episode.28 各々の可能性

 日を跨ぎ、エリンとルイスは出勤して早々に作業を再開させた。

 とはいっても、エリンの方は昨晩で術式銘彫までは終わらせていたので、あとは魔力液を注入するだけだからそう時間は掛からなかった。


 昼過ぎにはエリンもルーンを完成させ、ルイスも術式銘彫まで済ませる。


 流石と言うか何というか、ルイスの術式銘彫は以前よりも早く、なにより正確さが遠めに見ても分かるほど上がっていた。


 ただ一つ気になるのは、前に渡した本を見ながら術式を彫っていたところを見るに、術式に古代ルーン文字を取り入れているようだが、掘り終わった今になってもルイスがどんなルーンを作ろうとしているのかが一向に見えてこないことだ。


 皆で茶を飲みながらルイスの完成を見守る。



「あれ……?」



 20分程して注入器をゆっくり置いたところで、ルイスは苦い顔をした。


「どうした?」


 様子がおかしいとルイスの方に歩み寄って見れば、計測器の数値からして魔力充填率の調整は既に終わっているようだった。


 しかし、どうしたことか、魔力液がルーン結晶に順応した際に起きるはずの自然発光がいつまで経っても起きない。


「せ、せんせい……。」


 ルイスは涙目になりながら青褪めた顔でこちらを見上げて来た。


「お、落ち着け、ルイス。まだ失敗したって決まったわけじゃない!」


 この様子からして、恐らく術式が発動してないのは見ての通りだ。


 術式に誤りがあったか、繋げ方に問題があったか、若しくはそもそもの源魔石の純度が足りていなかったか――。


 だが、それでもルイスは色々と挑戦しようとしていた。

 それはずっと見ていた俺もよく分かっている。


 挑戦に失敗はつきものだ。

 しかし、今のルイスは自信を無くして心底落ち込んでいる。

 そんな論理的な受け答えをしては余計に自信を無くしてしまうだけだ。


 焦った挙句、とりあえず元気づける為のフォローをしては慰める。



 一息ついてお茶を飲み干したところで、ルイスはようやく落ち着きを取り戻した。



「ふう。そんじゃまあ、とりあえず品評会しよう。」


 ルイスの製錬が失敗だったとしても、取り敢えず見なきゃ何が駄目だったのかも分からない。


 それに、ルイスがこんだけ落ち込んでるにもかかわらず、エルトとエリンはどっちがより優れているかを未だに言い争いしている。



「さて、じゃあまずエルトから見せてくれ。」



 全員でテーブルを囲い、その真ん中に置かれたエルトのルーンに目を向けた。


「僕が今回製錬したルーンは、【炎熱】系最強魔法灼炎爆流凰《フレア》です。」


 それを聞き、ルーンを手に取った瞬間、なるほどと思った。


 あれ程手際のよかったエルトがどうして術式銘彫にだけやたら時間を掛けたのか。


 それは、単純に相応の術式を組んでいたからだ。


 攻撃魔法にはその威力や範囲、効果から5段階のランクに分類分けがされるが、その中でも《灼炎爆流凰》は、エルトも言っての通り最高位のSランクに分類される最上位魔法だ。


 その術式は、三つ編み式立体鎖状龍舞構造と呼ばれる極めて複雑な術式の銘彫を必要とする。

 特に、効果範囲を拡張する為の【空間】のルーン術式と、威力を補填する為の【倍加】のルーン術式は相性が頗る悪く、逆術式も存在しない為、この二つを両立させるには術式自体の解釈を広げる〈拡張術式〉をそれぞれの術式に組み込む必要がある。


 拡張術式については抽象論であることから、今ここで説明してもルイス達二人には理解できないだろうから説明は省く。


 だが、いずれにせよ国認ですらそう易々とは彫れない術式を彫って見せたエルトの実力は、魔力充填率の調整の件といい、こちらの想像を遥かに超えるものだった。



「エルト、お前まだうちで働く気はあるか?」



 迷いはなかった。

 こんな腕の良い製錬技師は滅多にお目にかかれるものではない。

 相応の実績と自然系ルーンの理解と製錬が出来れば、エルトはもう国認製錬技士の資格を取れるだろう。


 それほどの腕をみすみす逃す手はなかった。


「いいんですか!?」


 嬉しそうに立ち上がっては目をキラキラさせるエルトに俺も笑って頷いた。


「ありがとう御座います!僕、今日から頑張ります!」


 そう言って一人盛り上がるエルトを落ち着かせ、次にエリンにルーンを出すよう促す。



「私が作ったのは、防具用追加効果エンチャント【氷雪無効】の人工系ルーンよ。」



 エルトに負けじと自信満々にエリンはテーブル中央にルーンを置いた。


 その瞬間、俺達の視線はエリンのルーンに吸い寄せられた。


「こ、これはっ――!?」


 エルトはそれまでの興奮を沈め、今度は瞳孔を震わせた。


「純度は?」


「ふふん。聞いて驚きなさい。自己最高記録の289よ!」


 俺の問いかけに鼻を高くして更に胸を張るエリンに、今回ばかりは大したもんだと俺も感心した。


「289って、僕でさえどんなに頑張っても260が精一杯なのに、一体どうやって――!?」


 エルトは信じられない、とエリンとルーンを交互に見ては口を半開きにさせた。


「アウラ・シャリアの法則を使ったリービッヒ法だな。」


「ご明察。流石ドブネズミね!」


 一言余計だと思いつつも、そこに目をつけたことには素直に褒める。


「アウラ・シャリア?」


 歯をギリギリさせ苦い顔をするエルトとは反対にルイスは小首を傾げた。


「産業革命からおよそ十年後に発見された法則だ。アウラ・ホーリアとシャリア・カルレットという二人の製錬技師によって発見されたそれは、極めて不純物の少ない源魔石に対して、一定温度のエーテル溶液に規定分量の水銀とテルルを加えることで、本来できる純エーテル層とルーン結晶層の間にテルル化水銀層を形成する。テルル化水銀は結晶層に含まれる廃魔塵やその他不純物と容易に反応するから、結晶化の工程においても純度を引き上げることが出来るんだ。」


「な、なるほど……。」


「更に言えば、テルル化水銀は不純物と反応すると直ぐに腐食するから削り取る際の工程が通常よりだいぶ楽になるし、ヒビ割れも起こり難く、綺麗な結晶形が作りやすい。」


 ルイスは目が回りそうになりながらこちらの説明を必死に呑み込もうとしていた。

 反対にエルトは知識としては知っていたようで、口をムッとさせたまま黙ってエリンのルーンを睨みつけていた。


「それにしても、よくアウラ・シャリアなんてマイナーなもん知ってたな。」


「技法自体はもともとエレキスターお爺様がやっていたのを見よう見まねでやって覚えたの。その後ちゃんと教わったのだけど……どう?少しは私のこと見直したかしら?」


 したり顔でイキるエリンを少し恨めしく思うも、ここで難癖をつけるのは野暮ってもんだ。


「ああ。本当に大したもんだ。源魔石の製錬から結晶化まではお前が一番上手いよ。」


 俺は文句なしと手離しにエリンを褒めちぎった。

 すると、何でかエリンは急にそっぽを向いた。


「なんだよ、ちゃんと褒めただろ。たくっ、面倒臭いな。」


 純粋に褒めてやったのに、何が気にくわなかったのか。

 耳まで赤くして、今のでそこまで怒る要素なんてなかったはずだが。



 う~ん……もうっ!!



 ウェイの疑問とは裏腹に、エリンは一向に冷めない顔の熱を抑えようと両手を頬に添えてはそれを必死に隠した。


「やった!やった!」


 それでも気持ちは収まらず、誰にも気づかれない声量で呟いては、どうしても口元が緩んでしまう。

 気持ち的には、今すぐにでも布団に飛び込んで枕をギュッとしたい。



「たくっ。もういい。次いくぞ。」



 一向にこちらを向こうとしないエリンに埒が明かないと諦め放って置いて、ルイスのルーンの品評に入ることにする。



「私のは、これです……。」



 今までの二人とは真逆に、自信なさ気に恐る恐るテーブルにゆっくりと置くルイスに、気の毒に思いながらも息を一つついてからおもむろにそれを見つめた。


「さて、こっからが問題だな。」


 ルイスの作ったルーンを手に取り、その全容を一つ一つ見定めていく。


 見た目には問題は見当たらない。

 ルーンが割れている訳でも、ヒビが入っている訳でもない。

 術式もザッと見た感じではちゃんと繋がっているし、銘彫に大きな問題は見受けられない。

 魔法波も計測器を見る限り反応はしているから、魔力液もしっかり順応はしているようだ。



 となると、問題があるとすれば、純度か、もしくは術式自体か――。



「そう言えば、ルイス。お前は何のルーンを作ったんだ?」


 俺はルーンに刻まれた術式に視線を落としたままルイスに問いかけた。


 古代ルーン文字を使用している以上、その術式は繋ぎ方や文字をじっくり見ないと流石の俺も何の魔法かまでは分からない。


 使われているのは基礎43文字のうちの28文字と特殊文字4文字、それに古代ルーン文字が2文字か。



 二点螺旋交差式で繋がって――んっ!?



 それに気づいた瞬間、俺は堪らず身どころか魂まで震わせた。



「えっと……ポドゾルの土壌を肥沃土に変える【土】系統の元素系人工ルーンを作るつもりだったんですけど……その、えっと、失敗……ですよね?」


 俯いて肩身を狭くするルイスに、俺はフォローも忘れてただただルーンに魅入っていた。


「ちょっと、なんでわざわざそんな利用手段の狭いルーン作ったのよ。」


 そこでようやくエリンがこちらに向き直り、顔色を戻してルイスに問いかけた。


「以前、西のソレアレス山村から来た冒険者さんが魔石を売りに来てくれた時に聞いたんだけど、ソレアレスは酸性雨に悩まされてて作物が育たなくて食糧不足に悩まされているらしくって。」


「ふーん。それで?」


「それで、何かできないかなって思ってたら、先生から貰った古代ルーン術式の本を読んでて、土壌の質を改善させられる術式が作れそうだったから試してみようかなって思ったの。私は自然系ルーンはまだ扱えないから天候を変えるような魔法のルーンは製錬出来ないし、それだったら土の方を変えられないかなって思ったんだけど……。」


 そこまで言ってルイスは向かいの俺の顔を見遣った。


「先生?」


 失敗した自分のルーンを見て額に汗を掻いている俺の様子は、ルイスからしてみれば酷く様子がおかしかったのだろう。


 呼びかけに反応しない俺を、三人ともが不思議そうに見ていた。


「ルイス、このルーン貰ってもいいか?」


「えっ?」


「買い取ってもいい。俺にこのルーンをくれ。」


 俺の急な提案にルイス達は益々混乱していた。が、正直俺自身それどころではなかった。


 とんだ大発見だ。

 まさか、こんなところでこんな物にお目にかかれるとは思いもしなかった。


「えっと、何ででしょうか?恥ずかしいので出来れば破棄したいんですが……。」


 ルイスは疑問というより不安を覚えていた。


 何か取り返しのつかない欠陥があったのか。

 そうでなければ先生のあの様子はいったい何なのか。


「悪い。今はまだ何も言えない。まだ俺自身も確証を持てないでいるからな。でも、分かったら必ずお前にも教えるよ。」


「そう、ですか……。」


 ルイスはあまり気が乗らない様子だった。


 まあ無理もない。

 俺だって失敗作だと思っている物を積極的に渡したいとは思わない。


 だが、これは失敗作であっても、ただの失敗作じゃない。

 これを何も考えずに破棄するのはあまりにも勿体ない。


「そうだな。なら、ルイス。俺がお前の為に何でも一つルーンを作ってやる。」


「ちょっ、急に何言いだすのよ、ドブネズミ!?」


「何で先にお前が反応すんだよ……。」


「そ、それは……何でもないわよ!」


 また怒った。

 エリンの思考が一向に読めない。こいつの情緒はいったいどうなっているのか。

 これじゃあ、話が進まない。頼むからもう少し大人になって欲しいものだ。


「何でも……ですか?」


 ムスッとするエリンの隣で、ルイスは少し浮ついた声で聞き返した。


「ああ。俺が作れるものなら何でも作ってやる。勉強したいものでも、普通に欲しいものでもいいぞ。」


 ルイスは視線を落として何やら考え込むと、暫くして再び顔を上げた。


「分かりました。その失敗作は先生にお渡しします。」


「そうか。ありがとう。」


 ルイスの返答に、俺は安堵の溜息をついた。


「ただ、作って欲しいものを決めるのは後でもいいですか?今はパッと思い浮かばなくて……。」


「ああ、構わない。決まったらいつでも言ってくれ。」


 そう言って笑みを浮かべる俺に、ルイスもまた微笑み返してくれた。


「ひとまず品評会はこれで終わりだ。三人共よくやった。十分だ。全員胸を張っていい実力だ。これからも励んでくれ。」


「ちょっと!私達の勝負は!?」


「そうです!どっちの方が優れていたのか、ウェイさんの口からはっきり教えて下さい!」


 俺が締めに入ろうとしたところで、納得いかない様子でエルトとエリンが詰め寄ってきた。



 そう言えば、こいつらの勝負がきっかけで始まった品評会だったな。

 あまりに期待以上の結果だったので、すっかり忘れてた。



「あー、そうだな。今回は引き分けだ。どっちも凄く良かったぞ。うん。」


 俺は頭を掻きながら答えた。


 正直ルイスのルーンを早く確かめたかったし、何より今回のルーンは一概にどっちがと言えるほど差のあるものではなかった。

 それだけに真面目に答えるのは面倒だ。


「うわ、テキトー。」

「もういいです。何か冷めました。」


 だが、それがいけなかったのか、二人はまるでゴミを見るような目で俺を見ては吐き捨てた。


「えっ、ちょっとひどくね?」


 あまりの急変につい二人にツッコむも、機嫌を損ねたようでそれ以上顔を合わせてはくれなかった。


「えぇー……。」


 慕ってくれている人間にゴミを見る目で見られるとこんなにも悲しいのか。

 今度からはちゃんと答えるようにしよう。


 そう思った一日だった。

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