episode.27 一級の実力

 エルトがうちに来てから早くも1週間が経った。


 あれから3人共頑張って人材を探してはくれているが、誰一人協力者は見つかっていない。


 条件の悪さを考えればまあ当然の結果だ。


「どうしたらいいんでしょうか。」


 テーブルを4人で囲みながら皆で腕を組んでは、うんうん唸る。


「ていうか、お前当たり前のように馴染んでるよな。」


「そうですか?へへ。」


「いや、褒めてねえよ。」


 依頼を引き受けた次の日からエルトはやたら俺に懐いてくるようになった。


 最初の大人びた印象から一変とまでは言わないが、大分イメージと違ったので始めは困惑した。

 だが、3日もすれば慣れるもので、今ではこうして軽くあしらうまでになった。


「僕もここの従業員として一番後輩ではありますが、製錬技師としては先輩ですから、手本となれるよう頑張らないといけませんからね。」


 えへん、と声音が聞こえてきそうなくらいテンプレな胸の張り方をするエルトを、俺はじとっと睨みつけた。


「ちょっと待て。俺はお前を雇った覚えはないぞ。」


「ええっ!?」



 そんな大袈裟な――。



 そう思うほど今度はギョロッという擬音が聞こえてきそうな動きで驚くエルトに、俺は思わず溜息をついた。


「てか、お前は一級なんだから自分で店出せよ。わざわざ格下の俺の下で働く必要ねえだろ。」


「格下なんてとんでもない!ここ数日貴方と話してみて、その知識量には感服しました。腕前も実際には見ていませんが、ここの商品や道具の手入れのされ方を見ていれば分かります。僕より貴方の方が余程腕の立つ職人です。」


「それはどうも。」


 俺は話半分で返事をしては、熱量が籠って前屈みになるエルトを適当に手で制した。


「それに、一級だから店を出せと仰るなら、そこのエリンさんだって二級ですが自分でお店を持たずにここで働かれているじゃないですか。」


「こいつは親の七光りでおまけの二級ってだけで、腕自体は三級がいいところだぞ。」


「ちょっと、ドブネズミ!」


 俺が薄い笑みを浮かべて揶揄ってみせると、ものの見事に反対側からエリンが食いついて来た。


「貴方の所為で私に飛び火したじゃない!一級だからって偉そうにしないでもらえるかしら?ここではなんだから。」


「言ってくれますね。では、どちらの方が腕が立つか勝負しますか?勿論手は抜いてあげますよ。なんせ僕はですから。」


 エルトとエリンは二人していがみ合う。

 その目と目の間には、見えないがビリビリと電気が走っている。


「ちょっと二人とも!今はそんなことしている場合じゃないでしょ!先生も見てないで止めて下さい!」


 ルイスは慌てて二人の間に割って入った。


 俺はやれやれと首を振るも、見かねて立ち上がった。


「仕方ねえな。今日は全員で品評会でもするか。ずっと悩んでても進まねえし、気晴らしには丁度いいだろ。」


 俺の発言に、エリンとエルトは目を燃やしては益々やる気になっていた。


「いいんですか、先生?」


 ルイスはそっと俺に近づいては心配そうに耳元で呟いてきた。


「まあ、いいんじゃないか。エルトの腕も見ておきたいし、それにここ数日ルーンに全く触れてなかったろ。腕が鈍ったら元も子もないからな。」


「そう……ですね。」


 気まずそうにそう言うルイスも、口元を見れば嬉しそうに緩んでいる。


 何だかんだ言ってルイスもルーンを製錬したくてうずうずしていたのか。


 こういう所は腐っても製錬技師というべきか。


「そう言えば、渡した本は読んでるのか?」


「はい。内容が内容なのでなかなか読み進められていませんが、古代ルーン文字とそれらの現代術式への応用――。読めば読むほど興味深いです。」


「そうか。なら、お前の製錬するルーンも楽しみだな。」


「期待に応えられるよう頑張ります。」


 そう言ってお互いに笑みを溢しては頷いた。


「んじゃ、エルトは俺の精錬炉を使ってくれ。俺とほぼ同年代なら第二世代これでも使えるだろ?」


「はい、問題ありません。」


「よし。なら早速始めよう。お題は特に出さない。各々好きなルーンを製錬してくれ。」



 俺の掛け声に合わせ、3人が一斉に手を動かし始めた。



 まずは構想の組み立てから入る。


 それぞれがメモ用紙とペンを手に取り、何のルーンを、どのような製錬法で製錬するかを考える。


 これについては案外3人とも時間は掛からなかった。


 製錬技師として普段から次にどういったルーンを作るか考えていたのか、

 自分の得意なルーンで他より秀でている所を見せようとしているのか、

 はたまた新しく身に付けた知識を使って新しいものに挑戦しようとしているのか、


 決め手は様々だろうが、何にせよ三人共いよいよ魔石の選別に取り掛かった。


 うちにおいてある在庫の魔石は基本的にはオーツから買い取ったものがほとんどだが、中には冒険者から直接買い取ったものもあり、珍品めいたものも含まれている。


 その数はヒト一人が入れるサイズの大型木箱が一杯になる程度だ。


 余程特別なルーンを製錬しようとしない限りは自身の製錬するルーンに適した魔石は見つかるだろう。



「これにします。」



 一番に魔石を選び取ったのはエルトだ。

 その手に持っているのは魔素石か。


 色味や形からして恐らくは【炎熱】系の魔物から採れた魔素石だろう。

 となると、エルトが製錬しようとしているのは【火】系統の元素系ルーン。


 もっと言えば、実用性重視の攻撃魔法系ルーンってところか。


 思ったより王道な選択をしたものだ。

 まあ、エルトの実力を知りたいこちらとしては分かりやすくて助かるが――。



「私はこれね。」



 次に魔石を選び取ったのはエリンだ。


 見たところエリンも魔素石だが、エルトとは反対に【氷雪】系の魔物から採れたであろう青みを帯びた刺々しい魔素石だ。

 ということは、エリンは【水】もしくは【風】系統のルーンを製錬するつもりらしい。


 ただエルトとは違って現段階ではエリンがどういった用途のルーンを製錬しようとしているかはまだ見えてこない。


 そこは過程を見て楽しむとしよう。



「これ……かな?」



 最後に魔石を手に取ったのはルイスだ。


 二人とは違って手に取ったのは魔光石だ。

 あの薄っすらと見えるダイヤ型の格子は、恐らくは硝精岩しょうせいがんの一種か。



 硝精岩は、火成岩の一種で、元の構造や性質を追えばペグマタイト質の斑れい岩が近く、実際それらに長い年月を掛けて水に溶解した空気中の魔素や廃魔塵を取り込むことによって低確率で起こる自然発光による内熱で一度溶けたものが、再び長時間に渡って冷やされ固まったものの総称だ。



 鉱床がいくつか見つかっているので条件にしてはそれほど珍しいものではないが、それにしても硝精岩を土台として選ぶなんて、ルイスは一体何のルーンを作るつもりなのだろうか。


 考えられるとすれば、【土】系統の元素系ルーンか、もしくは人工系ルーンの類か。


 それにしたってもっと向いている魔石があったと思うのだが――。



 そうこう考えている内に、エルトとエリンは早々に精錬炉を点火させ魔素石を炉の中に入れた。



 エルトは流石一級と言ったところか、火入れから何から無駄がない。

 あれなら相応に純度の高い源魔石が作れるだろう。



 エリンにしてもそうだ。

 やはり源魔石の製錬に関しては群を抜いて上手い。

 温度調節、鎚の力加減、火入れ時間、そのどれをとっても一級品と言って遜色ない手際だ。


 あれなら恐らく純度は200を超えるだろう。

 以降の工程にも期待が募る。



 と、ここで後ろから炉の点火音が聞こえた。

 振り返ると、一歩遅れてルイスが精錬炉に魔石を入れていた。


 ルイスは少しずつではあるが、前より源魔石の製錬は上手くなってきている。

 まだ危うい部分も多いが、少なくとも以前の炭のような源魔石は製錬しなくなった。


 ここと結晶化さえ乗り切れば、あとはルイスの本領発揮だ。



 各々の製作過程を見ていると、俺自身も何か作りたくてムズムズしてくる。

 が、精錬炉が足りないし、そもそも三人の腕をしっかりと見定めるのが目的の為、気持ちをぐっと抑えてはカウンターに腰を寄り掛からせて見守る。



「うん。いい出来です。」



 暫くして聞こえたその声に視線を傾けると、エルトが一番に魔石の製錬と冷却を終えたようだった。


「純度は……206。悪くありませんね。」


 計測器に乗せて純度を確認してはニンマリ頬を緩ませるエルトに、俺も傍から見ていて期待を寄せる。


 その後エルトは真空回転機に作った源魔石をセットしては倉庫からエーテル溶液と魔力液を選び取ってくる。

 王道ながらにより親和性を高める為、魔石と同じ【炎熱】系の魔物から採血した魔力液を選んだようだ。


 高濃縮エーテル溶液をセットして管ごと熱し、回転機のスイッチを入れる。

 溶液の色からして代表的なフリードマン法の分量でルーン結晶を作るようだ。

 

 つくづく基本に忠実な作り方だが、無駄なく洗練されているからこそエルトの腕が一級の肩書きに相応しいことがよく分かる。



「ねえ、ドブネズミ。」



 一方で、冷暗室に入っていったエリンが戻ってきては話しかけてきた。


「私、冷却に6時間欲しいのだけど、いいかしら?」


「ああ。別に構わない。ルーンの種類によって最適な冷却時間が違うのは当然だからな。急いで冷却する必要はない。」


 俺の許可を得ると、エリンは休憩してくると外へと出て行った。


「あの、先生……。」


 エリンを見送ったところで同じようにルイスも俺の方へ寄って来た。


「私も出来れば冷却に18時間欲しいんですが、良いですか……?」


 皆の進捗を考えてか、ただでさえ出遅れているルイスの表情は気まずそうだった。


「ああ、いいぞ。もともと丸一日は掛かる計算だし、今の状況じゃ一日くらい大した問題じゃない。それにしても随分とゆっくり冷却させるんだな。魔石もだいぶ特殊なの使ってたみたいだし、何を作る気なんだ?」


 単に興味本位で気軽に聞いたつもりなんだが、ルイスはどうしてか余計気まずそうにした。


「それは……まだ内緒です。出来るかどうかも分からないので……。」


 曖昧な返答に益々ルイスが何を作ろうとしているのか疑問に思うも、はやる気持ちを抑え、明日の楽しみに取っておくことにする。


 一息ついたルイスに茶を入れてやり、二人でエルトの製錬を見つめた。


「丸い……かな。右の曲線がちょっと歪んでいるか。」


 エルトはブツブツ言いながら出来たルーン結晶を鑢で綺麗な球状に削っていく。

 満足のいく形になったところで一人頷いては、ハイドロキシアパタイトを使って仕上げに結晶を磨いていく。


「大したもんだな。」


 気づけば俺は立ち上がってエルトの作業する手元を覗くように見つめていた。


「えっ?」


「ああ、いや悪い。たった5時間でここまで出来る手際の良さに素直に感心した。」


 最初こそ戸惑うエルトだったが、俺の素の評価に照れるように頬を赤らめては嬉しそうにしていた。


 さっきから何度も思うが、流石は一級だ。

 製錬技師としての年季もそこそこながらここまで手際がいいのは、同じ一級でもそうはいないだろう。


 国認の工房で働いていたことを考えれば、難易度の高いルーンの製錬や数をこなす必要もあっただろうから納得はできるが、それでも迷いと無駄が一切ないその手際は見事という他なかった。


「完成が楽しみだな。」


「期待に応えられるよう頑張ります。」


 テーブルに戻っては作業に戻るエルトを再び見つめる。

 エルトは既に彫刻具で術式を彫り始めていた。


「【火】の攻撃魔法ルーン?」


 ルイスがぽつりと呟いた。


 【炎熱】系の魔素石、急冷、フリードマン法による結晶化――ここまで来ればルイスでも感づいたか。


 どの魔法かまではまだ分からないが、最初の予想通り、対魔物用の攻撃魔法であるのはまず間違いないだろう。


「純度は200を超えているから、あとは魔力充填率の調整次第だな。術式を見てないからまだ【光】か【闇】系統の魔法の可能性もあるが、いずれにせよ高火力の攻撃魔法になるだろうな。」


 手際のいいエルトのことだ。術式銘彫もすんなり済ませるかと思っていたが、こちらの予想を裏切るように、銘彫だけでかなりの時間を要していた。


 一見すると術式銘彫が苦手なのかとも思ったが、手の動きは割りとすらすら動いている。それでこれだけの時間を掛けているということは、余程複雑な術式を選んだのか。


 エルトが仕上げ用の筆を置いた時、既に日は落ちていた。


 エリンも戻ってきては、冷却を済ませて結晶化に取り掛かろうと準備を進めているところだ。


 製錬開始からおよそ10時間――ほぼ休憩なしで作業し続けるエルトの集中力は大したもんだ。

 それだけでも十分評価に値する。


「あとは魔力液を注入して――。」


 エルトは汗びっしょりの顔をタオルで拭うと、大きく息を吐いてから注入器にあらかじめ選び取っていた魔力液をセットして術式に流し込んでいく。


「33……46……51……62……」


 エルトは目を薄めながら左手に持つルーン結晶をじっと見つめ、右手の注入器を押す親指の力加減を絶妙に調節する。


「63……64……64.2……64.3……」


 そこまで見ていて俺はようやくあることに気づいた。


「64.31……64.32……」



 あいつ、計測器使ってない――?



「64.324……64.325……よし。」


 違和感など覚えさせない程に、自然に、さも当たり前のようにそれをやってみせるエルト。


「マジかよ、こいつ。」


 俺は口角を引き攣らせながら、驚きと興奮と気色悪さを一度に覚えた。


 熟練の職人なら、計測器を使わなくてもある程度の魔力充填率は感覚で分かるようになる。俺もその正確さにはそこそこ自信がある。

 だが、有効数字4桁、5桁のレベルを計測器も使わず感覚だけで出来る奴なんて見たことどころか聞いたことすらない。というか、いてたまるもんか。



「変態だろ……。」



 それが最初に出てきた感想だった。


 とても信じられることではないが、もしエルトの呟きがブラフではなく本気なのだとしたら、それはもうただの変態だ。


 それしか言いようがない。


 ルーンの発光を確認し、完成したことにほっと息をついたエルト。

 そこで自分に痛い視線が刺さっていることにようやく本人も気づいた。


「えっと、何でしょう?」


 汗の滴る顔を拭うでもなく、エルトは気まずそうに指で頬を掻いた。


「何でもない。」


 俺は直ぐにエルトから視線を切って椅子に座り直した。


 あの発光具合から見て失敗はまずしてない。

 すると、確かめてないが、充填率もおそらく本当だろう。



 ムカつく。



 こんな気分は久々だ。

 他人に対して純粋に嫉妬したのはいつぶりだ?

 仙人の腕前を見た時以来か……だとしたら、十数年ぶりということになる。



 気づけば右腕の疼きを左手で押さえていた。

 その腕の震えに、俺の心は一気に燃え上がった。



「俺もうかうかしてられねえな。」

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