episode.23 新たな仲間
朝5時――。
この時期はこの時間でも日が昇って明るいから気持ちいい。
小鳥の囀りを聞きながらマグカップを片手に珈琲をひとくち。
最近買ったロッキングチェアに腰かけながら本を片手に筆を取った。
「おはよう御座います。」
しばらくして店のドアが開くとそこにはルイスの姿が。
時計を見ればもう8時前だ。
「おはよう。」
工房の方へ入ってくるルイスに挨拶を返すとそのまま机に視線を戻し、再び筆を走らせた。
「何してるんですか?」
不思議そうにのぞき込んでくるルイスに、筆を置いて机上を見せた。
ルイスは本の挿絵と俺の手書きでまとめた要約を交互に見ては難しい顔をしてみせる。
「これって、術式ですか?見たことない文字使ってますけど。」
「お、流石鋭いな。これは古代文字で描かれた術式だ。」
「古代文字……って、これまだルーンがこの世に存在する前の、魔法陣で魔法を発動してた時代の術式ってことですか?」
ルイスは持ち前の感でその正体を見事に言い当ててみせた。
こういう感が良い所は俺に少し似ているかもしれない。
本来なら教えても無駄な知識にしかならないので説明しないのだが、ルイスに限っては術式関連だけなら既に常人の域を越えかけている。
苦手克服が最優先ではあるが、長所を伸ばすのも悪いことではないので開示してもいいだろう。
「現代のルーン術式は、言ってしまえば魔法陣時代の術式を簡略化したものだ。術式の概念こそ多少違うが、それでも現代の術式に挿入・応用できる古代術式は少なくない。現代術式だけでは発現不可能な魔法も、古代文字を取り込めばそれが可能になることもある。術式の解釈を深めるなら古代文字の研究は必須だ。」
「なるほど。勉強になります。でも、古代文字が組み込まれたルーンって私見たことないんですけど……。」
「そりゃあそうだ。古代術式の解読・研究なんて、国認でもやってるやつ早々見ない。解読だけでも時間はかかるし、理解したところで扱いが難しい。掛けた分の見返り――コスパは最悪だからな。」
「じゃあ先生は何でこんなことやってるんですか?」
「何でって、そりゃあ――。」
そこまで言いかけたところで店のドアが勢いよく開け放たれた。
俺もルイスも何事か、と思わず話していたことも忘れて入口の方を凝視した。
「おはよう、ドブネズミたち!今日からこの私がこのお店をエレキスターなんかに負けない王都一のお店にしてあげるわ!泣いて感謝しなさい!」
そう叫ぶようにしたり顔でずかずかと入ってくるエリンに、俺もルイスも呆気に取られてただただ開いた口が塞がらなかった。
「声も出ない程嬉しいのね。まあ無理もないわ。私ほどの逸材が手を貸すんですもの。そりゃあ嬉し過ぎて固まるわよね。」
一人で勝手に話を進めるエリンに、俺達は成すがまま棒立ちだった。
「お、おい、ルイス。やっぱこいつ、うちに入れない方が良かったんじゃないか?」
「ごめんなさい、先生。私も今同じこと考えてます。」
エリンには聞こえないよう互いに耳元でひそひそと話していると、当の本人は店の中をうろちょろ見て回っていた。
「狭いし、何だかぼろいし、店の前は汚いし、散々な店ね。まあでも、ルーンは中々のものを置いているみたいだし……いいわ。」
エリンはブツブツ一頻りに呟いては満足したのか、相変わらず得意げな様子で俺達の方へ近づいて来た。
「今から私が完璧なプロデュースで、あっとお客を呼び込んであげるわ!」
「いや、いらねーよ。」
俺の即答にエリンは足を挫いて崩れかけた。
ここまで一応聞くだけ聞いてはみたが、そこまで言われると流石に俺も突っ込まざるを得ない。
「この店は俺の店だ。んで、お前はあくまで従業員で、俺はお前の雇用主だ。店の在り方は俺が決める。」
俺はエリンに面と向かってはっきりとそう告げた。
すると、エリンは不服な顔をして見せては突っ掛かってきた。
「随分な言いようじゃない。エレキスターに勝ったからって調子に乗ってるんじゃないの?」
「あ?」
あまりに分かりやすい煽りに乗るのも馬鹿らしいとは思いつつも、エリンがやたら腹が立つ顔を向けて来るのでついイラッと反応してしまった。
「あら図星?あんな忖度も甚だしい接待勝負で良くもそこまで調子に乗れるものね。」
「おいコラ、お前なあ――。」
言い過ぎだ――。
そう言おうとしたところでルイスが間に割って入って来た。
「な、なによ……。」
「エリン、これ以上先生の悪口を言うのは止めて。」
ルイスは珍しく怒っていた。
いや、珍しいというより初めて見たかもしれない。
エリンみたく調子に乗るようなことはあっても怒ることは今までなかった。
それは単に俺とルイスの付き合いが短いこともあるが、何より俺もルイスも互いを認め合っていたところが大きいように思う。
それだけにルイスが本気で怒ってくれていることに、俺は場違いながらも少し照れくさくなった。
「ルイス、貴女のことは認めているわ。専門時代も、この前の勝負も貴女にはかなわなかった。でもね、どこの馬の骨とも知れない、実力も知れないドブネズミにおいそれとヘコヘコ頭を下げる程私の腕は安くないわ。ましてや私と同じ二級。同じ階級の製錬技師に上から物を言われたくないわ。」
「エリンが二級なのはおこぼれじゃ……。」
ルイスはボソッと呟いたが、たぶん聞こえていたのだろう。
エリンはフンッと顔を背けては知らん顔して誤魔化していた。
「先生……。」
ルイスが申し訳なさそうにこちらを見てくる。
その様子には最早溜息しか出ない。
「……ったく、どうして俺のところに来るやつはこんなんばっかなんだ?今の新卒にはまともなやつはいないのかよ。」
頭を掻かずにはいられなかった。
だが俺も毒されたか、気づけば顔から笑みが零れていた。
そのことに自分で驚きつつも、不思議と不快には思わなかった。
これが俗に言う『面倒が掛かる子ほど可愛い』ってやつなのだろうか。
「なら、またルーンを製錬し合って勝負するか。ルイスの時もそうだったしな。それでいいだろ。」
俺から提案を投げかけると、エリンは少し考え込んでから目を合わせて来た。
「ふーん。まあいいわ。でも、もしそれで私が勝ったら今日からこの店の店長は私よ。」
「あー、はいはい。分かった分かった。もうそれでいいよ。」
自分の腕を過大評価する訳ではないが、どう手を抜いても負ける気がしなかった。
それに面倒臭いこともあって俺は空返事で了承した。
「あとこのダサい店名も変えさせてもらうわ。」
「おい、ダサいとは何だ、ダサいとは!俺の恩師の店の名前なんだぞ!」
「センスがないのよ。壊滅的に。」
「お前なあ……。」
もうこいつをどうにか黙らせてくれ――。
そう思って助けを乞おうとルイスの方を見ると、合わせるようにルイスにも顔を逸らされた。
「ごめんなさい、そこに関しては私も同感です……。」
「ルイスさん!?」
すまねえ、親父さん。
どうやら今時女子には親父さんのセンスはときめかないらしい。
悲しくなると同時に、俺の中にあった親父さんに対する敬意が少しだけ敬遠に変わったような気がした。
「まあいいや。取り敢えず何でもいいから作ってくれ。ルイスの精錬炉使っていいから。ルイスもいいよな?」
「はい、勿論です。」
「よし、決まりだ。なら俺もそろそろ自分の作業に移る。エリンが作業している間ルイスは作業できないだろうから買い出しを頼む。あとオーツの所に行って前に発注した素材を貰って来てくれ。その後は好きにしていい。」
「分かりました。」
こうしてデジャブを感じつつも俺は魔石の選別を始めた。
「ちょっと、これどういうことよ……。」
その声が店に響いたのはそれから数刻後のことだった。
ルイスも既に買い物から帰ってきており、俺たちは三人でテーブルを囲っていた。
不満げな声を上げるエリンに俺は思わず溜息を溢した。
しかし、声は不満げだが、その様子、特に表情はまるで畏れ戦いているように見えた。
「何が?」
「何がじゃないわよ!こんなルーン見た事ないわ!本当に貴方が作ったんでしょうね!?」
「当たり前だろ。てか、俺じゃなかったら他に誰が作るんだよ。」
聞いたのはそっちの癖に、俺の突っ込みには無反応のガン無視を決めるエリンを厭らしく思う。
「こんな質の高いルーン、エレキスター様の作ったもの以外で見たことないわ……。」
そう独り言のようにブツブツと話すエリンに俺はニヤリとしたり顔を返して見せた。
「なら俺の勝ちだな。いちゃもんはつけんなよ。」
ぐうの音も出ないか、エリンは奥歯を噛み締めて俯いた。
「つけたくてもつけれないわよ、こんなの……。」
「何だって?」
「うるさい!何も言ってないわよ!」
「そんな怒んなくてもいいだろ……。」
ただ何か言ってたように見えて聞き取れなかったから聞き返しただけなのに、これじゃああまりに理不尽だ。
そんなことを考えていると、エリンは俺の製錬したルーンを突き出してきては一瞬悔しそうにした。
かと思えば、再びフンッと顔を逸らされるも横目で見つめられる。
「いいわ。認めてあげる。貴方は世界一腕のいいドブネズミだわ。」
「ドブネズミなのは変わらねえのかよ……。」
正直疲れたと肩を落としたが、視界の端のエリンの口元が緩んでいるのが目に留まり、まあこれはこれで有りかとも思えた。
「んじゃ、まあようやく落ち着いたことだし、これで渡せるな。」
溜息を一つ吐きながら俺は作業台の引き出しを開けた。
「渡す?何をですか?」
ルイスとエリンの視線が引き出しを弄る俺の手元に向けられる。
俺は耳飾りを2セット取り出してはそれぞれを差し出した。
「就職祝いだ。ルイスには何も渡せてなかったし、丁度エリンがうちに来たからな。良い機会だから作ったんだ。気に入ってもらえるかは分からないけど。」
二人は差し出されたイヤリングを各々手に取ると、それを暫くじっと眺めていた。
「きれい……。」
「綺麗……。」
二人同時にその言葉が漏れた時、俺は口元を思わず緩ませた。
ルイスに渡したのは赤紅色の宝石をあしらったイヤリング。
エリンの方は緑翠色の宝石をあしらったものを作った。
形状は同じで、あしらった宝石が違うだけなので傍から見ればただ色違いにしか見えない。が、俺にとっては色んな感情と想いを込めた全くの別物だ。
「ルイス、エリン、マッケン堂二号店へようこそ。」
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