episode.21 大切なもの
「……その、本当にいいのか?」
いざステージ中央に着くと、オーツとエレキスターが何やらひそひそと話していた。
「どうかしたのか?」
当然疑問に思った俺は二人に話しかけた訳だが、エレキスターがウキウキとした表情を見せる反面、オーツは不安そうな顔を俺に向けて来た。
「な、何だよ……。」
「あ、いやあ……悪い。何でもない。」
オーツの悪い癖だ。
いつも都合が悪くなると奥歯に物が挟まったような言い方をする。
この場合は何もないと言うのは嘘だ。
それにエレキスターの様子も気になる。
普段はこんなに感情を表に出さない。
なんなら始めの時もそうだ。
最初の勝負の時、エレキスターはやる気こそ見せてはいたが、楽しんでいる様子は見受けられなかった。
なのに仕切り直した今は相当に御機嫌なようだ。
この違いは何だ――?
最初と今で違うことといえば、店同士ではなくサシの勝負になったことか。
いいや、それだけでここまで劇的に変わりはしないだろう。
あと違うことはルイス達の勝負が終わったことくらいだが、まさかエリンが自分の元を離れたことがそんなにも嬉しいのか。
いや、それも違うか。
流石にエレキスターはそこまで畜生ではない。
だが、そうなるといったい何だ?
気味が悪いとは思いつつもそれを気にする余裕は直ぐになくなる。
「それではお待たせしました!待ちに待ったウェイとエレキスターのタイマン勝負だ!店同士の売上ではエレキスターが大勝したが、タイマンの売上ならまだ分からないぞ!」
見物人達から再び嵐のような歓声が沸き上がる。
そう。俺にとっての勝負はここからだ。
ここで負けては師匠としてルイスに見せる顔がない。
それに何より秘石を手離すわけにはいかない。
ここにきて一層勝利が惜しくなる。
勝ったらあの子に会いに行く――。
長い月日を経てようやく決心した。
ここで負けたら決意が鈍る。
もうこれ以上あの子を待たせるわけにはいかない。
「俺は勝つぜ、爺さん。」
「ふむ、決着の時じゃ。」
オーツの方を見れば未だに苦い顔をしている。
先程とは違いオーツは既に勝敗を知っているはず。となれば、オーツのあの表情は俺の方が負けているということだろうか。
電光掲示板の数字が高速で動き出す。
いつ止まるか分からないその数値を凝視しては胸が重くなる。
見物人達も緊張で息を呑んだ。
その瞬間だった――。
「どういうことだよ……。」
電光掲示板の数値が止まった、と同時に時が止まった。
その表示された数値に、俺だけでなく会場中が理解に苦しんだ。
「何だよ、これ。」
ハッとして横を見ると、エレキスターは何とも言い難い顔で掲示板を見つめていた。
「ええっと、結果はウェイの方は最初と変わらず3億6,510万。んで、エレキスターの方が……その……。」
オーツは言いづらそうに口籠った。
それもそうだ。
誰がこの結果を信じられるか。
恐らくこの会場にいる全員が集計の間違いだと今も思っている。
だが、何よりも信じがたいのは、真っ先に声を上げるはずの爺さんが一番落ち着いていることだ。
「エレキスター個人の四半期売り上げは……ゼ、ゼロ。」
オーツはエレキスターの顔色を窺いながら、『これでいいんだよな?』と目で訴えつつマイク越しにボソッと呟いた。
「爺さん、どういうつもりだよ!?」
想像もしていなかった結果に動揺せずにはいられず、俺は気づけばエレキスターの胸ぐらを掴んでいた。
「落ち着け、ウェイ。」
それでも取り乱さず諭すように告げるエレキスターの姿に、俺は手を離して一旦深呼吸して自分を落ち着かせた。
「……で、どういうつもりだよ、爺さん。」
今度は冷静に、しかし不服だと伝わるようにエレキスターに問うた。
「どういうも何も、結果通りの意味じゃ。」
「結果通り?」
エレキスターの云わんとすることが一向に見えてこない。
釈然としない気持ちを抑えつつ俺は続きを待った。
「儂は今、国王陛下から直々に防衛設備の強化の依頼を受けておる。十年単位での大仕事じゃ。それのおかげで売上に貢献する時間なぞないわい。」
「じゃあ何でそもそもこの勝負受けたんだよ。わざわざ再集計までさせておいて。まるで最初から負ける気で――って、まさか!?」
そこまで言って俺は一つの可能性に行き当たった。
そしてそれは恐らく当たっている。
何故なら目の前のエレキスターがニヤリと笑みを浮かべているから。
「俺に本気を出させるために?それだけの為にこんな小芝居を打ったってのか?」
「はて、何のことかの。儂はなーんも考えておらんよ。」
エレキスターは体ごと逸らして誤魔化そうとしてるが、何と下手な――。
「冗談きついぜ……。」
完全にやられた。
エリンたちの勝負はともかく、エレキスター本人に勝負を吹っ掛けたのは俺だ。
にもかかわらず、いったいいつからこんなことを考えていたのか。
まさか最初から――。
いや、いくら何でもそれはないと信じたい。
「食えねえな、爺さん。ホント食えねえよ。」
やれやれ、と頭を抱える俺にエレキスターは笑うだけだった。
「え、えっとお!よくわかんないけど、二人は納得した感じなのでこの勝負はウェイの勝ちってことで!これにて終了!」
そう宣言してはオーツは早々にステージを出て行った。
「何だ、あいつ?」
不思議に思ったところでふと頭に何かぶつけられる。落ちたそれを拾い上げて見れば、それは紙屑を丸めたものだった。
「なんだよ、ヤラセじゃねえか!」
「賭けた金返せ!」
ステージ下からそれは壮大な罵詈雑言とゴミが大量に投げ込まれる。
「ちょっ、俺は関係ねえって!?」
投げられているのは紙屑や飲みかけの容器だが、これが当たると地味に痛い。
オーツのやつはこれを見越して逃げたらしい。
ヤジが飛び交う中、足元のゴミを避けつつ俺とエレキスターも逃げるようにステージ裏まで走った。
「はあ。全く、容赦ねえな。」
「ほっほっ。こういうのも偶には良いのお。」
「爺さん……。」
呆れて再び頭を抱えそうになったところで、ルイス達二人も追いついて来た。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、まあ何とかな。」
ルイスからハンカチを受け取りジュースで汚れた箇所を擦る。
「こりゃあ、漂白しないと落ちないかもな。」
萎える気持ちを溜息に籠めて吐き出し、やれやれと首を振ったところでルイスの陰に隠れるエリンが目に入った。
勘当された今の彼女からすれば、エレキスターとは顔を合わせづらいか。
二人の間は気まずいの一言だった。
「あの――。」
口を開いたのはエリンだった。
しかし、その相手はエレキスターではなく、目の前にいるルイスだった。
「その……ごめんなさい!」
エリンはそう言ってルイスに向かって深々と頭を下げた。
少し驚いたが、約束を考えればそれも当然か、と直ぐに腑に落ちる。
「私、貴女のことも、貴女のお母さまのことも、よく知らなかったのに酷いことを言ったわ。本当にごめんなさい。謝って済むことでないのは分かってる。けど、まずは謝らせて。」
その姿勢や声からして本心で言っているのは伝わってくる。
これまでの彼女からすればあり得なかっただろう。
心から反省しているのがよく分かる。
だが、だからといってエリンを許すかどうか、それはルイス次第だ。
俺はルイスを後ろから見守った。
ルイスからしてみれば、家族を貶され、自身を貶され、将来を潰されたんだ。
簡単に許すことは出来ないだろう。
ルイスがエリンを許すも、許さないも、どちらを選ぼうとも、俺はルイスの気持ちを尊重するつもりだ。
だがそれでも、どうか彼女には他人を憎むようなことはせず純粋でいてほしいと願ってしまう。
ルイスが母の為に製錬したあのルーンは、そういう純粋さが無ければ作れない。
ルイスの可能性をルイス自身で摘み取って欲しくない。
「頭を上げて、エリン。」
その言葉にエリンは頭を上げた。
その顔は蛇に睨まれた蛙のようにシュンとしている。
「エリン。私、あなたのこと大嫌いだった。何かにつけて邪魔してくるし、課題で作ったルーンには毎回いちゃもんつけてくるし。挙句、あんな悪評を流して……。」
ルイスの両手にギュッと力が入った。
怒りを籠めるように握られた拳は力を入れ過ぎている所為か震えている。
エリンはそれを見て益々肩を縮込ませた。
「貴女のしたことは許せない。」
「そう……よね。」
正面から見つめるルイスに耐えられなくなったか、エリンはその場で俯いた。
やはりルイスの中に情状酌量の余地はなかったか。
悲しくは思うも、仕方がないとも思う。
「けど、貴女がいたから主席を取れたし、先生に出会えた。それに、お母さんの教えてくれたことも思い出せた。」
その言葉を聞いて、エリンはもちろん、徐々に下を向いていた俺も顔を上げた。
「貴女が悪女でいてくれたから、私は絶対に負けたくないと思ったし、それが結果このルーンを製錬できたって思う。」
「ルイス……。」
「だからって水に流すわけじゃないけど、エリンのこと許すよ。」
その言葉に俺は心底ホッとした。
そして同時にルイスを弟子にとって良かったとも思った。
「ありがとう……。本当にありがとう……。」
エリンは泣いていた。
こんな顔も出来るんだな、と感心するとともに、俺も何だか目の辺りがカッと熱くなった。
「やばっ、歳かな。」
「何を言っとるんじゃ、若造。」
エレキスターに速攻突っ込まれて笑いと共に潤んだ瞳が一気に乾いた。と、そこで忘れかけていたことが脳裏を過る。
ルイスがエリンを許したことで全て丸く収まったと言いたいところだが、一つだけまだ収まっていないことがある。
「でも、私これからどうしたら……。」
エリンは涙を拭うとエレキスターの方を見た。
それに合わせて俺とルイスも視線をエレキスターに向けた。
「何じゃ。勘当は取り止めんぞ。」
「爺さん、それはちょっと酷だろ。」
俺がフォローに入るも爺さんはフンッと顔を背けて頑なに受け入れようとしなかった。
「お爺様……。」
場が凍ったように動かず空気がどんよりと沈んでいく。
爺さんを説得するにはどうしたものか、と思考を巡らしていたその時だった。
「あのー。」
ルイスが俺とエレキスターの間に割って入るように手を入れて来た。
「ちょっと考えたんですけど、エリンもうちの店で働いてもらったらどうですか?」
それは正に虚を突かれた瞬間だった――。
一瞬頭が真っ白になるも、親指と人差し指の間を額に当てては唸り、それを暫く繰り返した。
「いや、無しだろ。」
「何でですか?」
「何でって……逆に聞くけど、ルイスは嫌じゃねえのか?」
首を傾げるルイスに、俺は度直球に聞いた。
するとルイスは迷うでもなくスカートのポケットに手を入れては、あのルーンを差し出してきた。
「先生。先生ならあの審査員の人達相手に何点取れますか?」
「急に何の話だ?」
「いいから教えて下さい。」
ここ最近のルイスは大人しかったのに、ここにきて会った当初の傲慢なルイスが垣間見えてゾッとする。
「うーん。まあそうさな、満点と言いたいところだけどミシェ姉もいるし、その時の調子にもよるから……まあでも180点は取れるんじゃないか?」
「180……。」
ルイスはその点数を呟いては、再びエリンの方へ向き直った。
「エリンの純度と魔力充填率の点数に、私の術式銘彫と独創性の点数を足すと……えっと――。」
そこまでルイスが口にしたところで言いたいことは何となく想像できた。
「176点じゃな。」
「そうです!ありがとうございます!」
孫にでも褒められたかのように嬉しそうな表情を返すエレキスターをいやらしく思う。
「私とエリンがそれぞれの長所を活かしてルーンを製錬すれば、先生にも劣らないルーンが作れると思うんです。」
「いや、理屈は分かるけど……やっぱなしだろ。」
正直なところ、ミシェ姉も評価したエリンの精錬と結晶化の技術は買う。
だが、それ以上に第三者として関わるならまだしも、自分のところで雇うとなると話がだいぶ変わってくる。
こんなお転婆娘を飼うのはごめん被りたい――。
それが本音だ。
「今回の件でエリンも丸くなると思います。だからお願いします、先生!」
ルイスが食い下がってくる。
まあルイスの言い分はそうだと思う。
腕の良い人材をみすみす逃すのももったいないか。
「人手は多いに越したことはないしな……。」
はあ、と深い溜息を付きつつも、俺は提案を渋々受け入れることにした。
「だって。これからよろしくね、エリン。」
ルイスはエリンに手を差し出した。
その手には邪な気持ちは一切無いように見える。
許せないとは言いつつも、ルイスにとってエリンはもう友達なんだろう。
元々同級生だったんだ。
お互いにとって良い好敵手になってくれたら、二人とも理想の製錬技師に成長するかもな。
「し、仕方がないわね!貴女がそこまで言うなら特別に手を貸してあげようじゃない!」
さっきまでのしみじみとしていたあれは何だったのかと思うほど急に開き直ったエリンのその図太さに、俺は最早驚きを通り越してただただ呆れた。
そして悲しいかな、そのお蔭でようやく全てが腑に落ちた。
「爺さんさ、もしかして最初からこうするつもりだった?」
「まさか。儂は何も考えておらんよ。全ては為るように為っただけじゃ。」
最後まで白を切るエレキスターに俺は確信すると同時に、もうそれ以上追及しようとも思わなかった。
「やっぱ食えねえよ、あんたは――。」
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