episode.10 前準備

「これで……よしっ、と!」



 今日もまた早朝から精錬炉の設置をしていた。


 ルイスがエリンと勝負するには精錬炉がないことには始まらない。

 だから昨日オーツのやつに頼んで、急ぎ六式型の精錬炉を用意してもらった。



 六式型はかなり機械仕掛けになっており、初期設定がやたら小難しい。


 俺は手こずりながらも小一時間掛けてようやく設定を終えた。



「おはよう御座います。」



 丁度準備が整ったところでルイスが出勤してきた。



「あっ!最新式の精錬炉!用意してくれたんですか!?」


「ああ。オーツの奴に頼んでな。これでお前も勝負に専念できるだろ。」


「先生……。」



 ルイスは喜びながらもどこか不安な様子だった。



「大丈夫。お前なら勝てるよ。」


「はい!」



 励ましの言葉にルイスは明るく返事をしてくれた。


 これなら心配なさそうだ。

 これで気兼ねなく製錬が出来るはず。



 何とか間に合ったことに内心ホッとするも、休んではいられない。



「俺も早速取り掛かるか。」



 自分の精錬炉の前に腰を下ろし、俺は背中を屈めて手を組んだ。



「さてと、どうするかな。」



 勝敗は今日から四半期の店の売上で決まる。

 店の規模も、知名度も、従業員を含めた手数も、何もかもあちらが上だ。


 常套手段ではまず勝つのは不可能。

 かといって正攻法から外れるにしても、外道な手は使えない。


 そんなことをすればたとえ勝負に勝っても、この先の店の信頼に関わってしまう。

 それでは意味がない。



 出店で販売するのは確実として、宣伝はオーツに頼むか。


 手数がない以上、生産量での勝負は話にならない。とすれば、数は作れなくても高額で販売できる高品質ルーンを製錬して稼ぐしかないか。


 若しくは大口の依頼を何とかして手に入れて一発を狙うか。



「きゃっ――!?」



 頭を抱えていた所で突然背後からルイスの叫び声が聞こえてきた。



「どうした!?大丈夫か!?」



  火傷でもしたかと慌てて振り向くと、そこには黒い煙を放つ炉と、地面に尻餅を突くルイスの姿があった。



「いったい何が……。」



 とりあえず一酸化炭素中毒にならないよう空調を全開にし、急いでルイスの元へ駆けつけた。



「怪我は……とりあえずなさそうだな。」



 ふうっ、と腕で額を拭っては冷静になって周りを見渡した。



「火事……じゃないな。一体どうしたんだ?」


「えっと、それは……。」



 俺の差し出した手を掴んで立ち上がるルイスに状況の説明を求めるが、ルイスはだんまりを決めて口を開かない。



 そんなルイスの様子を不審に思い炉の方に目を向けると、炉と一体になっている金床に真っ黒い物体が一つあった。



「あのう……ルイスさん、もしかして――?」



 俺が再びルイスの方へ顔を向けると、それに合わせてルイスはそっぽを向いて口を尖らせた。



「口笛、吹けてないぞ。てか、こっちを見ろ。」



 こっちの声は聞こえていないとでも言うように口笛を空吹きして誤魔化そうとするルイスを放って、俺は金床の黒い物体を手にした。



「これ、やっぱり源魔石か……。」


「あっ、ちょっと、返して!」



 炭の塊に似たそれをルイスは赤面させながら俺からぶんどって後ろに隠した。



「お前、もしかして精錬苦手なのか……?」



 俺のツッコみにルイスは一層顔を真っ赤にして俯いた。



「マジか……。」



 ルイスにまさかこんな弱点があったとは――。



 いや、よくよく思い返せばその傾向はあった。

 術式銘彫が突出して上手かったから薄れていたが、以前源魔石から【破】のルーンの製錬をさせた時、結晶化がルイスは苦手なようだった。


 俺の経験上、結晶化が苦手な製錬技師は大抵精錬も苦手な場合が多い。


 そもそもルーンの製錬は大きく分けると、第一工程である魔石の精錬、第二工程の源魔石の結晶化、第三工程の術式銘彫、第四工程の魔力充填率の調整、とこの四つに分けられる。


 そして製錬技師の傾向として、第一工程が得意なら第二工程も得意で、第三工程が得意なら第四工程も得意という者が多い。その逆もしかりだ。


 以前は炉がなかったから第一工程は俺がやってしまったので気づかなかった。



「前言撤回。お前やっぱ三級だな。」


「うう……。」



 ルイスは赤面したまま悔しそうにしつつも、ぐうの音も出ないといった様子だった。



「それにしても、こんな極端なやつ初めて見たぞ。なんだその炭みたいなの。」


「もう、揶揄わないでください!これでも悩んでるんですから!」



 見れば見るほど見事なまでの純度ほぼゼロの源魔石に可笑しくて笑ってしまう。



「悪い、悪い。」



 俺は笑いながら怒るルイスに謝った。



「まあ、それはそれとして……。」



 炭みたいな源魔石は何度見ても笑えるが、しかし正直困ったことになった。


 ルイスの術式銘彫の腕からそっちの勝負は心配していなかったんだが、これでは負ける可能性の方が高い。


 教えるのは別に構わないが、ルイスに時間を掛ければその分俺の手が止まることになる。


 そうなれば、ただでさえ分が悪いこっちの勝負は更に勝ちの目が薄くなる。

 ルイスを勝たせる方を優先するか、それとも自分の勝負を優先するか――。



「どうするか……。」



 俺の方は正直負ける可能性の方が高い。


 逆に、ルイスの方は、あいつの腕なら最低限まともな源魔石さえ作れれば多少粗悪でも術式銘彫である程度カバーできるはず。


 となれば、勝ちの目がまだ見えるルイスの方に時間を掛けてやるべきか――。



 いやしかし、を賭けに出した以上何があっても負けるわけにはいかない。どんだけ分が悪かろうが、俺の方だって絶対に負けられないんだ。



 顎に手を乗せてうんうん唸りながら考えるが、それでも最適解は見つからない。



「あの、先生……?」


「悪い。少し外の空気吸ってくる。」



 ルイスが話掛けて来ようとしたところで、俺はそれを遮って店を出た。

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