episode.31 他が為の術式

「いい加減にしろ!!」


「お前こそ黙ってろ!!」


「いいや、君の方が諦めるべきだ!!」


「ふざけんな!!ウデ信用してるとか言ってたくせに!!」


 工房の一室で、二人は互いに睨み合っては言い争いをしていた。


「失礼しますって、ひゃあっ!?」


 部屋の扉を開けた瞬間に燭台が飛んできたので、ルイスは思わず持ってきたお茶のことも忘れてしゃがみ込んだ。


 頭を屈めながら何事かと前を見れば、ウェイとフレイテスが今にも取っ組み合いを始めそうな形相だった。


「ちっ、ちょっと!お二人共何やってるんですか!?」


 ルイスは溢したお茶に目も向けず大慌てで二人の間に割って入った。


「どうもこうもない!!ウェイのやつ【暴走抑制】の術式を入れるって聞かないんだ!!術式のバランスやコストを考えたらそんなもの入れる余裕はないって言うのに!!」


「んなもん、術式を組み直せばいくらでもどうにでも何だよ!!自分の腕に胡坐掻いて面倒臭がってんじゃねえ!!」


「そんな時間がないと言っているんだ!!依頼の期日まであとたった5カ月しかないんだぞ!!術式は従来のものを使う。それで何の問題がある?組み直している暇なんてないんだよ!!」


「あんなガタガタの術式で製錬したところで、また短期間で駄目になって終わるだけだぞ!!劣化が早ければ暴走率は上がる。それじゃ製錬する意味がない!!」


「だから、そんな時間がないと言っている!!暴走率が上がるといっても微々たるものだ。今までの術式だって安全性の基準はクリアしている。それに、たとえ短期間で駄目になったとしても、次の機会にちゃんとした物を作ればいい。今はとにかく時間がないんだ!!術式は従来のものを流用する!!」


「このヘタレわからずや!!」


「そういう君は変態こだわりマンだ!!」


 いがみ合ってバチバチ火花を散らすウェイとフレイテス。

 二人の言い争いは最早誰にも抑えられないものだった。


「プ……フフフ。」


 と思われた矢先、その失笑によって二人の堪忍袋の緒はひょんと縫い直された。


「な、なんだよ……。」


 ルイスが笑いを堪えようとお腹を押さえている姿に、俺もフレイも虚を突かれた。


「いや、その……変態こだわりマンって……フフ。」


 どうやらフレイの暴言がルイスにとってのツボに入ったらしい。

 その必死に笑いを堪える楽しそうな姿に、俺達は何だか馬鹿らしくなってしまった。


「やれやれ。こうやって言い争いをしている方が時間の無駄か。」


「だな。今は口じゃなくて手を動かさねえと。」


 互いに微笑んではさっきまでのギスギスした空気はいつの間にか消えていた。



 お茶を入れ直してくれたルイスに礼を告げ、俺はフレイと共に以前エルトから貰った資料に改めて目を通した。


「この術式には欠陥がある。」


 俺の呟きに、フレイもおもむろに頷いた。


「欠陥、ですか?」


 ルイスは首を傾げると、興味があるとでも言いたげに背後から資料を覗き込んできた。


「前回使われた術式は〝自壊術式〟になってるんだ。」


「自壊術式?」


 何のことか、と一層首を傾げるルイス。まあ知らないのも無理はない。というより、本当はこんなもの知らなくていい。


「自壊術式は、術式自体は成立しているし、発動もする。だが、ルーン自体に過負荷が掛かる術式のことだ。」


 フレイがそう告げると、ルイスは考え込むようにして今まで覚えてきた術式を脳裏に巡らせた。


「ルイスも使えるもので例を出せば、組み文字や連鎖律のように『本来繋げることのできない術式同士を繋げる』手法を使えば術式の解釈が広がり、今回のルーン式エンジンみたいな複雑なものも作れるようになる。ただ、数を繋げ過ぎたり、相性の悪い術式ばかりを無闇矢鱈に繋げると、ルーン自体に過負荷が掛かって魔力過多が起きる。そうすると、魔力充填率過多の時と同様の現象が引き起こされることになるんだ。」


 俺の説明に益々難しい顔をしては、それでもルイスは一生懸命飲み込もうと奥歯で噛み締めては、少ししてからゆっくりと口を開いた。


「えっと……要するに無駄が多いってことですか?」


 ルイスの出した結論に、俺は強く頷いた。


「他にも、自壊術式は発動時のアテンダイト発生量が多くなるという特徴がある。一般的なサイズのルーンならさほど問題にもならないが、今回のようなサイズだと最悪環境汚染の原因にもなったりする可能性がある。だから無視が出来ないんだ。」


 フレイの補足に今度は分かりやすくルイスはコクコク頷いた。


「製錬技師なら自壊術式は本来避けるべきだ。出来てしまったのは仕方ないにしても、使うのはご法度。恥を知れと言ってもいい。」


「それじゃあ、今回この依頼が来たのもそれが原因で壊れたから?」


「だろうな。大型ルーン式エンジンが10年持たずに壊れるなんて前例がない。これだけのサイズなら普通20〜30年は持つ。」


「そんな……でも、どうしてそんなことに?」


「理由はおそらく2つ。1つはそれまで従来使われていた術式が使えなくなったからだ。ロビンソンの自発性魔力融合論は知ってるか?」


「全く分かりません……。」


 こちらの問いかけに、ルイスは度々申し訳なさそうに顔を下げた。


 まあ流石に製錬技師になって1年目でそこまでは知らないか。

 これ系統の話は一級以上であっても知らない奴がいるくらいだ。それをまだまだ経験の浅いルイスが知っている方が驚きだ。


「すげー簡単に言うと、複数の元素系ルーン術式と【大空】の自然系ルーン術式を繋げる際に、従来通りの『術式で繋げる』方法じゃなく、『複数の魔力液を注入して』術式に循環させ、その際に引き起こされる融合反応で術式を成立させる方法のことだ。」


「48年前に亡くなった元国認製錬技師だったロビンソン・チャーチル氏が考案された手法だよ。」


 俺とフレイはルイスに解説しては、ロビンソンに黙祷を捧げた。


「術式銘彫じゃなく魔力液で……そんな方法があるんですね。」


「まあな。だが、200年弱のルーン魔法史で言えば割りと最近になって見つかった手法だ。研究が碌に進んでない分、使えるレベルにあるのは爺さんのそれくらいなもんだ。俺だってちゃんとは理解しきれてない。」


「先生ですら……。」


「ああ。理解できている奴がいないから使えない。その証拠に、前回までのルーン式エンジンはロビンソンの個人名で記録が残されているが、今回壊れたルーンの記録の名義は工房になってる。」


「もう一つの理由は?」


 ルイスの問いに、そこで俺とフレイは口を結んだ。

 俺とフレイはその答えにはとっくに行きついている。だが、既得権益の争いなぞ一介の製錬技師が気にすることではないからだ。


「特許だよ。」


 沈黙に耐えられなくなったか、フレイは溜息を深くついてから口にした。


「今の話の続きにもなるが、ロビンソン氏は相当にお金にがめつい方だったと聞いている。だから魔力液で複数術式を連結させる手法を自身の工房の特許にして外に漏らさなかったんだ。もっと言えば自身の工房にすらそれを残さなかった。」


 フレイと同様に、俺達は苦い顔を浮かべては舌を噛んだ。


「ルーンにおける特許の扱いは、音楽や本のそれとはまたちょっと違う。当人が嫌と言えば、当人が死んだ後でも永遠にその特許が外れることはない。」


 ロビンソンは生涯どこの誰にも技法を公言しなかった。

 だから、融合論自体の手法は知られていても、その詳細までは誰一人として知りようがない。


「そんな……本当に何処にも何も残ってないんですか?」


 ルイスは分かりやすく食い下がって来た。

 自分自身では何も思いつかず力になれないのが歯痒いのか、俺達に閃く機会を作ろうとしてくれている。


 だが、そう簡単に思いつくようならさっきみたいに言い争いはしなかっただろう。


「まあ、一つだけ。遥か上空の皇宮――その書庫の記録インデックスになら残ってはいる。正式に登録された魔法の情報は魔法史に残す為に必ずそこに登録されるからな。」


「よくそこまで知っているな。君の知識量には本当に感嘆するよ。」


「いちいち茶化すな。どのみち俺達じゃ皇宮書庫には入りようがない。結局は手詰まりだ。」


 フレイの期待交じりに怪しむ口調に俺は若干の嫌悪を混ぜてあしらった。


 あれからまだ王から返事はない。

 覇魔石の件で相当に混乱しているのか。

 いったい皇宮で今何が起きている?


 気にはなるも、片翼を失った今の俺では自分の意志だけであの地に行くことはできない。

 焦りはする。けれど、待つしかないんだ。


「で、どうする?手詰まりなら、やはり一旦は諦めて直前に使われた術式を流用するしかないんじゃないか?私だって自壊術式のルーンなぞ本当なら作りたくはない。だが、今回の依頼は国どころじゃなく、世界の流通に影響を与えてしまう。急場しのぎだとしても完遂させる方が優先だと私は思う。【暴走抑制】の術式を入れられるなら勿論最善だとは思うが、今回ばかりは諦めるべきだ。」


 フレイの言うことは尤もだと思う。

 だが、こればっかりは理屈じゃない。


 俺は深く息を吐いては目を瞑って、己が持つ知識の全てを頭に思い浮かべた。


 一つ、また一つ、と引き出しを開けては閉じ、開けては閉じる。


 そして、ゆっくりと目を開けては大きな溜め息をついた。



「5日……いや、4日でいい。時間をくれ。それで駄目なら諦める。」



 普段より低い俺の声に、フレイは悩みつつもゆっくりと頷いた。

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