episode.13 譲れないもの
次の日――目を覚ますと既に14時を過ぎていた。
寝すぎたと思いつつも、寝ぼけながらゆっくりと身支度を済ませて店の方へ降りると、既にルイスが精錬炉で作業していた。
「もうやってるのか、早いな。」
俺が話しかけたところでルイスは作業する手を止め、溜め息をついてから俺の方を見てきた。
「早いって、もうお昼はとっくに過ぎてますよ。先生が寝過ぎなんです。」
ルイスは再び溜息をついて立ち上がると、棚からコーヒーのカプセルを取り出してドリッパーにセットし、淹れてくれた。
「悪かった。久々にまともな仕事が入ったもんだからな。気疲れしたのかも。」
「仕事に対する姿勢はもちろん尊敬しますけど、そんなにのんびりしてて勝負に勝てるんですか?……って、私が言うのもなんですけど。」
確かに、ルイスの言う通りこの仕事は売上に大きく貢献されるが、エレキスターに勝つにはまだまだ程遠い。
この仕事を終えた後、どうやって売上を伸ばしていくかは別に考えなければならない。
「まあ、何とかするさ。それよりも、お前は自分のことを考えろ。まともな源魔石が作れなきゃ勝ち目はないぞ。」
「分かってますうっ!」
威勢いい返事とは裏腹に、ルイスは金床の黒い塊を恥ずかしそうに体で隠した。
「そういや前にお前、元素系ルーンを製錬したことあるって言ってたけど、そんなんで良く作れたな。」
「そ、それは……まあ。」
ああ、なるほど。今のこいつの顔と返事でよく分かった。
元素系ルーンを製錬したこと自体は嘘ではないんだろうが、源魔石は他の奴が作ったのだろう。
ルイスがやったのは恐らく術式銘彫から。
それなら元素系ルーンが製錬出来たことにも納得がいく。
問題は、こいつはそれを一から自分で製錬したように言い張っている点だ。
「自信を持つのは結構だが、自力を過大評価し過ぎるとそのうち身を亡ぼすぞ。」
「ムー。それって経験論ですか?」
「…………。」
ルイスが図星を突かれて不服そうに言い返してくる。
こいつ、意外と感がいいな。だが、蒸し返されるのは御免だ。
「ただの教訓だ。」
そう言って俺は自分の作業台に着いた。
ルイスの言葉で一瞬嫌な記憶が甦ってしまった。
そういえば、こっちに戻ってきてから半年以上経つのに、まだ何一つとして過去と向き合っていないな。
結構な覚悟を決めて戻ってきたつもりだったが、あと一歩のところで踏みとどまっている自分がいる。
もし、もしもだ。
今回の勝負で勝てたなら、ヘパイストスの秘石が俺の手元に残るのなら、それはもうそういう運命なのだと受け入れよう。
その時こそ、今度こそ覚悟を決める。
深呼吸をして心を落ち着かせる。彫刻具を手に取り、ルーン術式を彫り直していく。
ルーン術式を彫り直す際に最も注意するべきは、術式を上書きしないことだ。
術式の上書きは、そのルーンの本質を歪ませてしまう。
それはすなわち発動するべき術式――つまりは魔法が発動しなくなるか、最悪暴走してしまう。
彫り直しはあくまで、粘着剤が硬化したことで埋め立てられてしまったルーン文字の掘り起こしと、それの所為で崩れた文字間隔等のバランスを置き字で補填したり、文字自体の彫刻に厚みを持たせたりすることで調整する。
あとは通常通り術式を銘彫する時と同様の注意を払えばまず問題は起きない。
まあ、今回はまた少し特殊で他にも気をつけるべき点があるのだが、それも何とかなりそうなので大丈夫だろう。
それよりも、個人的に手を加える部分がきちんと元の術式と調和が取れるかどうかの方が問題だ。
「それって何の術式ですか?」
丁度術式に手を加えていたところでルイスに話しかけられる。
視線を横に向けるとすぐ横にルイスの顔があり、何となくいい香りが鼻腔を擽って恥ずかしくなる。
「先生?」
「何でもない!」
十も下の女の子にドキッとするとは、何と情けない――。
「そんな怒らなくても……。」
「ああ、悪い。つい……。」
咳払いで誤魔化しつつ、ルーンに視線を戻す。
「これは【暴走抑制】のルーン術式だ。」
「暴走抑制?」
「ああ。お前も知っていると思うが、ルーンは極稀に暴走することがある。」
「それはまあ、知ってますけど……暴走する確率なんて高々0.1%未満ですよね?」
「それは、商標に通って販売許可が下りたルーンの話だ。まあ間違いじゃないが。」
ルイスの言う通りルーンの暴走率は相当低い。
よっぽど粗悪なものでも精々2%前後が最高値だ。
「だが、ルーンは使用すれば当然劣化するし、質も落ちてくる。そうなれば暴走率は徐々に上がってしまうんだ。」
「それはそうですけど、でもルーンが暴走した事例なんて私聞いた事ないですよ。わざわざ術式に組み込むほどのものではないと思う――」
「そうはいかねえんだよ。」
自分としては抑えたつもりだったが、語気が若干強まってたか、ルイスは俺の様子の変化に戸惑って咄嗟に口を引っ込めた。
ルイスには悪いと思いつつも、これだけはどうしても譲れない。
例えどんな理由があったとしても、これだけは――。
「悪い。」
「い、いえ……。」
「とにかくだ。ルーンが暴走すると、使用者に取り返しのつかない危害が及ぶこともある。それは使用者の問題ではなく、そのルーンを製錬した製錬技師の責任だ。使用者に安全なルーンを提供する。それが製錬技師として最低限やるべき責務だと俺は思ってる。」
「先生……。」
「お前が今後製錬したルーンにも暴走抑制の術式は必ず彫る。最初に『仕上げは俺がやる』って言ったのは、そういうことだ。」
俺は荒々しくなっていた鼓動を抑え、頷くルイスに優しく微笑んだ。
「さてっと、もう少しで作業も終わるから、今日は外に飯食いに行こう。」
「はい。」
重くなった空気を払拭するようにして、俺は再び手を動かした。
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