episode.25 波乱な課題

 城を出ると、ギラギラと眩しい陽光が俺を出迎えた。


 店に直帰してもいいんだが、ここまで天気がいいなら寄り道するのもたまにはいいかもしれない。


 そう思ったところでポケットのルーンが振動した。



『すみません、先生。今何処にいらっしゃいますか?』



 ルーンを取り出し魔力を籠めると、スピーカーのようにルーンからルイスの声が聞こえてくる。


「今は城を出たところだが、何かあったか?」


 ルイスはあまりルーンで通話はしてこない。

 加えて、ルーン越しの声は何か困ったようなトーンだったので俺は少し心配になった。


『それが、お店に先生を訪ねて来た人がいまして……。』


「俺を?客か?」


『いいえ。それが……私達と同じ製錬技師の方でして、すぐにでも先生にお会いしたいそうなんです。』


 俺を指名で訪ねて来た製錬技師――これもエレキスターとの勝負の産物か。


 厄介なことにならなければいいが、正直嫌な予感がしてならない。


「分かった。直ぐ戻る。」


 とは言っても放置も出来ないので、仕方なく直帰することにする。


 通話を終えルーンをポケットに戻すと俺は店を目指した。



 【通信】のルーン――本当に便利なものだ。


 今ではこれなしでは生活が成り立たないと言っても過言ではない程の必需品だ。

 これがあれば離れた場所にいたとしても、今のようにいつでも会話ができる。


 以前に作った張本人である〝仙人〟から聞いた話では、作った当初こそ試行錯誤を繰り返し何度も鬱になりかけたらしいが、ここまで形にして普及させたことには見事という他ない。


 一つだけ難点があるとすれば、ルーンを製錬する際の魔力液に【通話したい相手】の魔力液を使わなければならないことだ。


 【通話】のルーンには、【風】のルーン術式を必ず使わなければならない。


 最早自明のことではあるが、元素系ルーンを製錬する場合、魔力充填率は高すぎても、低すぎてもいけない。

 何故なら、高すぎれば【光】の元素系ルーンに、低すぎれば【闇】の元素系ルーンに変化してしまう為だ。


 加えて、持ち運び前提のサイズで製錬することを考えると、注入できる魔力液量は精々ヒト三人分くらいが限界だ。


 つまり、一つの【通話】のルーンに登録できるのは三人までということになる。


 あるだけで十分利便性はあるが、大勢とやり取りするオーツのような商人たちにとっては少々扱い難くもある。

 それに、製錬する段階で後々連絡を取りたい相手の魔力液が手元になければならないのも不便だ。


 まだまだ課題の多い代物だが、エリンが来たことでうちも人手が増えた。

 ルイスとエリン――二人が協力して製錬すれば十分商品になり得る物は作れるだろうし、ここらで久々にそういった課題や新しい研究に手を出してもいいかもしれない。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか店の前まで着いていた。



「戻ったぞ。」



 そう言って店の扉を開けると、カウンターの奥に三人の姿が視界に入る。

 うち二人は当然ルイスとエリンだ。


 もう一人は、ルイスの言っていた例の製錬技師だろう。

 見たところルイス達と同じくらいの歳だろうか。若い青年の製錬技師だった。



「貴方がウェイ・ヴァルナーさんですね?」



 俺がカウンターの中に入るのを見計らって青年は立ち上がると、懐から名刺を取り出しては差し出してきた。



「僕は、一級製錬技師のエルト・ロメジアと言います。以後お見知りおきを。」



 見た目の割に大人びた口調と動作に、俺は思わず拍子抜けしてしまった。


「どうされましたか?僕の顔に何かついているでしょうか?」


 エルトと名乗る青年は怪訝な顔で首を傾げた。


「ああ、いや悪い。うちに来た製錬技師でこんなまともなやつ初めてだったからついな……。」


 申し訳ないと会釈しつつ、俺も慌てて懐から名刺を取り出した。



「ちょっとドブネズミ、それどういう意味よ!」

「先生、今のは酷いと思います!」



 そう横でルイスとエリンが茶々を入れて来るが無視だ。

 今はこの礼儀正しい青年の相手をする方がよほど大事だ。


 エルトをテーブルに案内し、ルイス達にお茶を入れさせる。

 二人ともまだ頬を膨らませてはいたが、お茶はちゃんと入れてくれた。


「それで、俺に何か用があるって聞いたんだが、一級の君が二級の俺にいったい何の用だ?」


「それは……。」


 こちらの問いかけにエルトは一瞬口籠るも、持って来た鞄から書類を取り出しては静かにテーブルに滑らすようにして渡してきた。


「これは……依頼書か。随分分厚いな。」


 ホッチキス止めされた依頼書は30枚程度か。

 よくよく見れば、依頼書自体は始めの3枚だけで、後は全部依頼に関する過去の資料だった。



 だが、正直量などはどうでも良かった。



「これ、飛空艇の大型ルーン式エンジンの製錬依頼か。」


「はい……。」



 何でそんなものが一級の彼に――。



 そう思ってぼそっと呟いた独り言に、エルトは先程までの堂々とした態度とは裏腹に自信なさ気に返事をした。


「実は、貴方にお願いしたいというのがこの依頼でして――。」


 こちらの機嫌を窺いながら恐る恐る話すエルトに、俺はどことなく悪寒を感じた。


「おい。まさかとは思うが、この依頼を手伝えって言うんじゃないよな?」


 こんな大口の依頼、こんな二級の小さな店には先ず降りてこない。

 普通なら二つ返事で受けても良い申し出だが、俺の感が告げている。




〝この依頼はロクなものではない、と――。〟




 そもそも飛空艇の大型ルーン式エンジンの製錬なんて、まず国認に依頼が飛ぶ。

 それが漏れる事自体おかしな話だし、何よりエルトは一級で俺より階級的には上だ。


 にもかかわらず、こんだけ低姿勢で来られたら何かあると思うのが自然だ。


 俺の不審に思う視線が余程痛かったのか、俺の問いにエルトは抵抗せずに口を開いた。


「……そのまさかです。」


「まじか。」


 こうなってくると最初に感じた悪寒は気の所為ではないだろう。

 この依頼には何かとんでもない欠陥がある。


 それが分からない限り、そう簡単に首を縦には振れない。


「何故俺なんだ?このレベルの依頼なら国認の連中が数人は絡んでるんだろ?国認の工房ともなれば人手も多いし、能力の高い連中もそれなりにいるはずだ。わざわざ二級の俺に頼みに来ることもないだろうに。」


 この規模の依頼ともなると、王国からの選りすぐりの製錬技師が最低でも20人は割り当てられるはず。

 それに、国認のやってる工房は大体どこも100人以上は従業員がいるだろうし、一級の製錬技師だって少なくない。


 人手は十分に足りているだろう。

 普通なら俺の手が必要だとはとても思えない。


「それは……。」


 エルトは、それはもう言い難そうに口元を引き攣らせながら目線をテーブルまで下げて、それから一呼吸置いてからおもむろに答えた。



「この依頼に関わっているのは、現時点で僕一人だけです。」



 俺は反射的にテーブルを両手で強く叩き立ち上がった。



「はあっ――!?」



 ここまで耳を疑ったのは、つい最近の皇宮の件を除けばいつぶりだろうか。



 何かトラブルがあったのだろうとは想像していたが、流石にこれは予想外過ぎる。

 想像の斜め上どころの騒ぎではない。

 遥か上空を越えて宇宙に届くくらい超えてきた。


「せ、先生落ち着いてください!お客さんの前ですよ!」


 ルイスに宥められ少し気を取り戻すも、俺は胸中穏やかではなかった。


「いまいち状況が理解できないんだが、一体何があった?」


 だんだんと頭が痛くなってくるが、事情を聞くまでは頭を抱えるわけにはいかない。


 俺は形容しがたい不安を胸底にしまい込んで一旦忘れ、エルトに優しく聞き返した。


 エルトは膝に手を置いてそれをじっと見つめていたが、やがて観念したようにゆっくりと話し始めた。


「僕はもともと国認製錬技師であるオヘランデルク様の工房に所属していました。もう勤めて7年ほどになります。」


「7年って、結構長いな。君20歳くらいだろ?そんな早くから国認の工房に入れたのか?」


「えっと、僕26なんですけど……。」


 その発言に思わずまたテーブルを叩いてしまった。


 下手したら一人で依頼を受けたと言われた時より驚いたかもしれない。


 その童顔からしてもっとずっと下だと思っていたが、まさか俺の一個下とは。

 ここまでの落ち着いた様相を考えればまあ納得はできる、か。


「よく驚かれます。個人的には幼く見られるの、あまり好きではないんですが……。」


 ハハ、と乾いた苦笑いを見せては、エルトはようやく目を合わせて話を戻した。


「事が起きたのは二年ほど前です。オヘランデルク様を名指しで国から大口の依頼が入ったんです。」


「それがこれか。」


 俺は先程の飛空艇エンジンの依頼書に視線を落とした。


 確かに依頼書の発行年月日はほぼ二年前と記されている。

 同時に依頼の締切の記載が目に入る。


 来年の3月――。


 ということは、今が10月だからあと半年か。

 完遂期限が2年半というのは妥当なところだろう。


 改めて依頼書を見てみても、この依頼自体に理不尽や横暴は見受けられない。

 となると、現状でエルトが一人で依頼を抱えている点を考慮すれば考えられるのは一つだけだ。


「依頼放棄、か。」


「はい……。」


 その表情は怒りか。

 いや、悔しいんだろう。


 奥歯を噛みしめながら口をへの字に曲げ、涙を堪えるように目元にしわを寄せるその表情は何とも痛々しく見える。


「状況は何となく察した。だが、それで何でお前ひとりになる?自分とこの製錬技師が抜けても、他にも人はいただろ?」


 俺の問いに、エルトはブンブンと力強く首を横に振った。


「依頼を引き受けたのはうちの工房だけなんです。正確には、オヘランデルク様が独占したんです。」


「独占?」


 それが出来るのかどうかは正直疑問ではあるが、仮に出来たのだとしたらそれで依頼を放棄するというのは流石に道理に合わない。


 我が儘にも程がある。


 国認に選ばれるほどの人間がそんな事をするとはとても思えないが、信じがたい事というのは時として起きるものだ。



 ふと油断したところで、脳裏にあの時のことが過る。

 一瞬ズキンと額に痛みを覚え、視界がぐらつく。



 俺の悪い癖だ。

 何かキーワードみたいなものが頭に入ってくると、直ぐにあの時のことを思い出してしまう。


「大丈夫ですか?」


 顔を上げるとエルトが心配そうにこちらを見ていた。

 自分のことで精一杯だろうに、大人だな。


「悪い。大丈夫だ。続きを頼む。」


 隣で聞いていたルイス達まで俺を心配そうに見ていたので、大丈夫だと手振りしながら俺はエルトに再び話を振った。


「ウェイさんの仰る通り、元々この依頼は複数の国認製錬技師の元に依頼されたものでした。始めは皆さん協力して事に及ぶつもりで引き受けようとしていらしたんですが、ところがオヘランデルク様はうちの工房だけで引き受けると言い出したんです。」


「んな無茶な。」


「はい。僕もそう思いました。他の国認製錬技師様達も同様のお考えで、一人では無理だと説得を試まれました。しかし、オヘランデルク様はそれらすべてを跳ね除けてうちだけで引き受けると言い張ったんです。幸い、国側は依頼が完遂さえされれば特に問題はないとのことで、他の国認製錬技師の方々も身を引かれたそうなので、少し言い争いになった程度で大事には至りませんでした。」


「なるほどな。で、結局自分達だけではどうにもならず依頼を放棄したって訳か。自業自得だな。」


 俺がそう言うと、エルトは何も言わずに下を向いてしまった。


 だが、そのオヘランデルクとやらにははっきり言って同情の余地がない。

 自分の力量を過信し、名声欲しさに欲をかいた結果だ。

 そいつに就いているエルトは気の毒に思うが、これはもうどうしようもないと言わざるを得ない。


「でも、どうしてそのオヘランデルクさんは一人でやるなんて言い出したんでしょう?」


 それまで聞くに徹していたルイスがそこで割って入ってきた。

 その隣のエリンもルイスに追随するように頷いていた。


「まあ、昔に比べて製錬技師も多くなったからな。国認といっても仕事の取り合いになるのは変わらない。他よりも実績と名声があれば仕事は山のように流れて来る。他と差をつけたかったんだろうよ。」


 俺は自分で口にしながら気に食わないと鼻で笑った。


「そういうものですか?」


「そういうもんだ。」


 エリンはそれなりに納得した様子だったが、質問した当のルイスは若干腑に落ちていない様子だ。


「オヘランデルク様の場合は名声もそうですが、報酬の独り占めやプライドも目的にあったと思います。あの人は貴族の出ですし、そのがめつさは有名です。それにプライドもやたら高いです。世間でエレキスター様が国認製錬技師の中でトップと言われていることを遺憾に思われているご様子でしたから、今回の依頼を一人で成し遂げてその風潮を変えたかったのだと思います。」


 面識はないが、今聞いた情報だけで容易に人物像が浮かんでくる。

 国認に選ばれるくらいだから実際腕はあるのだろうが、正直人間性はクズといっていいだろう。


 益々救いようがなくなってくる。


 だがそうなると、あと一つだけ疑問に思っていたことがあったが、それも解決したかもしれない。


「なあ、エルト。お前さっきこの依頼は自分一人だけで持ってるって言ってたよな?それってつまり――。」


 俺の予想はどうやら当たったようだ。


 エルトは皮肉めいた笑みを浮かべてこちらを見つめて来た。


「貴方は何でも分かってしまうんですね。そうです。オヘランデルク様は自分の経歴に傷がつくことを嫌い、依頼を僕に押し付けてクビにしたんです。」


 それを聞いたルイスとエリンは驚きのあまり口に手を当てて言葉を失っていた。


 当の俺も、予想はしつつも流石に本人の口からその言葉が出ると驚かずにはいられなかった。

 だが、すぐにそれ以上の憤りを覚え、気づけばテーブルの上で組んでいた手で握り拳を作っていた。


「クズやろうの極みだな。」


 その呟きにエルトは黙ったままだった。


 仕えている身で、もしかすれば師匠であるかもしれない男だ。

 それに七年も共に働いていたんだ。


 普通なら今の俺の発言には言い返してきてもおかしくはない。


 にもかかわらず何も言わないのは、あっさりと切り捨てられたことにエルト自身も思うところはあるのだろう。


 何も感じていないわけがない。



「事情は分かった。だが、お前の頼みは聞き入れられない。」



 しかし、それでも俺ははっきりと断った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る