episode.29 嫌いなあいつ

 その日も朝から俺達4人はテーブルを囲んでは皆腕を組んでうんうん唸っていた。


「マジでどうすっかな。」


 依頼の期限は刻々と迫っている。

 何も収穫がないまま時間だけが過ぎていく。


「結局、必要なものは何一つ集まっていませんね……。」


「色んな人に声掛けましたが、みんな王国祭の準備で忙しいと断られました。」


「製錬技師だけじゃないわ。街の人達みんな王国祭一色よ。」


 皆ガックシと顔を落としては、落胆する。

 練り歩いて、声を掛けて、を繰り返して疲れているだろうし、精神的にもき始めているだろう。何の成果も得られないなら尚更だ。


「こうなったらせめて道具くらいは揃えたいですね。」


「そうね。人は駄目でも、道具なら最悪買えば済む話だし。」


 エルトとエリンは互いに頷いては俺を見る。


「そう簡単にはいかないぞ。確かに巷で買えばいいものもあるが、そう簡単に手に入らないものだって山程ある。」


「まあ、確かに。大型の精錬炉は必須ですが用意するには大変ですし、自然系ルーンの製錬には魔法波を増幅できる鎚が必要不可欠ですが、そればっかりは鍛冶屋にオーダーメイドするしかありません。鍛冶屋の仕入れは僕らにとっては運次第……。」


 エルトがブツブツ言うのに俺達は再び肩を落とした。



「あっ……。」



 その時だった。

 俺はある事を思い出した。が、正直気は進まない。

 寧ろ、思い出してしまったことに後悔すらしている。


「どうしたんですか?」


 閃いては直ぐに苦い顔をする俺にルイスは小首を傾げた。


「いや、心当たりが一つあったと思って……。」


「本当ですか!?」


 三人して身を乗り出すようにして俺を見て来た。

 まあ、疲弊して二進も三進もいかなくなったこの状況では無理もない。


「本当はすっげー嫌だけど、この際背に腹は代えられないか……。」


 どうしても〝嫌だ〟と心が叫んでいるが、この状況でそれを避けるのはそれ以上の愚策だと脳が訴えている。


 そんな葛藤に苛まれながらも、俺はエルトの方に目を合わせた。


「エルト、お前確か以前に国認の奴等にも声掛けたって言ってたよな?」


 こちらの急な問いかけに、エルトは頭にはてなを浮かべながらも首を縦に振った。


「ええ、まあ。」


「なら、フレイのことは知ってるよな?」


「フレイ……って、フレイテス・ナージフォンさんのことですか?国認製錬技師の。」


「ああ、そうだ。」


「勿論存じ上げていますが、前の時は断られてしまいましたよ?もう一度お願いしに行っても門前払いだと思いますが……。」


「それでもいいさ。協力は得られなくても道具さえ貸してもらえればな。」


 そこまで言うと、話の流れ的に三人も察したようだ。


 そう。俺は知っている。

 あいつがヘルモニウムの魔法鎚を持っていることを。


 ヘルモニウムでなくとも魔法波を増幅できる金属は存在する。だが、ヘルモニウムはそれらの中でも最上位の伝導性を持つ。

 この際、せめて道具だけでも一級品を揃えてモチベーションを上げないとメンタルが保てない。


「よし。行くか。」


 エルトに案内を頼み、俺は一年ぶりにフレイの工房へと足を運んだ。




「ここがあいつの工房か。」


 着いた先は城のある大通りの一角。

 一等地であるこの場所に随分と派手な外装で一際目立つ建物がそこにあった。


「デカい……。うちのお店の何倍あるんだろう……。」


 ルイスは首が攣りそうな程上を見上げては口を開け放っていた。


「狭い店で悪かったな。」


「あっ、ごめんなさい!そう言う意味じゃなくてっ――!」


「ばーか。冗談だよ。分かってるって。」


 こちらの悪戯にルイスは頬を膨らませて拗ねてしまった。

 エリンがあやしては俺を睨みつけてくる。


「悪かったよ。ちょっと遊んだだけじゃん。」


 エルトにもまじまじした目で見られては、俺が悪者みたいで気まずくなったので早々に工房へと入ることにした。


「流石に国認の工房ともなるとすげえな。」


 入った瞬間、分かってはいたが驚かずにはいられなかった。


 壁に沿って規則正しく連なるように設置された精錬炉。

 100人近い人間が縦横無人に動き回り、やり取りしては忙しない。

 様々な設備の中には最新のものか、見たことのない機械まで備わっている。


「工場みたい!!」


 元々国認の工房にいたエリンやエルトとは異なり、ルイスは純粋に目をキラキラさせていて楽しそうだ。

 その顔が見れただけでも嫌々ながらでも来た甲斐があったと思える。


「あそこに依頼する人用の受付があります。まずはそこに行きましょう。」


 慣れた様子で案内を自ら名乗り出たエルトに皆でついて行く。


 受付では窓口が6つ。それぞれ顔立ちの整った女性が列を成す依頼人を捌いていた。

 おそらく彼女達は製錬技師ではなくフレイが別で雇った者達だろう。


「あれはあいつの趣味か?嫌な感じだな。」


「今からお願い事する人にそういう言い方止めません?」


 皮肉を言う俺に、エルトは口元に人差し指を立ててくるが、俺はフンッと首を振った。


「とりあえず順番に並びましょう。話はそれからです。」


 やれやれと溜息をつくエルトを宥めて、俺達は行列に並んだ。


「次の方どうぞ。」


 ようやく自分達の番が来たのは小一時間並んだ頃だった。


「やっとか。」


 フレイの癖に待たせやがって、と内心少しイラッとするも、道具を貸してもらうことを考えてグッと我慢する。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


 受付嬢は張り付いたような作り笑顔でニコッとしてはこちらを見て来る。

 まあこれだけの人数を捌いていれば当然疲れるだろうし、厄介な客もいるだろう。その気持ちは察するところだ。


「私、一級製錬技師のエルト・ロメジアと言います。フレイテスさんに直接お会いしたいのですが、お願い出来ますか?」


 そう受付嬢にお願いするエルトを俺は後ろから見守った。


 エルトはフレイテスと直接の交渉経験がある。それに、こういった場では実際の腕どうこうよりも資格の方が説得力がある。

 二級の俺が交渉するより、一級であるエルトの方がフレイのやつを引っ張り出せる可能性は上がる。


「申し訳ございません。社長のフレイテスは大変多忙な身の上、今は王国祭の準備で手が離せない状態となっておりまして、直接のご交渉は全面お断りしております。」


 何人も同じような人間が来ているのだろう。

 予め用意していたような定型文が返ってくると、エルト達三人はやっぱり、と肩を落とした。


「ったく、しょうがねえな。」


 黙っているつもりだったが、ここまで待たされて〝はい、そうですか〟と帰るのも癪だ。

 溜息を深くついては、俺はエルトの肩に手を置いては交代した。


「それなら悪いが、あいつに『ウェイ・ヴァルナーが来た』って伝えてくれないか。」


 突然しゃしゃり出た俺の言葉に、受付嬢は混乱した様子を見せた。


「えっと……」


「伝えてくれるだけでいい。それ以上の手間は取らせない。」


 意図がよく分からない、と戸惑う受付嬢に、俺は嫌々ながらも仕方がなく頭を下げようとした。



「それには及ばないよ。」



 その時だ。

 ようやく聞き馴れた声が後ろから聞こえきては、同時に周囲がざわつき始める。


「まったく、嫌に待たせやがってお前は……。」


 振り返らなくても分かる。嫌いな人間の声ほど忘れられない物もない。


「やあ、久しぶりだね。ウェイ。」


 そこには出会った頃と何一つ変わっていないフレイの姿があった。

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