episode.30 信頼
約一年ぶりの再会に、俺の心は浮き立つ――ことは一切なかった。
「どっから湧いて出て来たのか知らないが、こんだけ人がいてよく俺達が分かったな。」
「当たり前だ。君のストーカーである私が、君が来ていることに気づかないわけがないだろう。」
「きもっ。」
胸を張って誇らしげにするフレイに俺は腕に鳥肌を覚えた。
てか、ストーカーを自称してるのか、こいつ。
「ははは。ひどい言われようだな。まあ、もう慣れたが。」
「御託は良い。だらだらと話すつもりもないしな。」
こいつとの再会に特別交わす言葉はない。
俺はそれまでの気持ちは払拭して、フレイと向き合った。
「時間が惜しいから単刀直入に言う。お前に頼みがある。」
「ああ。引き受けよう。」
「あ?」
それまでとは一変、真面目な話に気を張ったのも束の間、フレイの即答によってそれは一瞬にして散った。
「俺まだ何も言ってねえんだけど……。」
「君の頼みなら断る理由はない!」
ニカッとそれはもう爽やかに白い歯をこちらに見せるフレイに、俺は逆に頭が真っ白になった。
「噂に聞いていた人物像とは随分かけ離れているわね……。」
あのエリンでさえ、フレイの俺に対する言動に戸惑いを隠しきれない様子だ。
久々に面と向かったが、やはりこいつは頭がおかしい。
「お前それでいいのか?今は王国祭の準備で手一杯なんだろ?」
俺は溜息と同時にフレイをジトッと睨んだ。
「まあそれはそうだが、家を用意してやったにもかかわらず早々に勝手に出て行って、その後連絡も一切してこない、お礼も言ってくれない、そんな君がわざわざ私のところに来たんだ。只事じゃないんだろ?」
「礼なんか言うかよ。そもそも無理矢理俺を王都に連れて来たのは何処のどいつだったっけ?恩着せがましく言うのは止めてくれ。」
腕を組んで厭らしい顔を向けるこいつには、何が何でも礼なんか言ってやらない。言う必要もない。
そう思っていたんだが、俺も丸くなったんだろうか。気づけば自然と口を開いていた。
「まあ、米粒一粒くらいには感謝してるよ。」
そう口にすると、フレイは一瞬驚いた顔を見せるも、すぐにニヤニヤしながら近づいては肘で突っついてくる。
「もう一度大きな声で言ってごらん。ホラホラ!」
「うるせっ、ぶっ殺すぞ!うわっ、離れろって!キモいっ!」
分かりやすく煽り散らかしてはグイグイ距離を詰めて来るフレイはまさにストーカーそのものだ。
「ルイス、エルト、エリン!お前等笑ってないで助けろ!」
三人に助けを求めるも、クスクス笑ってるだけで一向に手を差し伸べてくれない。
さては、こいつらも楽しんでやがるな。
後で仕事山ほど振ってやる。くそっ……。
そうこうしてるうちに流石に飽きたのか、諦めたのか、ようやくフレイから解放される。
「まったく……で、話を戻すが、本当にいいんだな?」
俺はフゥと息を吐いて気を取り直しては、フレイに再び呼びかけた。
「ああ、構わない。どんな事でも手伝うよ。」
「本当にお前は……俺が無茶無謀言ったらどうする気だよ。」
俺は今日何度目かも分からない溜息をついては呆れた。
「それについては、実はもう大体は予想がついているんだ。」
フレイはそれまでの様子からは考えられない真剣な面持ちでエルトの方に目を向けた。
「大方、飛空艇の件だろう?」
なるほどな。
こいつ、最初から分かっててダルがらみしてきやがったな。
エレキスターといい、こいつといい、どいつもこいつも国認ってやつらは一癖ある奴しかいないのか、まったく。
「分かってんなら話が早い。お前ヘルモニウムの魔法鎚持ってたよな?それを貸してほしい。」
今の話の流れからして、俺の発言はそんなに場違いなものではなかったはず。
だが、想像に反してフレイはキョトンとした顔を見せた。
「……だけ?」
「ん?」
「……それだけでいいのかい?」
肩透かしとでも言うようにフレイは首を傾げては目を丸くして俺を見つめている。
その様子に、今度は逆に俺が首を傾げてみせる。
「あ、いや、私はてっきり手伝えと言われるもんだとばかり……道具だけでいいのかい?」
その発言に、俺は少しばかり驚いた。
確かにこいつは最初に俺の頼みなら何でも引き受けると言ってくれていた。
だが、実際は王国祭の準備もある手前社交辞令みたいなもんで言っているのだとばかり思っていた。が、まさか素の意味のままだったとは。
「いや、お前んとこの仕事量見てそんな図々しいこと頼めるかよ。そこまで俺も鬼じゃねえよ。」
受付奥に見える工房では今も数え切れない従業員達が忙しなく働いている。
それを見て何も理解できないほど俺も馬鹿じゃない。
しかし、こちらの考えとは裏腹に、フレイは豪快に笑ってみせた。
「君にも遠慮というものがあったんだな。」
「どういう意味だよ。」
「他意はない。そのままの意味さ。」
「ああ、そうかよ。でも実際こっちに貸せるだけの人手、お前の所にもないだろ?」
俺は若干ふて腐れながら工房の方を指差した。
「そこは問題ない。いくつかの仕事は王国祭後に回しても問題ないし、受領した物の中でも一見の依頼はいくつか断ろうと思う。」
「いやいや、ちょっと待て!それは不味いだろ!?どうしてそこまで――」
流石にそれはいくら何でも畏れ多い。
確かにフレイの全面協力を受けられれば道具だけでなく、必要な全ての要素が解決する。
だが、いくら何でも既に受けている依頼を放棄する程こちらの頼みを受ける旨味はないだろう。
俺は堪らず戦慄くも、フレイはそれを意に返さなかった。
「君だからさ。」
その一言で、俺はそれまで開けていた口を塞いだ。いや、押し黙らされた。
浮ついた空気が一気にピリつくのを感じる。
「私達職人にとって一番信頼できるものは何だい?」
「それは……」
「腕だ。」
そこまで言って俺はフレイの言いたいことを理解した。
「たとえ他の依頼を断って世間の信頼を落としたとしても、君の本気の製錬が見られるなら安いものだよ。私はそれだけ君の腕を評価している。」
普段からは考えられない程真面目なフレイの表情と語り口調に、俺は正直圧倒された。
今までこんな奴がなんで国認に――そんな風に思うこともあったが、もうそれも払拭せざる負えないな。
「すまない。なら、心置きなく頼むよ。お前の力を貸してくれ、フレイテス。」
俺がそう言うと、フレイはほのかに笑みを浮かべた。
「ああ、もちろんだ。」
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