episode.7 弟子
「これでよし。」
その日、俺は早朝から炉の設置に取り掛かっていた。
ルイスを迎えたことで精錬炉を新たに設置する必要があったからだ。
別にこの店の仕事量なら一つでも十分だが、製錬技師には出来れば専用の炉と道具があった方が良い。
ルイスはまだ専門を卒業したばかりで若い。伸び代は十二分に期待できる。
製錬技師の仕事には一人では苦労する仕事も少なくない。あいつの技術力が上がればできる仕事の幅も増えるだろう。
お蔭で金は底をつきそうだが、それらを思えば必要な先行投資だ。
「おはよう、ウェイ。」
チャリンという涼し気な鈴の音と共に店の扉が開いた。
「おはよう。てか、何でそんなに馴れ馴れしいんだよ。俺、一応お前より10は年上なんだけど……。」
汗を拭きながら工房に入ってくるルイスに俺は嫌味を漏らした。
「製錬技師に歳は関係ないでしょ。私、貴方を認めてはいるけど、尊敬はしてないから。」
相変わらずのきつい性格と物言いに、俺はちょっぴり雇ったことを後悔した。
「文句は言わないって約束しなかったっけ?」
「文句じゃなくて、ただの皮肉よ。」
「どの道ひでえな、おい。」
突っ込みながらもくすくす笑う彼女を見ると、初対面の時に比べたら大分マシだと思える。
「そんなことより、ほら。お前用の精錬炉用意してやったぞ。」
そう言ってニッと口角を上げて親指で後ろの炉を指した。
製錬技師なら自分用の炉なんて貰ったら誰だって大喜びする。
これでルイスの俺への評価も爆上がり間違いないだろう。
炉を一心に見つめながらルイスはゆっくりと歩み寄り、それを前に足を止めた。
「うんうん。言葉が出ないほど感動したか。そうだよな。」
目を瞑って早朝から苦労して設置したのを思い出して浸りながら、俺は強く頷いた。
「何これ……こんなの精錬炉じゃない……。」
「うんうん。そうかそうか……て、えっ?」
予想だにしないルイスの言葉に、俺は思わず言葉を失った。
「あの……何だって?」
聞き間違いかと思い、俺はルイスに歩み寄った。
「こんな旧式の精錬炉、私使えないわ。」
ルイスのはっきりした物言いに、俺は耐えられず心打ち震えた。
「おいおい、ルイスさん。昨日専用の炉を用意するって言った時、何も言ってなかったよね?どうしてそんなこと言うんだい?」
「何よ、その喋り方……そりゃあ、誰だって今時こんな旧式の炉を貰うなんて思わないじゃない。二式型よね、これ。学校で使っていたのは最新の六式型だったし、五式型ならまだ何とか使えると思うけど、ここまで古いと点火の仕方すら分からない。」
俺はただただ目を点にするしかなかった。
それは費やしたお金と早起きして一生懸命設置した苦労が水の泡になったこともそうだが、それ以上に今の若い子とのジェネレーションギャップに酷く心を打ちのめされていた。
「ほら、これが六式型の精錬炉よ。これと全然違うでしょ?」
そう言ってルイスが鞄から取り出して見せてきた雑誌を見てみると、確かに俺が使っている精錬炉とは機能も形もまるで違った。
「ここまで違うのか。逆に俺、たぶんこの六式型使えないぞ。ていうか、四式型が最新だと思ってけど、今ってもう二世代も新しいのが出てるのか……。」
「四式型が最新って、いつの話よ。貴方、十年くらい時間が止まってるんじゃないの?」
「そこまで言わなくたっていいじゃん……。」
くそ、これじゃあ時代についていけてないおじさんみたいじゃないか。
これがロイシュターウィンなんて辺境に10年も身を置いた弊害か――。
「取り敢えずあれだな。今日のところは閉店するか。」
「まだ開店すらしてないのに!?」
そうは言っても早々に出鼻を挫かれたからな。
やる気が一気に失せてしまった。
「うーん、そうだな……。そしたら取りあえず源魔石までは俺が作るから、結晶化から先をやってくれるか?精錬炉に関しては金がないから暫く待ってくれ。」
「まったくもう……。仕方がないわね。」
そう言ってルイスは溜息を吐きながら準備を始めた。
その後ろで俺は精錬炉に火を点け、炉の前に腰を下ろす。
「そう言えば、ルイスは何のルーンの製錬が得意なんだ?」
「えっと……とりあえず人工系なら得意、不得意は特になく一通りできるわ。元素系ルーンだと【火】と【風】と、それから【雷】なら作ったことはあるわ。粗悪品だったけど……。」
「質が悪くても元素系ルーンを作れるだけ大したもんだ。それなら二級に上がるのもそんなに難しい話じゃないな。」
「そ、そうよ!私結構すごいんだからね!ウェイなんてあっという間に追い越して、先に一級製錬技士を取るんだから!」
物言いは相変わらずだが、向上心が高いのは良いことだ。
それで本当に俺を越えてくれたなら、その時は盛大に祝ってやるのも悪くない。
「んじゃ、今日は一先ずシンプルに【破】の人工ルーンを作ってみようか。術式がシンプルな分、お前の力量を測るにはもってこいだろうからな。」
「言ってくれるじゃない。いいわ。私の実力の高さに腰を抜かしても知らないんだから。」
それは心強いが、ここまで言っておいて『全然でした』はなしにしてくれよ、と心の中で俺は呟いた。
期待半分、一抹の不安も抱いていたのだが、ルイスは俺の期待や不安をいい意味で裏切ってくれた。
俺がいつものやり方で源魔石を作って渡すと、ルイスは手際よく作業を進めた。
決して甘く見ていたわけではないが、俺の予想以上にルイスの技術力は目を瞠った。
中でも圧倒的に目を瞠ったのはルーン術式の銘彫だ。
【破】のルーン術式は、ルーン文字の中で基本43文字の内の8文字と、特殊12文字の内の2文字を、2個ずつ使った計20文字を、第一順基礎配列の元で組み合わせて一鎖状に描く。
その組み合わせ方は6種類あるのだが、ルイスは最も効果が強く出るが、同時に一番難しくもある組み合わせを選んで彫っていった。
その彫り方にしても、文字と文字の幅は綺麗に均等で上下のずれもほとんどない。
彫る深さも魔力充填率を考える上で重要だが、それもルイスは限りなく完璧に近い塩梅で彫れていた。
強いていうなら結晶化が若干苦手なのか、他の工程に比べるとお粗末だったが、それでも最低限の仕事は出来ている。
「驚いたな。正直ここまで出来るとは思っても見なかったよ。何でこれで三級止まりなんだ?ここまでの技術があれば自然系ルーンも製錬できるだろうし、二級なんて余裕で取れるだろ。」
「専門学校ではどれだけ成績が良くても三級までしか取れないの。いきなり自分でお店を持ちたいって子も多いでしょ。でもぶっちゃけ、それよりは実務経験をある程度積んでからの方が製錬技師全体の成長度の向上に繋がりやすい。王都はそう言う方針なのよ。」
完成したルーンを見ながら俺はなるほどな、と思った。
製錬技師をする上で自分の店を持つというのは、ある種一つの目標でもある。
だからこそ、皆いち早く店を持ちたいと気が逸るのだが、確固とした技術が定着しない内に店を持ってしまうと最初の内は全て独学でやらなければならず、それによって商品と呼べるものが出来ず、仕事も徐々にこなせなくなり、廃業するパターンが後を絶たない。
実績がなければ仕事もこないし、結果今の俺みたくなる。
だがら、王都の方針には俺も個人的に賛成だ。
「よし、分かった。」
俺は立ち上がり、ルイスにルーンを渡した。
「どうしたの?」
「ルイス、お前の作ったルーンも商品として店頭に並べる。」
「えっ!?いいの!?」
「ああ。お前の腕は既に二級の域にある。特に術式銘彫の腕は一級品だ。それだけ取るなら一級レベルと言ってもいい。自信を持て。」
「やった!ありがとう、先生!」
「せ、先生……?」
俺が突っ込んだ瞬間、それまで飛び跳ねて喜んでいたルイスは顔を真っ赤にして顔を反らした。
「そ、その……貴方の技術も凄かったわ。あの源魔石、あの段階で純度はほぼ最高値だったし、旧式なのにあそこまで絶妙に調整できる技術力は正直見惚れたわ。」
別に褒められることに不慣れなわけではないのだが、あのくそ生意気なルイスがモジモジと恥ずかしそうにしながらも褒めてくれたことに、何だか俺も気恥ずかしくなった。
「万年二級なんて言ってごめんなさい。これからは貴方を先生として敬います。」
深々と丁寧に頭を下げるルイスに、何だか違和感を覚える。
「いや、別にこれまで通りでいいよ。今更やりづらい。ルイスはルイスのしたいようにしてろよ。」
「はい!先生!」
俺の言葉を気遣いと捉えたのか、ルイスは呼び方を変えなかった。
急に真面目になったルイスに慣れずなんだか胸がムズムズするが、まあ根は純粋で真面目なのだろうということが分かったので、それで良しとしよう。
「それと話を戻すけど、お前の商品を並べるとは言ったが、それには条件を付ける。」
そこで俺は仕切り直して真顔でルイスを見つめた。
「条件?」
「条件っていうか、まあ約束事だな。まず第一に、仕上げは必ず俺がやる。素材があればルーンは自由に製錬して構わないが、完成した物は必ず俺に見せること。」
「それはもちろん。私も出来を見て欲しいし、全然オッケーです。」
「第二に、客からの依頼でルーンを製錬する場合には全部俺がやる。ルイスの製錬したルーンを商品とするのは、あくまで自主的に作って店の商品として並べる場合に限る。もちろん将来的に今よりも技術が向上して、客からの依頼を任せてもいいと俺が判断した場合には、その時は手を貸してもらう。それまでは日々精進すること。」
「分かりました。それでいいです。」
ルイスは納得したように頷いた。
「これからよろしくな。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ルイスの返事に俺も頷き、改めて握手をした。
「そんじゃ、まずは仕入れから行くか。」
「はい!」
こうして一区切りついたところで俺達は店を出た。
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