episode.16 きっかけ
手元のルーンがマグネシウムの燃焼が如く眩く光放つ。
攻撃魔法の術式を組み込んだ合成ルーンは今までで最高の出来といっても良い自信作だった。
「これが【光】と【水】の合成ルーン……この二つが併用出来ることにもビックリですけど、こんなに輝いてるルーンは始めて見ました。」
「だろうな。市場でも早々お目に掛かれるもんじゃねえよ。」
「純度300、魔力充填率も標準62%、局所98%――質の悪い魔光石でも最高純度だとここまで強力なものが出来るんですね。」
「粗悪物も製錬技師の腕次第ってことだな。」
決意を固めてから1カ月半――俺はひたすら対魔物用のルーンを製錬していた。
この王都で最も羽振りが良いのは誰か――。
国を動かしている王族か?
金を持った貴族か?
それともエミリア商会のような大手企業か?
実はどれでもない。
彼らは確かに大金を抱えているし、時には大きな金を動かすこともあるが、良く言えば慎重、悪く言えばケチだ。
王族なら国の為だと安く買い叩かれるし、貴族はその身分を主張して自分が納得する値段でないと買ってはくれない。
そして企業は、あちらも商売故に値引き交渉をしてくる為、結果個人業のこちらが折れる形になってしまう。
では誰なら高く買ってくれるか――。
それは冒険者達だ。
冒険者は基本的に王都や他の街で武器や防具、ルーン等の補助道具を揃えて外の魔物を倒しに行く。
そうして倒した魔物の素材を街で売り、稼ぎを得る。
そして、また街で準備をし、魔物を倒し……その繰り返しだ。
冒険者の稼ぎはその日、その日で大きく変動し、大金を持っている者もいれば、金欠でその日の食糧に困るような者までいる。
しかし、そんなまちまちな彼らには共通点がある。
それは、金を惜しまず準備を怠らないことだ。
当たり前だが、魔物を相手にするということは命を落とす危険性がある。
熟練の冒険者でも気を抜いてしまったが故に雑魚に殺られる事例も少なくない。
命にかかわるとなれば、誰だって惜しみたくはないものだ。
だから、冒険者はいくら懐が寂しくとも、それがちゃんと有用なものであれば高くても買ってくれる。
俺はそこに目を付けた。
加えて、エレキスターのような国認製錬技師がやっている工房には仕事は溢れるほど流れてくるが、それらは基本王都の中での仕事が多く、かつ重要で難しい依頼が多い。
一方で、冒険者が使うような戦闘向きのルーンを扱っているのは、二級や一級の製錬技師がやっている店ばかりだ。
故に、市場的にもエレキスター達国認の奴等とは被らず、競争相手も比較的レベルが低い。加えて、オーツに冒険者達へ宣伝するよう頼んだおかげもあって客は流れるように入ってきてくれた。
俺の製錬したルーンの評判も良く、俺の店は冒険者の中だけと限定的ではあるものの瞬く間に有名になっていた。
「毎度あり!」
今日も今日とて飛ぶように売れていく。
先の【光】と【水】の合成ルーンも熟練の冒険者が30万メルドで買ってくれた。
「これだけ売れれば勝てそうですね!」
「そうだな。」
ルイスは自分が手伝ったルーンが売れる度、嬉しそうにニコニコしていた。
その気持ちはよく分かる。
だが、あと半月しかないと言うのに、ルイスは未だにまともな源魔石を作れていない。
こいつ自身の勝負には口出しできない以上、こればっかりは本人に頑張ってもらうしかない。
まあ、それでも何かコツを掴むきっかけを作ってやれたらいいんだが――。
そう思って何の気無しに依頼用のルーンが入った袋を視界に入れる。
「ルイス、今日このあと暇か?」
「え?まあ、製錬の練習を除けば時間はありますけど……。」
ルイスはやや気まずそうに返事をした。
その様子に俺は内心ホッっとした。
こいつもこいつで焦る気持ちはあるらしい。
性格的に自惚れている部分があるので、最悪どうにかなるだろうと楽観的に考えているんじゃないかとも思ったが、冷静な判断が出来ていることに安堵する。
「なら、ちょっと付き合え。連れて行きたい所があるんだ。」
「は……はあ。」
間の抜けた返事のルイスにクスッとするも、俺は店を閉めた。
店を出て商業区を抜け城方面へと歩いていくと、青十字マークの建物が見えてくる。
「ここって、王都病院じゃないですか。」
ルイスは建物を前にして足を止めた。
「ああ。ルイスを連れてくるのは初めてだったな。けど、お前も病人として一度くらいはきたことはあるだろ?」
「それはまあ。王都で一番大きな病院ですから利用したことくらいはありますけど……あの、一応確認なんですけど、先生ご病気じゃないですよね?」
ルイスは俺の体を訝し気に下から上へ見てはキョトンとしている。
「当たり前だ。ここへ来たのは仕事だよ。」
「仕事って……製錬技師として、ですよね?何するんですか?」
溜息交じりの俺の返答に、ルイスは益々疑問符を頭に生やした。
「まあ、ついて来れば分かる。行くぞ。」
いちいち説明するのは面倒だ。
仕事内容自体は決して難解なものではない。
見せた方が早いだろう。
「あ、ウェイさん!」
受付を済ませナースステーションに足を運ぶと、早々に見知った顔に声を掛けられる。
「よっ。今月分持ってきた。」
俺は懐から布袋を取り出し、フラウに手渡した。
「いつも悪いわね。今月はいくつ?」
「3つだ。いつもより少なくて悪いな。」
「ううん。気にしないで。エレキスター様との勝負の最中なのに、納品してくれるだけでありがたいもの。」
そう言ってフラウは袋の中から緑色に淡く発光するルーンを手に持ち、その手触りを確認し始めた。
「ルイス――って、お前何やってんだ?」
フラウが納品物を確認している間に、ルイスにここのことを説明しようと振り返ると、ルイスは自身の両胸に手を当てていた。
「で、でかい……。」
俺の声と視線に気づいていないのか、ルイスはボソッとそう呟いては盗み見るようにフラウの胸をちらちらと見ていた。
「あのなあ、お前はまだガキだろ。そのうちデカくなるから気にすんな。」
「なっ――!?」
ルイスは咄嗟に胸を両手で隠してはムッとした顔を俺に向けてきた。
「ウェイさん、それを女の子に言うのはセクハラですよ。」
「フラウ、あんたまで……。」
フラウの方を見れば、確認し終わったのか、ルーンを袋の中に戻してその口を縛っていた。
だが、袋に視線を落としたと同時にカウンターに乗ったフラウの胸に目が入ってしまい、思わず視線を逸らした。
くそっ、ルイスのやつ余計なことを――。
普段なら気にも留めないのに、今は嫌でも意識してしまい恥ずかしくなる。
「さてっと、これが今回の報酬よ。一つ10万メルドで、3つだから30万メルド。本当ならこんな高品質なものもっと出してあげたいんだけど……。」
「構わないさ。俺も俺で勉強させてもらってるからな。」
フラウから報酬を受け取ると、俺は病室の方に体を向けた。
「今日も少し見て行っていいか?こいつも一緒なんだけど。」
「ええ、もちろん。そしたらサウスさんの所から行きましょうか。」
フラウは布袋と検診道具一式を持ってステーションから出て来た。
「行くぞ、ルイス。」
「えっと、患者さんの所に行くんですか?何しに?」
「見てれば分かる。お前を連れてきた理由がそこにあるからな。」
首を傾げるルイスを連れて俺はフラウの後ろをついて行った。
「サウスさん、検診のお時間ですよ。起きて下さい。」
病室に着くや否や、早速寝ている患者を起こしては、フラウは検診道具を弄り始めた。
「ん……ああ、もうそんな時間か。おや?」
すると、患者は俺達を見て、弱弱しいながらも優しく微笑んで見せた。
「あんたは確か――」
「はい。先月体を診させていただいた二級製錬技師のウェイです。御無沙汰しています。」
「おお。そうじゃ、そうじゃ。思い出したよ。」
「覚えていらっしゃいましたか。光栄です。」
「はは。ここに居ったら医者とナースの顔くらいしか見んからのう。お前さんの顔を覚えるくらい何でもないわい。」
軽快に笑うサウスさんに、俺は胸を撫で下ろした。
この人の病気は現代医療では治せない重いものだ。
その事は本人にも伝えているという。
なら、いつ心が負けてしまってもおかしくない。
今こうして明るい表情を見せてくれるだけで一先ずは安心できる。
「して、お前さんがここに来たと言うことは――。」
「ええ。貴方の病に効く可能性のある【回復】系のルーンを作ってきました。」
そう。先程俺が納品したルーンは、ここの患者専用にオーダーメイドで製錬した医療用ルーンだ。
魔法医学の研究が進んでいる昨今では、通常の医学ではまだ治療できない病のいくつかは回復魔法による治療が出来ることが知られている。
ルーンに基本的な【回復】のルーン術式を施し、更に他の術式を組み込んで合成ルーンを製錬することによって、特定の病に効く回復魔法が実現可能となる。
ここの院長とは以前王都にいた時からの知り合いで、彼は俺の素性を知る数少ない内の一人である。
故に、俺の腕も知っており、国からの特任を引き受けてその仕事の一部を俺に回してくれている。
月一回医療用ルーンを2~5個納品しているのがそれだ。
「さあ、楽な態勢になって下さい。始めますよ。」
そう言ってフラウは先程渡したサウスさん用のルーンを手に取り、それを両手で祈るように握りながら呟いた。
フラウが詠唱した次の瞬間、ルーンは眩い光を放ちながら自身に刻まれた術式を魔法陣として空中に転写させた。
眩しさに目を薄めながらも、俺は展開された魔法陣を凝視する。
【回復】の術式も、【暴走抑制】の術式も、ちゃんと発動している。
その他の術式もちゃんと機能している。
大丈夫。大丈夫だ――。
やがて魔法陣から緑光粉が湧き出る。
それらは瞬く間にサウスさんの体を覆い、徐々に輝きを増していく。
「凄い……。」
ルイスは眩さに目をやられながらも、懸命に逸らすまいとその光景を見つめているようだった。
高純度なルーンほど強く発光し、その効果を強く発揮する。
サウスさん用に製錬したのは純度270――。
ルイスは専門を出てまだ日も浅い。
源魔石の作成が苦手なルイスからしたら、ここまで純度の高いルーンが発動するのを見るのは初めてなんだろう。
「どう……ですか?」
無事魔法が発動し終わりルーンの発光が収まると、フラウは恐る恐ると口を開いた。
「ふうむ……。」
サウスさんは両の手を何度かグー、パーさせながらそれを暫く見つめていた。
「サウスさん?」
沈黙に痺れを切らしたとでも言うようにフラウがサウスさんのそばに歩み寄る。と、そこでようやくサウスさんがこちらに向き直った。
「これはいい。力が漲るようだ!」
サウスさんは満面の笑みでそう告げた。
その笑顔に俺は心底ホッとした。
「まるで若い頃を思い出すようだ!今なら歩ける気さえするぞ!」
「ちょっ、サウスさん!?」
ベッドから降りようとしてバランスを崩すサウスさんを、フラウは慌てて支えに入った。
「良くなったのは分かりましたが、歩くのは流石に無理ですよ。徐々に慣らしていきましょう。」
活力が漲るサウスさんを何とか鎮めてベッドに戻すも、サウスさんはご機嫌な様子でずっとニコニコしていた。
「お前さん、ありがとうな!おかげで元気になったわい!」
「力になれたのなら良かったです。」
高らかに笑うサウスさんに俺も見ていて嬉しくなる。
作って良かったと心から思う。
「ただ勘違いはしないで下さい。調子を取り戻せるのは魔法が効いている間だけです。サウスさんの『筋肉が衰えていく病気』が治ったわけではありません。そこの看護師が言うように、魔法が効いている間にリハビリなどを行って、少しずつ元の調子に戻すよう努めて下さい。」
「ああ、分かっとるよ。」
俺は笑みを返してから一礼すると、ルイスと共に先に病室を出て行った。
「ねえ、先生。」
病室を出るや否や、ルイスに声を掛けられた。
その面持ちからして俺がここに連れて来た理由を察したか。
いいや、察したというよりは考えている最中か。
「先生はどうして製錬技師になったんですか?」
「ん?ああ……まあ、俺は特にきっかけっていうもんはなかったな。」
「それってどういうことですか?」
「俺、物心ついて直ぐに両親に育児放棄されたんだよ。」
「え!?育児放棄!?」
「ああ。両親共に俺を置いて旅に出ちまった。だから俺は生きる為に必死で知識つけて、手に職を付けたんだ。親父は賢者だったから家には魔法関連の書物が山程あったし、そこから得た知識を一番活かせそうなのが製錬技師だったってだけだ。」
「……やっぱり、先生は凄いです。」
「え、何が?」
「私はお母さんが製錬技師で、お母さんみたいになりたいと思って、それで製錬技師になりました。良くある普通の理由です。先生みたいに特別な理由じゃありません。」
ルイスはどこか落ち込んでいる様子だった。
その理由は何となく想像は出来るが、正直呆れてしまった。
「まったく……。」
俺は大きく溜息をついた。
「良いじゃないか、別に。」
「えっ?」
ルイスと目が合う。
相変わらず綺麗な澄んだ目に、どことなくあの子のことを思い出しそうになる。
「理由なんてどうだっていいんだよ。前にも言ったろ。製錬技師にとって大事なのは、使用者を想うことだ。」
「使用者を、想う――。」
「そうだ。ルーンは使用者と共に成長する。だから、ルーンを製錬する製錬技師は、何よりも使用者に寄り添い、使用者のことを考えて作らなきゃならない。」
「寄り添う……。」
「ルイス、お前は何の為にルーンを作ってる?誰の為に作りたい?」
「私は……。」
ルイスは再び考え込むように俯いた。
出来る助言はした。後はルイスが形にして捉えることが出来るかに掛かっている。
それが出来ればきっと――。
「お待たせしてごめんなさい。次に行きましょう。」
フラウが病室から出てくると、俺達は次の病室に向かった。
その後も同じようにフラウがルーンで患者に治療を施し、俺とルイスは傍らでそれを見守った。
その間ルイスはずっと深刻な面持ちでそれらを眺めていたが、病院を出る頃には何か決意したような眼差しを空に向けていた。
何か掴めたか?
俺がそう聞くと、ルイスはゆっくりと一度だけ頷いた――。
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