃねえの?」
ルクスとオーツは物珍しさのあまりか、目を丸めて俺を見つめてきた。
「俺じゃねーよ、バーカ。これはルイスが作ったんだ。」
「いやいや、何嬉しそうにしてんだよ。ルイスちゃんの失敗作を見せびらかすとか、お前の性根はどうなってんだよ……見損なったぜ。」
ニシシと笑う俺を、オーツは目を薄めて苦いものでも食べた時のような顔で睨みつけて来た。
「……っ!?ちょっとまって、これって……!?」
「どうしたんだよ、ミシェ姉?」
「おっ、さっすがミシェ姉。気づいたな。」
飛び跳ねるまではいかずとも嬉々とした声色で驚くミシェ姉に、ルクスとオーツは首を傾げた。
「ねえ、ウェイ。これ、本当にあの子が作ったの?」
「ああ。本人は気づいてないから、たまたまできたものだろうけどな。すげえだろ。」
俺はニヤニヤしながらミシェ姉の持つルーンをじっと見つめた。
ルクスとオーツにはがっかりだが、ミシェ姉が期待通りの反応をしてくれたことに益々楽しくなった。
「おいおい、二人で話進めんなよー。そのルーンがどうしたって言うんだよー。」
置いてけぼりに分かりやすくふて腐れるオーツに、ミシェ姉はやれやれと溜息をついては口を開いた。
「これ、【空間移動】のルーン術式になっているのよ。」
「空間移動?……って、ええ!?」
そこでオーツはテーブルを叩いては立ち上がって叫んだ。
途端、周囲の目がオーツに集まるも、オーツはそれにペコペコ謝ってはゆっくりと座り直した。
そこで一旦咳払いして自身と場を落ち着かせてからミシェ姉に向き直る。
「空間移動って、空間移動だよな?」
「ええそうよ。」
「オーツ、今お前すげえバカなこと言ってるぞ。」
「仕方ねえだろ。【空間移動】のルーンなんて早々お目に掛かれるもんじゃねえ!」
オーツの豪快な驚き方に俺は一層気持ちよくなって目の前の酒を飲み干した。
「そんなに凄いものなのか?」
ルクスの素人質問に、俺達三人は同時に強く頷いた。
「【空間移動】のルーンは本来、【大地】の自然系ルーン術式と、【土】と【風】と【水】の元素系ルーン術式を必要とするの。これらを組み合わせるだけでも当然難しいけど、もっと厄介なことに、これらをルーン文字の中でも特殊文字のすべてを使って波状型構造で術式を彫らなきゃいけないのよ。」
「ただ今回のルイスの術式は、古代文字を使っているから【大地】の術式は使ってない。もっと言えば、元素系術式も【土】と【水】しか使ってない。それで術式が成り立ってるからすげえんだよ。」
「な、なるほどな……。」
ルクスは難しい顔をしながら頷いているが、この様子だと多分理解できてない。
まあ戦うことがメインのルクスからしたら、技術職の俺等の会話についていく方が難しいだろう。その逆も然りだが。
「ん?でも、おかしくないか?そのルーンは失敗作何だよな?でも術式が成り立っているっていうのはどういう……?」
「ああ、それは単に座標が入ってないからだ。」
「座標?」
「要は、移動先の指定がされてないんだ。本来【空間移動】のルーン術式には、座標を術式の中に組み込んで移動先を指定するんだが、ルイスのそれは、そもそもが【土壌改良】の術式のつもりで彫っているから、その指定がない。だから術式が成り立っていて、魔力液が順応していても発動しないんだ。」
俺の説明にルクスはようやく納得したように眉間の皺を広げては頷いた。
「でも、これ本当に凄いわよ。座標を組み込む余地がないから発動までは持っていけないし、これ以上魔法として成立させることはできないけど、術式としてだけ見れば古代文字を使った新しい術式として登録できる。パターン化できれば実際に流用だって出来るかもしれない。」
「ああ。今回のコレで確信した。術式銘彫だけで言えば、あと5年もすればあいつは俺を越えるよ。」
俺はグラスをぐるぐると回しながら感慨深さに浸った。
「お前がそこまで言い切るとは、本当に凄い子なんだな。今度一度会ってみたいもんだ。」
そう言ってルクスはジョッキに残っていた酒をグイッと飲んではこちらに笑みを向けてくる。
それに俺は同じく笑みで返した。
「ん、それはそうと忘れてた。オーツ、お前に頼みがあるんだが……。」
何の気なしにふとオーツへの頼みごとを思い出し横を向くと、顔を真っ赤にさせて潰れかかっていた。
そんなオーツの様子に構うことなく俺は肩をゆすぶって起こしにかかる。
「なーんだよ、頼みって。」
オーツは嫌々返事しながらもこちらに目を合わせた。
「〝碧雲鉱〟を手に入れて欲しいんだけど、出来るか?」
俺がそう言い放った瞬間、オーツはそれまで真っ赤だった顔を一瞬にして真っ白く染め上げてはギョロッと目を見開いて立ち上がった。
「〝へきうんこう〟だって!?」
大声で叫ぶオーツに再び酒場中の視線が集まっては、ペコペコ頭を下げては平謝りして座り直す。
「どうしたんだ?そんなに貴重なものなのか?」
ミシェ姉と共にルクスがオーツへと首を傾げて聞き返す。
「いや、知らねえ。」
だが、オーツの即答に椅子から転げ落ちそうになったので、今度は俺が助けに入った。
「なんだよ、まったく!知らないなら今の驚きは何なんだ!」
「うわー。馬鹿だね、お前は。」
「ムッ。ウェイにならまだしもオーツ、お前には馬鹿と言われたくないんだが。」
「いいや、お前は馬鹿だよ。」
オーツとルクスが睨み合っては喧嘩を始めるも、そんな中ミシェ姉が二人の顔の間に手を入れた。
「はいはい、そこまで。オーツ、それで結局どういうことなの?」
二人がフンッと顔を逸らす中、ミシェ姉は溜息をつきながらもオーツに説明するよう促した。
「いいか。これでも俺はレミリア商会の鉱石管理部門長だ。自慢じゃないが、鉱石と呼ばれるもので俺が知らないものなどほとんどないと言ってもいい。」
「それで?」
「そんな俺が見たことどころか聞いたことすらない鉱石の名前を言われたら、そりゃあ驚かない訳がなかろう。」
「単にお前の勉強不足じゃないのか?」
「何おう!?」
したり顔で説明するオーツに、それを煽るルクス。またも喧嘩を始めようとする二人に、ミシェ姉は我慢の限界と二人に拳骨を食らわせた。
「まったく。良い年した大人がくだらないことで喧嘩しない!」
ミシェ姉の怒った顔で二人はシュンとしては口を結んだ。
その光景に、俺はただただ懐かしさを覚えた。
学生時代、俺達三人でよく無茶や喧嘩をしてはミシェ姉に怒られたもんだ。
あの頃は日々物足りなさを感じていたが、今思い起こせば充実していたように思う。
ようやく皆が落ち着いたところでそれぞれもう一杯ずつ酒を頼んだ。
「無茶は承知の上だ。別に手に入らなかったらそれでもいい。俺も効果以外の情報を持ってないからな。お前でなきゃ頼もうとも思わないし。」
「そこまで言われちゃ仕方がねえ。まあ探してはやるさ。他でもないお前の頼みだしな。」
「ありがとな。助かる。」
俺とオーツはニッと笑い合っては拳を合わせた。
そこで頼んだ酒が届き、最後は皆で乾杯しては今夜を越した。
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