episode.26 大仕事

「どうしてですか先生!」


「そうよ、ドブネズミ!ここで断るなんて人でなしよ!」


 エルトの話に感化されたか、ルイスとエリンが猛烈に批判してくる。


 てか、酷い言われようだ。

 まさかこの二人が真っ先に食い下がってくるとは、少し意外だ。


「無茶を言うな。無理なもんは無理だ。」


 俺は腕を組んで腰掛けに体重を乗せながらもう一度はっきりと断った。


 当然二人は納得しないが、それに引き換えエルトはずっと無言のままだ。

 流石に状況を理解しているのか、二人よりも冷静な判断が出来ているのだろう。


「先生!」

「ドブネズミ!」


 ルイスとエリンが益々顔を近づけて来る。

 思わず気圧されそうになるも、負けじと俺は反論した。


「お前らなあ、いいか。飛空艇のルーン式エンジンってのは、王都内を飛んでる飛行船のそれとは訳が違う。そもそも飛空艇ってのは国を跨ぐ長距離を移動することを前提に作られた箱舟だ。当然魔物たちにも襲われるから、それらを迎撃できる装備も兼ね備えているし、人も多い時は2万人以上を乗せるんだ。高度限界値も最高速度も飛行船の10倍はある。そんなエンジン、生半可な製錬で作れる代物じゃないんだよ。」


 こちらが説明し出すと途端に二人は大人しくなった。

 ちゃんと聞く耳があることにはホッとする。


「さっきも話したが、飛空艇のルーン式エンジンってのは普通国認製錬技師レベルの奴等が数人で協力して、年単位で製錬してやっと作れるもんだ。仮に俺らが引き受けたところで、このメンツで、しかも納期まで半年しかないんじゃ、どうやったって無理だ。俺は無責任に仕事を引き受けるほど馬鹿でもなければお人好しでもない。」


 そこまで言うと、二人揃ってさっきまでの圧を失い、今度は黙りこくって俯いてしまった。



 暫く気まずい雰囲気が漂い、沈黙が場を包み込んだ。



「それでも……」



 沈黙を破ったのはルイスだった。



「それでも私は、先生なら出来ると思います。」



 ルイスと目が合う。

 その目はどこまでも真っすぐで澄んで見える。


 まるで彼女の目のように――。


「そうよ。貴方は私が唯一認めたドブネズミなんだから、このくらい熟せるはずよ。」


 ルイスに便乗するようにエリンも囃し立ててくる。


「お前ら……。」


 この流れはあまり良くない。

 こいつらが信頼してくれるのは嬉しいことだが、それとこれとは話が別だ。


「あ、そう言えば!」


 話を何とかすり替えようとしたところで城でのやり取りを思い出す。


「エリン、お前父親の印鑑勝手に使って噂を捏造したらしいな。」


「なっ、なんでそれを……。」


「お前の父親から聞いたんだよ。さっき城でな。」


 途端に目を背けて声を高くするエリンに一気に詰め寄り凝視する。


「い、今はお説教している場合じゃないでしょう!」


 冷や汗を掻くエリンを更にじーっと見つめる。

 こいつがこんなに弱気になるのは珍しい。


 普段の鬱憤を今こそ払ってやろう。



 そう思った時だった。



「プッ、ハハハッ!」


 エルトが腹を抱えて失笑し出した。


「何が可笑しい!?」

「何がおかしいの!?」


 俺とエリンが同時に突っ込むと、こちらの様子にエルトは益々大笑いした。


 そんな状態が続いたので、ルイスも含めて俺達三人ともがエルトの様子に流石に心配になった。


「す、すみません。何かいいなって思って。」


 笑い過ぎて目に浮かべた涙を指で拭うと、エルトは一息ついて再びこちらを眺めた。


「僕がいた工房はオヘランデルク様のお人柄もあって、アットホーム……と言えばいいんでしょうか、そういうのとはかけ離れていたので。」


 そう話すエルトは、そこで初めて俺達に笑顔を見せた。


 その様子に少し安心し、俺は再び椅子に座ってお茶を飲んだ。


「お聞きしてもいいですか?」


 俺が湯呑みを置くと同時、エルトは俺と目を合わせてきた。


「何だ?」


「先程の話――飛空艇にかなり詳しいようでしたが、もしかして過去に飛空艇関連のお仕事をされたことがあるんですか?」


 まあ、あれだけ熱く語っているのを見たらそう思うのは自然か。

 エルトやルイス達が勘違いしても無理はない。


「いや、俺は飛空艇の仕事には関わったことはない。が、昔ルーン式エンジンの製錬について研究していた時期があってな。それで少し事情を知っているだけだ。」


「研究、ですか……。」


 俺の言葉に何やら引っ掛かったとでもいうようにエルトは顎に手を乗せた。


「別に他意はないぞ。歴が長いから、広く、浅く、何にでも手を付けてるってだけだ。」


 深く詮索されるのは嫌だったので、何か聞かれる前に自分で付け足す。


「そう……ですね。」


 若干腑に落ちない様子だったが、こちらが不快感を露わにするのを察してか、エルトはそれ以上考えるのを止めてくれた。


 こういう所はルイス達と違ってやはり大人だ。

 二人にも見習ってほしいものだ。


「あの……やっぱり手を貸してはいただけないでしょうか。」


「まだ言うか。お前も諦め悪いな。」


 エルトは俺の目をじっと見つめていた。

 その真剣な面持ちから必死さがひしひしと伝わってくる。


 だが、同情はするし、話も聞いてはやるが、最悪な状況と条件を前には、どうしたって手を貸そうとはとても思えない。


「あのなあ、何で俺なんだ?お前んとこが駄目でも他の国認の奴等に頼めばいいだろう?」


 俺は自分に溜息をついた。


 正直そんなことは聞かなくても答えは分かっていた。

 だが、こういった話を踏まないといつまで経っても話が平行線のまま進まない。


「他の国認製錬技師の方々にも勿論助力をお願いしました。ここに来る前に。でも、どなたも引き受けてはくれませんでした。」


 やっぱりな。


 これまでの事情から考えれば他の奴等も気は進まないだろう。

 仮にそれ抜きにしても、今の状況でこの依頼を引き受けるのはあまりに無謀だ。


「なんか、みんな意地悪な気がします。」


 そう口にしたのはルイスだった。

 始めのように頬を膨らませて、少し怒っているようだ。


「経緯からして怒るのは分かりますけど、ちゃんと謝って、お願いしているのに突っ撥ねるなんて……みんなでやれば間に合うかもしれないのに……。」


 見れば、ルイスは胸に手を当てて苦い顔をしていた。


 自分を貶めたエリン――そのエリンを許したルイスからしたら、エルトの頼みを断った国認達に思うところがあるのだろう。


「お前の気持ちは分かるが、たぶん断った理由はそれだけじゃない。なんたって今は時期が悪いからな。」


 俺の発言の意図にエルトは直ぐに理解した様子だったが、ルイスとエリンは二人して首を傾げていた。


「まったく……お前ら何年王都に住んでんだよ?」


 俺は呆れてまた溜息をついた。

 こういう時にこそ普段の感を冴えさせてほしいものだ。


「そんなこと言われても……時期……時期……。」


 そうやって同じ言葉を連呼して思い出そうとする二人に俺はガックリ肩を落とした。


「お前ら、毎年の年末年始は何してる?」


「年末年始ですか?……って、ああ!王国祭!」


 それだ、と言わんばかりに二人して顔を合わせて頷くルイス達に、俺も頷いて返す。


「そうだ。今は10月。国認達に限らず何処の工房も王国祭の準備を始めてる。その中でも国認達は王都中を装飾するオーナメントやイルミネーション用のルーンを数十万個、はたまた大型モニュメントの製作、またはその他諸々……何処も自分達の仕事で手一杯なんだよ。力を貸さないんじゃなく、貸せないんだ。」


 俺の説明に、流石のルイスも納得せざるを得ないといった顔だった。


 悔しそうなのは変わらないが――。


「やはりどうしてもお力をお借りできませんか?」


 そこで俺は視線をルイス達からエルトに戻した。


 エルトは今の説明も全部理解していたはずだ。

 それでも食い下がってきた。


 その諦めない気持ちだけは称賛に値する。


「エレキスター様に貴方を紹介された時は正直混乱しました。なぜ自分よりも階級の低い貴方を紹介するのかって。」


 そのエルトの発言で諸々一気に腑に落ちた。


 なるほど、エレキスターの差し金だったか。

 まったく、エリンのことといい、今回といい、あの爺さんは本当に面倒を掛けてくれる。


「でも、今は違います。このお店の商品を見て、今貴方と話してみて、よく分かりました。お弟子さんの言葉を借りる訳ではありませんが、貴方ならこの絶望的な状況もひっくり返してくれるような気がします。」


 エルトは気負ったようにテーブルに両手をつけては立ち上がって前屈みに顔を近づけて来た。


 それから逃げるように顔を横に向けてルイス達を見ても、二人も頷くばかりで逃げ場は見当たらない。


「結局こうなるんだな。」


 俺は何度目か、溜息を洩らした。

 正直こうなってしまっては断る方が大変だろう。


 エレキスターにまた振り回されているような気がして癪だが、仕方がない。


「分かったよ。手伝ってやる。」


「本当ですか――!?」


 そこでエルトはテーブルを回って目の前に来ては、目を輝かせて俺の手を握って来た。


「待て待て!手伝ってはやるが、依頼を完遂できるかはまだ分かんねえからな!」


 こちらの言葉など聞く耳を持たないほどエルトは喜んでいる様子だった。


 まあ、ここまで断られ続けてきたんだろうからその気持ちも分からないでもないが――。


 俺は心の中でフッと笑った。


 こういうのもたまには悪くない、か。


「でも、実際問題何から始めればいいんでしょうか?」


 そこでルイスがぽつりと溢した。


 囃し立てたのは自身でも、初めての大口の依頼、それも訳ありともなれば当然そうなるわな。



「取り敢えずは現状の把握からだな。」



 俺はエルトの手を振り解いては、もう一度依頼書に目を通した。


「エルト、お前のさっきの話からして碌に進んじゃいないんだろうが、実際どこまで準備できてる?製錬には着手していないんだろうが、素材はどれだけ集まってる?それと、国認じゃなくても手を貸してくれそうな人材の心当たりや、製錬に必要な場所と道具の確保は?どこまで進んでる?」


 俺の問いに、エルトの顔から一瞬にして喜びという感情が消え失せ、代わりに申し訳なさと絶望といったネガティブな感情が見て取れた。


「すみません。本当にまだ何も。素材も、道具や人も、何一つ用意できていません。」


 予想出来ていただけに溜息はつかなかった。

 逆に予想通り過ぎて、俺の思考は感情どうこうの前に、どう対処するかへと切り替わっていた。


「期限まであと半年――。色々工程をすっ飛ばすにしても製錬には最低4カ月はいるか。そうなると、実際に着手するまでの2カ月弱で、素材や人手を集めなきゃならない。素材集めはオーツ達に頼むか……いや、商会も今は王国祭の物資の回収に人手を割いているはず。となれば、ある程度は頼むにしても俺達でいくらかは集める必要が出て来るか。術式も過去のものを使用するにしても、製作期間から逆算してそのまま流用できるか確認しないといけないな。それから…………ん?」


 ふと周りが静かなことに違和感を覚えて顔を上げれば、エルトやルイスとエリンが3人とも口を半開きにさせてまじまじと俺を見ていた。


「な、なんだよ……。」


「あ。いえ、すみません。えっと、先生ってやっぱり凄いんだなって……。」


「頭の回転が速いというか、ちょっと狂気的で気持ち悪いわ……。」


 それは最早無意識によるものだったが、あまりの集中力とその唐突な切り替わり方に驚かせてしまったようだ。

 だが、今日初対面のエルトはともかく、ルイスとエリンはほぼ毎日顔を合わせているというのに酷い言われようだ。


 流石にそこまで引かれると俺だって辛い。


 とは言え、一分一秒が惜しいこの状況でいちいち反応してたら間に合うものも間に合わなくなる。


 感情の揺れをぐっと抑えて俺は頭を元に戻した。


「まあいい。兎に角まずは素材、人手、場所、道具、この四つの確保だ。これが集まらなきゃ何も始まらない。素材については今夜にでも俺からオーツに相談しておく。それ以外で俺達が最優先に探すべきは人手だ。これに関しては全員で片っ端から声を掛けていくしかない。この際三級以下でも構わないから、とにかく製錬技師と名乗ってるやつらに片っ端から当たってくれ。」


 俺の指示に三人共が頷いた。


 しかし、実際問題として人材確保は難航するだろう。

 他のものは最悪代用できたとしても、人手ばかりはそうもいかない。


 大がかりな製錬にはどうしたって人数がいないことには技術どうこうではなく物理的に不可能だ。


「でも、人と素材はそれで良いとして、残りの2つはどうするんですか?後回しでも間に合うんですか?」


 ルイスのその疑問は的を射ていた。


 改めて考えても、確かに場所と道具も人手より優先度が低いとはいえほぼ同時並行で探さないと間に合わないだろう。


 ただでさえ時間が惜しい現状で足を止めるようなことはあまりしたくない。


「場所はここでは駄目なの?それに道具だって、大型ルーン式エンジンと言っても、大きいってだけで、あとは普通のルーンと同じではないの?」


 エリンはそこまで切羽詰まっている理由が分からないと首を傾げた。

 まだ経験が浅い彼女にとってはその違いを知らないのも無理はない。


「偏に大きいといってもそのサイズは桁外れだ。通常のルーンは大きいものでも精々手の平サイズかそれより少し大きいくらいだが、今回のルーン式エンジンはだいたいだが、直径、幅、高さ、それぞれで20メートル前後はある。」


「に、20メートル――!?」

「そんなにデカいんですか――!?」


 まるでこの世ならざるものでも見てしまったかのように2人は目をかっ開いて丸めた。


 その新鮮な驚き方に思わず当時の自分を思い出して懐かしくなる。


「ああ。そんなサイズだから普通の精錬炉では源魔石がそもそも作れない。だからそれを作れる特別な精錬炉と、保管が出来るだけのだだっ広い作業場が必要だ。」


 2人はスケールの大きさに呆気に取られているようで、暫く開いた口が塞がらないでいた。


「それに、飛空艇のルーン式エンジンは術式もかなり複雑だ。三大根源術式である【大空】の自然系ルーン術式を始め、元素系ルーン術式とその派生術式はもちろん、人工系ルーン術式を20は使う。それらを繋ぎ合わせなきゃならないし、それには当然お前たちの知っている組み文字や連鎖律を始め、多くの銘彫技法が必要になってくる。加えて、それら全てを成立させるためには、言わずもがな純度も相応に求められる。具体的な数値で言えば最低270は必要だ。」


 そこまで話してようやく依頼の難易度を理解したのか、ルイスとエリンは2人共冷や汗を掻いては青い顔で頬を引き攣らせていた。


「だから最初に言ったろ、無謀だって。」


 改めてそう口にすると、2人に加えてエルトとも目が合わなくなった。

 3人共囃し立てたのを今になって後悔してるのか。


 正直引き受けた時点で腹は括ったから、今更そんな顔をされても逆に困るんだが――。


「あのなあ、別にこっちは最初から承知の上でやるって言ったんだ。どうにかするさ。もしどうにもならなくなった時は、そん時は俺が責任でも何でも取ってやるよ。だからそんなしけた顔すんな。」


 頭を掻きながらそう言うと、それまで会わなかった目が3人同時に合った。


 ルイスのそれは尊敬の眼差しか、相変わらず真っ直ぐな目を輝かせている。


 エルトは反対に申し訳ないと目で語っているのが良く分かる。


「何よ、ちょっと格好いいじゃない。」


 ルイス、エルト、と順番に目をやって、エリンとも目を合わせようとしたところで、それまでこっちを見ていたくせに急に逸らされた。


「何か言ったか?」


 目を合わせようとした瞬間何か言ったように見えたが、あまりに小さい声でボソッとだったので聞き取れなかった。


「何でもないわよ!」


 俺の問いに、エリンは怒鳴るように返してきた。


「んな、怒んなくたっていいだろ……。」


 エリンの頬は若干の赤みを帯びていた。

 ちょっと聞き取れなかったくらいで何もそこまで怒らなくてもいいだろうに。


「悪かったよ……。」


 俺は内心傷つきつつも謝ったが、エリンはフンッと顔を逸らしたままそれ以上目を合わせてはくれなかった。


「と、ともかくだ。場所と道具はちょっと考えるから、まずは人を集めて来てくれ。どの道集めた人の中から道具や場所の当てが見つかる可能性もあるしな。」


 そう言って俺は気まずさを紛らわすように無理矢理3人を外へと追い出した。


「さて、と。」


 息ついたところで俺は再び椅子に腰を下ろした。


 何度目か依頼書と付属の資料に目を通す。


 問題は他にも山積みだ。

 時間がないことを考えたらある程度はルイス達を信じて任せ、俺は同時並行で他の問題に手を付けないといけない。



 俺は静まり返った工房で一人ニヤリと笑みを浮かべた。



「面白れえ。やってやろうじゃねえの。」



 王都に戻ってきてから久々の、いいや、初めての腕の鳴る仕事に、俺は密かに胸を高鳴らせていた。

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