episode.8 因縁

「ここが〝レミリア商会〟の本社……。」



 王都の中心部にあるビジネス街――。

 ここには各業界の大手本社がずらりと立ち並び、人々が往来する慌ただしい場所である。


 その中でも一際目を引く大理石でできた建物――通称〝ホワイトハウス〟と呼ばれる建物を俺達は見上げていた。



「ルイスはここに来るのは初めてか?」


「いいえ。専門で一年生の時に一度だけ来たことがあります。凄く広かったから覚えていないことも多いけど、魔素石の競りが行われていたのは覚えてます。でも、本社って一級以上の製錬技師じゃないと通してもらえないんじゃ?」


「それなら問題ない。ここには昔の馴染がいて、良くしてもらってるんだ。これからここには度々顔を出すことになるだろうし、馴染にも紹介するから、ルイスもしっかり覚えておけよ。」



 ルイスは何やら緊張しているようだった。

 俺はそれが初仕事だからだと深く考えていなかったが、この時点で気づいてやるべきだった。



 もう少し慎重になるべきだった、と後に俺は反省した――。




「行くぞ。」



 やたらビタリと後ろをくっ付いてくるルイスを不審に思いながらも、俺は中に入って行った。



「おう、ウェイか。久しぶりだな。最近顔見ないから何かあったのかと心配になったぞ。」


「別に普通だよ。お前も相変わらず羽振り良さそうだな。それで負けてくれたら文句ないんだけどな。」


「へっ、言ってくれるぜ。これでも安くしてるんだ。特にお前には原価で売ってやってんだから、これ以上安くしたらタダんなっちまうよ。」


「冗談だよ。いつもすまない。」



 商会に入ってまずは真っ先に馴染の元を訪ねた。



 そもそもレミリア商会とは、王都一の卸売り業者で、鉱石類はもちろん、食品や衣類、冒険者達が使う武器や防具まで、値がつくものなら基本何でも取り扱う世界でも有数の商会だ。


 その中でも、鉱物系の取り扱いは需要が高いため、品揃えが他とは桁違いに良い。

 製錬技師を生業とするなら、レミリア商会は切っても切り離せないパートナーと言える。



「で、今日の一押しは?」



 馴れ合いを早々に切り上げ、俺は話を本題に移した。


 今俺の目の前にいる男こそ、鉱物販売区画の一画を担っている同い年の商人で、俺が以前王都に住んでいた時からの昔馴染みだ。


 名前はオーツェン・リオネルス。



「それが悪いな。今日はあまり良いのがねえんだ。いつもの魔光石と魔素石の詰め合わせは取ってあるんだが……。」


「そうか。まあ、それなら別にいいんだが、お前にしては珍しいな。」


「まあ、ちょっとな……。」


「何だ、その奥歯に物が挟まった物言いは?何か問題でも起きたのか?」



 オーツは言い難そうにしながらも〝お前ならいいか〟と呟いてから、顔を寄越すよう手振りしてきた。



「実はな、さっきエレキスターが来たんだよ。」


「へー、あのエレキスターが。珍しいこともあるもんだ。俺の知らない間に社長とは和解したのか?」


「馬鹿!声がでけえよ!んなわけあるか!」


「お前の方がでかいけど大丈夫か?」


「誰の所為だ!」



 冷静に突っ込んだだけなのに小突かれた。

 まったく、どうしたらいいってんだ。



「レミリア社長とは、和解どころか益々険悪になってるよ。その所為で管理職の俺らにまでしわ寄せが寄ってきて困ってんだ。」


「国認製錬技師と世界有数の商会のトップが争ってどうすんだよ。」


「まったくだぜ。このままじゃ、下手すりゃ経済に影響がでかねねえ。」



 今名前が出た男――エレキスター・ザブリエルは、国認製錬技師の中でもトップに君臨するベテランの爺さんだ。



「まあでも、いざとなったら王がどうにかすんだろ。」


「いやあ、どうかな。」


「ん?何かあんのか?」


「それがエレキスターの奴、少々面倒なのを雇ったんだよ。ほら、あの今話題の宰相の娘とかいう――」


「エリンがっ――!?」



 そこで俺達二人の会話にそれまで沈黙を貫いていたルイスが何の前触れもなく割って入ってきた。



「お、おう、よく知ってるな。てか、さっきから気になってたんだが、嬢ちゃんは誰だ?」



 オーツは若干戸惑った様子で小首を傾げた。



「ああ、今日はこいつの紹介も兼ねてるんだ。俺んとこで雇ったから仲良くしてやってくれ。」


「ルイス・エンバーデンです。」



 ルイスがちょこんと会釈すると、オーツは目を点にしていた。



「はあ……ん?雇った?お前があ!?嘘だろ、おい、マジ!?」


「その反応何かムカつくな。」


「どういう風の吹き回しだ!?なあ、おい正気かウェイ!?」


「いい加減にしてくれ。流石にそろそろキレるぞ。」



 そこまで言ってようやくオーツは興奮を抑えた。


 こいつは反応が分かりやすいから普段は助かるが、こういう時はウザくなるのが面倒臭い。


「ああ、でも父さんは嬉しいぜ。ウェイがまさか弟子を持つ日が来るなんてなあ。」


「誰が父さんだ!」


「お前が戻ってきてからの生活用品や製錬素材を工面してやってるんだから父親と言っても過言じゃなかろう。」


「過言だ、馬鹿!」



 オーツの奴、今日は一段と遊んでやがるな。

 普段なら別に構わないが、今日はルイスの手前故、あまり弄ばれたくはないんだよな。



「あのー……。」



 余裕の表情のオーツを歯をギシギシさせて睨む俺の後ろから、恐る恐るルイスが口を挟んだ。



「あらー?どうしたのー、ルイスちゃん。」


「急に気持ち悪くなったな。」


 相変わらず年下の女に対しては甘いやつだな。

 付き合いが長いとはいえ、俺は適当にあしらっといてルイスはこうだと流石に俺も傷つくぞ。



「えっと……オーツさん、でしたっけ?エリンがここに来たのってどのくらい前のことですか?」


「ああ、確か小一時間くらい前だったかな。他にも見て回るって言ってたから探せばまだこん中いるんじゃないか?ルイスちゃん、知り合いか何か?」



 オーツの話に、ルイスは途端に不安そうな表情で俯いた。

 見ればその手は少し震えている。



「あれ?俺もしかして変なこと聞いちゃった?」


「かもな。」



 俺の返しにオーツは焦った様子でルイスに謝りだした。


 それを見て俺は少し後悔した。



 ルイスが俺の所に来た理由は、同期である宰相の娘に悪評をばら撒かれたからだったはず。


 ルイスの話だと、そのエリンとやらはルイスに次ぐ優秀な成績だった。

 それなら国認の工房へ配属されているのも当然だろう。


 レミリア商会の本社は国認御用達の良質な素材が手に入る。となれば当然、国認とその連れが足を運ぶ確率はそう低くはない。


 不用意にルイスを連れて来るべきではなかったか。



「あら?そこにいるのはもしかしてルイスではないかしら?」



 そう思った矢先だった。

 後ろから聞き覚えの無い声が聞こえたと同時にルイスの体がビクンッと震えた。



「エ、エリン……。」



 震えながら恐る恐る振り返るルイスの背中は酷く縮こまっていた。



「やっぱり!久しぶりじゃない!元気してた?」



 そう言って駆け寄ってくる彼女の顔は想像以上に好意的なもので、俺は思わず拍子抜けしてしまった。



「ここにいるってことは、貴女もそれなりの工房に入れたのね!良かったわ!私心配していたのよ!」



 人懐っこい表情でルイスの両手を握っては話す彼女がいる反面、ルイスは気まずそうな様子で顔を反らしていた。



「んもう、何か言ってよ。じゃないと……。」



 一度も目を合わせず沈黙を貫くルイスに、彼女はルイスの耳元で囁いた。





 〝 また地獄に突き落としてやるわよ。 〟





 何を言われたのか、俺はぎりぎり聞き取れなかったが、ルイスの表情からして脅されでもしたか。



「おい、うちの従業員をあんま虐めないでくれよ。」



 怯えるルイスを流石にこのままにしておけないと思い、俺は助け舟を出すことにした。



「虐めるなんてそんな、ちょっと昔の思い出を共有しただけですわ。」



 俺には媚びを売るかのように愛想良くするんだな。


 でも、俺は騙されない。

 ルイスに耳打ちする瞬間、それまで愛嬌のある表情だった彼女の顔が一瞬豹変するのを俺は見逃さなかった。


 このエリンとかいう女、どうやら思った以上に良い性格をしているようだ。



「ところで貴方は見覚えがありませんけど、どちら様かしら?国認のお方ではなさそうですし、一級の方でしょうか?」


「いや、俺は二級だよ。ウェイ・ヴァルナーだ。よろしく。」



 そういって手を差し出したのだが、こちらが名乗った瞬間彼女は唾を吐き捨てるように表情を変えた。



「けっ、なあんだ。ここにいるから一級以上の製錬技師かと思ったのに、媚び売って損したわ。二級とか価値もないドブネズミが私と握手しようなんて思い上がらないでくれる?」



 表情だけでなく、口調や態度まで豹変した彼女に俺は呆気に取られた。


 まさかここまで綺麗に外面を使い分けるとは、漫画の悪役令嬢くらいしか見た事ないぞ、そんなの。



「いやまあ、二級なのは確かだけど、ドブネズミは言い過ぎなんじゃ――」


「お黙りなさい。この私を誰だと思っているの?この国の宰相であるルイネス・フォーリンドレイクの娘であり、製錬技師の最高位である国認製錬技師――そのトップに君臨するエレキスター・ザブリエル様の一番弟子である二級製錬技師のエリン・フォーリンドレイクよ。よく覚えておきなさい、ドブネズミ。」


「お、おう……。」



 何というか、ここまで肝が据わっているといっそ清々しくて否定する気も起きないな。



「おい、そりゃ流石に言い過ぎだぜ、エリンちゃん。」



 呆気に取られて言い返さない俺を見かねたようにオーツが割って入った。



「部外者は黙ってて下さる?これは製錬技師の問題よ。階級は絶対的なものなの。だからこそ上下関係ははっきりさせるべきなの。」


「いや、エリンちゃんも二級なんだろ?ウェイだって二級なんだから同級じゃん。」


「私は専門学校を卒業したばかりで資格更新がまだできていないから二級なだけで、実力は一級レベルよ。」


「随分な自信だな。」



 初めて会った時のルイスも体外だったが、こいつはそれ以上に尖ってるな。


 それにしても、ルイスと同期で専門卒なら三級のはずだが、二級になっているのはいったいどういうことか――。


 いや、この子は宰相の娘だったな。

 恐らく他と差をつけるために、コネか何かで二級にでもしてもらったのだろう。



「止めて。」



 以外にもそこでルイスがエリンの袖を掴んだ。

 それまで怯えて黙っていた彼女が、未だ怯えつつも勇気を出して声を絞り出した。


 そんな様子だった――。



「何?離しなさいよ。」



 エリンは腕を引いて掴まれた袖を逆の手で払った。



「私のことはどれだけ悪く言ってもいい。けど、先生のことを悪く言うのは止めて。」


「はあ?何言ってんの?気持ち悪いんだけど。」


「いや、ルイスちゃんの言う通りだぜ。エリンちゃんが実際の実力は一級だって言うんなら、ウェイだって実際の実力は一級以上だぜ。」



 オーツは若干怒った様子でエリンに言い放った。



 良く言ったと言いたいところだが、こいつがそういうことを言うと口が滑りそうで、そっちの方が怖い。



「な、何よ。みんなして私が悪者みたいに……。」


「最初に噛みついてきたのはそっちだったけどな。」



 こっちの言い分には聞く耳を持たない、とでも言うようにエリンはフンッと顔を反らした。



「その辺にしておけ、エリンよ。」



 そこで再び違う声が扉の方から聞こえてきては、皆が一斉にそちらを振り返った。

 今度の声は聞き覚えがあったので、見ずとも誰かは直ぐに分かった。



「エレキスター……。」

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