episode.9 勝負
見た瞬間、あの頃のことが脳裏に過った。
昔と変わらないその姿――。
パッと見はよぼよぼだが、製錬技師として確かな体つきをしているのがローブの上からでもよく分かる。
その年でも相変わらず現役なようで、それには大したもんだと感服する。
「久しいな、ウェイ。」
「ああ。爺さんも元気そうだな。」
「まあな。しかし、あれからどれ程の刻が経ったか。この歳になると時間の感覚もなくてな。」
「12年だ。」
「そうか。もうあれからそんなに経つか。お主が王都に戻って来たというのは噂には聞いておったが、まさか本当に戻ってきておったとは……。」
お互い再会に感動するでもなく、懐かしさにただただ顔を見合わせた。
12年前の記憶とほぼ変わらない爺さんの姿に、俺は思わず時が止まったような感覚に囚われた。
いや、違う。
止まったような――ではなく、俺の時間はあの時から12年間ずっと止まったままだ。
王都にきてから過去と向き合うつもりだったが、結局何もせず半年が経ってしまっているのがいい証拠だ。
「お爺様!聞いて下さい!」
そう言ってエリンはエレキスターに駆け寄り、最初に見せた愛嬌のある顔を爺さんに向けた。
「店の外からでも聞こえておったわ。エリンよ、お前はいつから儂の一番弟子になったのかのう?」
「そ、それは……。」
まずい、とでも言うように爺さんから目を逸らすエリンを見て、俺は心底ホッとした。
この子にも頭が上がらない存在がちゃんといるんだな――。
「まったく……お前は製錬技師として以前に、人としてもう少し成長する必要があるようだ。」
「お、お爺様、違うんです。さっきのは――」
「喝!!」
「――!?」
何処から出したのか、と聞きたくなる程どでかい声と、キリッと見開かれた眼光に、その場にいた全員が押し黙った。
「言い訳は無用。エリン、お前は暫く謹慎とする。」
「そ、そんなっ――!?待ってください、お爺様!この子の実力が劣っているのは本当のことです!あの噂だって――」
エリンは途中で言葉を切った。
それはエレキスターが〝それ以上口を開くな〟と目で語っていたからだ。
外から見ている俺でも分かるほどエレキスターは静かに怒りを向けていた。
「そこまで言うならルイスと勝負してみろよ。」
「はあっ――!?」
「えっ――!?」
俺が口を挟むと、二人同時に不服と驚きの目を向けてきた。
「さっきから聞いていれば、お前はルイスを過小評価するが、俺はルイスはその辺の二級より遥かに高い技術力があると思ってる。」
「フン。そりゃあ二級の貴方からしたらそう見えるでしょうね。」
「いちいち刺さる言い方するな。」
その何を言っても聞かなそうな態度と物言いに最早面倒臭くなってきたが、それ以上に俺は結構怒っていた。
ルイスはつい先日俺の所へ来たばかりだが、そうだとしても自分んとこの従業員をここまでコケにされては店長として黙っている訳にはいかない。
それに、ルイスの技量は確かなものだ。
エリンとかいうこの女の実力は知らないが、勝負してルイスが負けるとは到底思えない。
「お前とルイスでルーンを製錬して、そのルーンを俺と爺さん、それとオーツの三人でどちらがより優れているか評価する。その評価が高い方が勝ちとするんだ。」
「何で私がそんなこと……。」
「お前が勝ったら、俺とルイスをドブネズミなり、何なり好きに呼んでいい。加えて、オーツの採ってきたもん一カ月間全部タダでいくらでも売ってやる。」
「おい、ちょっと待て!?何勝手なこと言ってんだよ!!」
「別にルイスが勝つから良いだろ。」
「そう言うことじゃなくて、俺を巻き込むなよ!万が一そんなことになったら俺クビんなっちゃうよ!」
慌てて怒鳴るオーツを聞こえないふりで無視する。
勝てば問題ないんだから無視、無視。
「ただし、俺たちが勝ったらお前が今まで流したルイスの悪評を撤回しろ。それとルイスに謝れ。」
「先生……。」
こちらを心配そうに見るルイスに、俺は笑って返した。
「いいでしょう。そこまで言うなら受けてやろうじゃない。」
「ちょお、まっ――!?」
オーツの顔は絶望に打ちひしがれるようで、そのリアクションが可笑しくて思わず失笑してしまう。
「待て。まあ落ち着け。お主らしくもない。」
そこで、今度はやれやれと爺さんが首を振ってゆっくり出てきた。
「爺さんは反対か?」
「いや、そうではない。ただその条件では負けた時のリスクが釣り合ってないと思っての。」
「何だよ、一カ月無料じゃ足りないか?なら三カ月に――」
「おい!」
「冗談だよ。」
本気でオーツが食って掛かって来たので、流石に虐め過ぎたか、と俺は少し反省した。
「そうではない。釣り合っていないのはこっちじゃ。」
そう言って爺さんは再びエリンの方を向いた。
「エリン、もしお前がこの勝負に負けたら、その時はお前を勘当とする。」
「なっ――!?」
「うそっ――!?」
爺さんのこの発言には流石に俺もルイスも驚いた。
まさか勘当とは――。
彼女は宰相の娘だ。そんなことしたら爺さん自身もどうなるか分からないだろうに。
「ちょっ、お爺様!?本気ですか!?」
「大マジじゃ。」
爺さんのあの目、マジで本気だ。
こうなってくると、なんだか喧嘩を吹っ掛けた俺の方が申し訳なくなってくる。
いやいや、ルイスの気持ちやあいつがしたことを考えれば、これくらい当然なんだ。申し訳なさなんて微塵も感じる必要はない。
「じゃあ、まあ……決まりだな。」
一時はどうなることかと思ったが、空気は若干重くなったものの一先ずこの場は収まった。
「ちぇっ。何だよ、結局俺はとばっちり受けたまんまじゃん。いつも格安で売ってやってるのによ。品質良いやつを採ってきてやってるのによ……。」
と思ったが、オーツが滅茶苦茶拗ねている。
こいつがこうなると後々が面倒臭いんだよな。
まあいつも安く高品質なものを売ってもらっているのは確かだし、こいつとは腐れ縁だからな。仕方がない。
「わあったよ、もう。おい、爺さん。」
俺は頭を掻きながら再び口火を切った。
「俺達も勝負しようぜ。」
「なんじゃと?」
それまで冷静だった爺さんが初めて少し動揺しているようだった。が同時に、よく見ればその口角が少し上がっている。
この爺さんまさか俺がこう言うのを期待してたのか――?
「そうだな……勝負方法は、期間はこいつらと同じ四半期。んで店の売上で勝負する。」
「それは構わんが、いくらお主が相手だからといって、無名の店との売上勝負では儂に有利過ぎんか?」
「ああ。だから俺が勝った場合、爺さんには相応のことをしてもらう。」
「ほう?何を望むと?」
急に楽しそうにしやがって、このじじい。あんたも体外だぜ、本当に。
「爺さんにはレミリア社長と和解してもらう。金輪際喧嘩は絶対にしないこと。」
「なんじゃと!?」
その瞬間、俺は思わずたじろいだ。
それまで落ち着いた雰囲気だった爺さんの背中から悍ましいともいえる憎悪と殺気が溢れ出していた。
「お、俺、知いらね……。」
オーツはそう小さく呟いて後ろに隠れやがった。
あいつ酷えな。お前の為にこっちはやってるってのに。
「じ、爺さん、落ち着けって……。」
ブちぎれる爺さんを悪かった、と取りあえず宥める。
12年前も社長と爺さんは犬猿の仲で有名だったが、ここまで酷いとはな。
正直舐めていた。
「何を言いだすかと思えば、レミリアのババアと仲良くなぞ出来るか!」
「お互いもう歳なんだから、少しは大人の対応しろよ。」
「儂は今も現役じゃ!あのババアは老い耄れているがな。」
フンッと先程のエリンのように顔を反らす爺さんを、俺はただただ大人気ないと思った。
「ああもう、どいつもこいつも……仕方ねえな。」
俺は呆れ果て、溜め息を深くついた。
「なら、こっちが負けたら俺は爺さんの下につく。それから【ヘパイストスの秘石】を賭けてやる。これならどうだ!!」
そう宣言した瞬間、爺さんの憎悪と殺気が一瞬にして吹き飛んだ。
「おまっ、ちょっ、マジで言ってんのか!?流石にそれは――!?」
やっとオーツが裏から戻ってきやがった。
てか、お前の所為でこうなったのに、どの口が言ってんだか――。
「う、ううむ……。お主、本気か?あれは貴重も貴重。加えて、お主の持っているそれは特別な物じゃろう?」
「そこまで分かってんなら条件を呑めよ、エレキスター。これを持ち出す以上、もう笑い事じゃ済ませねえんだ。」
「…………。」
爺さんは暫く黙ったまま考えているようだった。
そして決心したようにおもむろに答えた。
「良かろう。お主がそこまで心身を賭して勝負するというならば、儂も製錬技師人生を賭けて立ち向かうのが道理。条件を呑もう。」
爺さんは深々と一度だけ頷いた。
「決まったな。帰るぞ、エリン。」
「えっ、ええ。」
爺さんはそう言って状況を把握しきれていない様子のエリンに声を掛けてから出て行った。
エリンも後を追うように慌てて出ていく。
「大変なことになっちまった。」
「お前の所為だけどな。」
皮肉気味に俺はオーツを突っついた。
「あのー……。」
気まずそうにルイスが声を掛けてくる。
もう怯えてはいないようだが、その様子は恐る恐ると言ったところか。
「ごめんなさい。私の所為で先生まで巻き込んで……。」
深々と頭を下げるルイスに、俺はその頭を優しく撫でた。
「別に構わないさ。結局は勝てばいい。それだけだ。」
「先生……。」
それでもルイスは一層不安げな様子を見せるので、俺は微笑んで見せた。
「取り敢えず帰って作戦練らないとな。オーツ、さっき言ってた魔光石と魔素石の詰め合わせとペンドログローブ、それからハイドロキシアパタイトをくれ。」
「お、おう!最高品質のを用意してやる!お代もいらねえからな!」
オーツは元気よくそう言ってテーブルにドンッと指定のブツを置いた。
「随分気前良いな。助かる。」
「俺にも責任あっからな。他にも必要なもんあればいくらでも言え。エレキスターとの勝負が終わるまで代金は据え置いてやる。」
ハキハキとした口調とは裏腹に、オーツは深刻そうな面持ちだった。
「その代わり、ぜってえ勝てよ!」
そう言ってオーツは握り拳を俺の胸に押し当ててきた。
「ああ。勿論だ。」
こうして、俺とエレキスター、ルイスとエリンの勝負が始まった。
二級と国認の前代未聞のこの勝負は、その日の内に王都中に広まったという――。
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