episode.19 想い人の為の魔法石

 ルイスは台の前へ立った。


「大丈夫。」


 小さくそう呟いてからルーンを台の上へ置いた。


「これは……。」


 台に置かれたルーンを先程と同じように審査員達が囲む。

 だが、その様子はエリンの時とは異なり皆眉間に皺を寄せた。


「回復魔法のルーン……ですよね?」


 自信なさ気に商人の男が口火を切った。


「そのようだけど、普通の【回復】ルーンとは少し違うわね……。医療用かしら?」


 ミシェルの質問に審査員皆がルイスの方を見る。


「はい。私が製錬したルーンは、医療用に使われるルーンです。それも”ある人“にだけ効く特別なルーン――オーダーメイド品です。」


 ルイスの言葉に、ミシェルを始めとした審査員全員が目を見開いた。


「ちょっといいか。」


 そう言ってミリオスタは置いてあったルーンを手に取って間近で見つめた。


「やはり……君、この術式はいったいどこで覚えたんだ?」


 ミリオスタのそれまでとは打って変わった深刻な表情に、一同は驚きと不安が混じったような感情に襲われた。


「このルーンの術式には、少なくとも4つの相反するルーン術式が組み込まれている。」


「えっ?それっておかしくありませんか?相反するってことは、『共通するルーン文字がない』ってことですよね?それだとそもそも術式が成り立たないんじゃ――」


 皆が動揺する中、ミシェルはミリオスタの持つルーンを横から覗き見た。


「これは……組み文字ね。」


「組み文字?」


 頷くミリオスタとは逆に、商人組は聞き覚えすらないといった様子で首を傾げた。


「組み文字は、簡単に言えば特定のルーン文字を全く同じ意味のルーン文字に置き換えた術式のことよ。基底の術式とは異なっていても、ルーン文字の持つ意味が変わらなければ置き換えることが可能なのよ。全ての文字に出来る訳ではないけどね。」


「組み文字で置き換えれば、本来繋げることが出来ない術式も合成することが出来る。それがこのルーンには少なくとも4か所に使われているんだ。」


 ミシェルに続いてミリオスタも組み文字に関して補足をする。


「ほえー、そんな凄いことが出来るんですね。」


 商人組の3人は関心するように頷いてはルーンを眺めた。


「だが、このルーンが凄いのはそれだけじゃない。」


「へ?」


 3人が3人同じ動きでミリオスタの方を向いては口を半開きにさせた。


「このルーンの術式には【連鎖律】が使われているわ。」


「【連鎖律】?――って何ですか?」


 今度はミシェルの方に視線が集まると、彼女はそのまま続けた。


「【連鎖律】は大雑把に言うと、組み文字と同じように相反する術式を繋げる技術よ。ただ繋げ方がかなり特殊で、相反する2つの術式の間にそれぞれに共通するルーン文字を持った全く別の術式を噛ませるの。例えるなら、ABCという術式とDEFという術式の間に、BGDという術式を噛ませると、2つの術式を1つに繋ぐことが出来る。ここまでは大丈夫かしら?」


「な、なんとか……。」


「複雑なのはここからで、そのまま噛ませると当然噛ませた術式が邪魔をして余計な効果が発動するか、若しくは術式同士で打ち消し合ったり、術式全体のバランスが崩れて発動すらしなかったりするの。だからそれらを防ぐために、噛ませた術式の【逆術式】を挿入することで、分数でいうところの分母と分子が等しい1の状態にするの。そうすることで相反する術式を繋げることが出来るようになる。」


「は、はあ。」


 商人組は、理論は納得できても理解が及ばないという様子だった。


「理解できなくても無理ないわ。【連鎖律】をまともに扱える製錬技師なんて一級ですらほとんど見たことないもの。」


「まあ扱えるもなにも、連鎖律を使わなければならない程複雑な術式を要求される事自体が殆んどないからな。俺も扱えはすれど、ほぼほぼ使わないからな。」


「国認のあんたでも……そんなスゲーことしてんのか、ルイスちゃん。」


 何度目か、ルイスに皆の視線が一斉に集中する。


「貴女、こんな術式どこで覚えたの?精錬や結晶化は正直目も当てるのがやっとだけど、術式銘彫に関してだけで言えばその辺の一級の比じゃないわ。」


 あまりのアンバランスさ故か、この世ならざるものでも見たかのような顔を向けられたことに、ルイスは少しショックを受けた。


「えっと、術式自体は先生のルーンを参考……お手本にして、医学書や製錬書とかで自分なりに勉強して組み立てました。」


 ルイスが何を言ったか、聞こえはしないが想像するのは容易だ。

 審査員全員が俺のことを見てやがる。


「先生?それってあそこにいる男か?」


「は、はい……。」


 ミリオスタの圧に押されながらもルイスは小さく返事をした。


「そうだったわ。忘れてたけど貴女の師匠ってウェイなのよね。今全てが負に落ちたわ。」


「いやいや待ってくれ。彼は確か二級製錬技師だろ?二級なんかが扱える代物じゃないぞ、これは。」


「貴方ねえ……国認製錬技師ならもう少し歴代の製錬技師達の歴史を学んだ方が良いわよ。」


「それはどういう意味だ?」


「そんなのっ……私からは言えないわ。」


 そこでミシェルだけではなくオーツまでどんよりと俯いたので、他の3人は訳も分からず余計に頭を混乱させた。


「どういうことなんだ……?彼はいったい……?」


 ミリオスタは額に汗を滲ませながらウェイを見つめた。


「一つ確認なのだけど、このルーンは貴女一人で製錬したのよね?ウェイ……貴女の先生は製錬には直接関与はしてない?もし彼が手を入れているのだとしたら、このルーンに点数を付けるわけにはいかないわ。」


 ミシェルは鋭い目つきで眉間に皺を寄せてルイスを睨みつけた。


「そ、それは――」


 あまりの圧に口籠るルイスに、審査員達は怪しいとばかりに怪訝な顔を向けた。



「それはない。」



 反対側から声がしたと同時に皆一斉に後ろを振り向いた。


「先生……。」


 ルイスは木から降りられなくなった子猫みたいな顔で俺を見てきた。


「ウェイ……。」


「ミシェ姉の心配には及ばない。このルーンの製錬において俺は直接手を加えるどころか助言すらしていない。」


 俺はミシェ姉の前まで歩を進め、その眼鏡の奥の瞳を見つめた。


「本当ね?」


「ああ。レーナに誓ってもいい。」


「っ――!?」



 その瞬間、俺の放った言葉にミシェ姉は全身を震わせた。



「分かったわ。」


 ミシェルは頷くと一同を率いて審査に戻った。


「先生!」


 再びステージ脇に掃けようとしたところでルイスに声を掛けられる。

 振り返った先にあったルイスの顔にはもう不安は見られなかった。


「自分を信じろ。大丈夫さ。」


 それだけ言い残して俺は脇に掃けた。


「それじゃあ色々あったが時間も押してるし、結果発表に移るぜ!」


 オーツの掛け声に見物人たちは『早くしろ』と急かすようにそわそわしていた。



 そしてついに結果は出た――。



 商会A 純度2点 魔力充填率 5点 術式銘彫10点 独創性 6点

 商会B 純度1点 魔力充填率 3点 術式銘彫10点 独創性 5点

 副議長 純度1点 魔力充填率 3点 術式銘彫10点 独創性10点

 ミリオ 純度2点 魔力充填率 3点 術式銘彫10点 独創性10点

 オーツ 純度3点 魔力充填率 4点 術式銘彫10点 独創性 9点


 合計  純度9点 魔力充填率18点 術式銘彫50点 独創性40点


 総合点 117点




「えっ……。」


 電光掲示版に表示された点数を見た時、ルイスの中で時が止まった。



「出ました!117点!ということで、勝者はルイスちゃんだ!」



 信じられない――。



 見物人達よりも、エリンよりも、誰よりもそう思ったのは他でもないルイスだった。



「お母さん、私……やったよ。」



 そう呟いたルイス。

 遠巻きからでも分かるほど目を潤ませ赤らめる彼女に、俺は心の中で拍手を送った。


 ステージ下では見物人達が騒々しく落ち着きがなかった。

 それらの表情こそ十人十色だが、そのどれもが動揺から漏れ出たものであるのは明らかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る