episode.5 王都

「王都まであと23時間か……。」



 ロイシュターウィンを出てから丸一日が経過した。


 ロイシュターウィンは辺境故、王都までは飛行船でも丸二日は掛かる。

 まあ、時間は別にいくら掛かろうとも良かったんだが――。



「なあなあ、ウェイ!見て見ろ!カルデラだ!」



 袖を引っ張られ無理矢理窓から景色を見せられる。


 確かに眼下には大きなカルデラが複数見えるが、別に目をキラキラ輝かせてみる物でもないと思うのだが。



「お前いくつだよ。幼稚園児の遠足じゃあるまいし……。」


「今年で29だが、こういうのに年齢は関係ないだろう。それに、こういった場所には魔光石の採掘場が沢山あるんだ。製錬技師なら心躍るだろう?」



 こいつサラッと言いやがったが年上だったのか。

 俺も人のことは言えないが、それにしても心の成長が遅れてないか、こいつ。



「それよりも、国認。王都へ着いたら俺の住む場所はちゃんとあるんだろうな?お前と一緒なんて御免だぞ。」


「おいおい釣れないな。それに私の名はフレイテスだと名乗ったはずだ。呼び難ければフレイと呼んでくれて構わないぞ。」


「うわー、面倒くせえ。」


「そんなあからさまに嫌な顔されると流石の私も傷つくのだが……。」



 初めて見た時は美形でクールな印象だったが、飛行船に乗ってからたった一日でこいつの印象は180度変わった。


 第一に、こいつはとにかく馴れ馴れしい。

 隙あらば俺のことを聞いてこようとするし、こちらが無言を貫けば自分語りを始める。巷で言う〝陽キャ〟と言う奴だ。


 第二に、暑苦しい。

 ルーンの製錬について滅茶苦茶聞いてくる。

 その知的好奇心には学ぶところがなくはないが、こいつは腐っても国認製錬技師だ。世俗で言えば最高位の製錬技師の資格を持っているのだから、もう少しプライドを持ってほしい。


 少なくとも二級の俺に頭を下げてまで聞いてくるのは本当に止めて欲しい。


 はあ、と諦めの溜息をついてから俺はフレイテスにジト目を向けた。



「ならこうしよう。俺はお前をフレイって呼ぶ。その代わりお前は俺の住む場所を用意しろ。これでいいだろう?」


「いや待て。交渉材料が釣り合っていないと思うのだが……。」


「なら俺は金輪際お前を名前で呼ばない。これからもよろしくな〝こ・く・に・ん〟。」


「待て待て、分かった!分かったからその呼び方は止めてくれ!国認を自称するのは恥ずかしいんだ!」



 頭を痛そうにしながら了承するフレイテスは少し可笑しくて笑えた。


 こいつは屋内でも平然と土足でずかずか入っていくような奴なのに、変な所で立ち止まる。

 まあ、最低限の羞恥心は持ち合わせているということか。



「交渉成立だな。」


「くっ……まあいいだろう。ところで話は変わるが、君のファミリーネームについて気になることがあるんだが。」



 またか。こいつは尽く地雷を踏んでくるな。

 しかも踏んでも何事もなかったかのように近寄ってくるからタチが悪い。



「何だよ。」



 俺は堪らず頬杖を突いた。


 こいつが聞きたいことなんてだいたい想像できる。というより、初めて会った奴はだいたい同じことを聞いてくる。



「君のファミリーネームのヴァルナーという名、何度か耳にしたことがあるのだが、どこで耳にしたんだったかな。東の帝国だったか、はたまた西の公国だったか。」


「それを聞いてお前に何の得があるんだ?」


「いやまあ特はしないんだが、初めてラインビッヒ殿から君の名を聞いた時からずっと引っかかっていてな。一度気になると夜も眠れなくなってしまうんだ。」



 昨日大声でいびきかいて寝ていたのは何処のどいつだ――。



 思わずツッコミたくなる気持ちをぐっと堪える。


 こいつはいつ突拍子もない提案をしてくるか分からない。

 いざその時に上手く避ける為にも、そのせいで眠れなくなったことを材料として残しておきたい。


 まあでも、それはおまけみたいなもので、実際は聞かれた事が事だけに反論する気力が湧かなかっただけだ。



「俺、やっぱお前のこと嫌いだわ。」


「ええぇ……。」


 口をあんぐり開けて落ち込むフレイを鼻で笑いながら、俺は窓の外をぼんやりと眺めた。


「俺の父親、帝国の賢者。」


「帝国の賢者?……でヴァルナーって、あのレグナス・ヴァルナーか!?世界でも五本の指に入ると言われる伝説の大賢者の!?」


「ちなみに母親は、公国の聖騎士パラディン。」


「えええぇーー!?あの〝天国への階段〟と呼ばれている世界最高峰の山脈――ベルヘイム山にいたとされる黒龍をたった一人で倒したという伝説の女聖騎士ルミナス・ヴァルナーか!?」


「よくご存じで。」



 早口で大袈裟なリアクションをするフレイに〝またか〟と深い溜息をついた。



「そんな凄いサラブレッドだったのか、君は……。だが、〝元〟というのはいったい?」



 やっぱそこに突っ込むか――。


 こいつは本当に平気で人の心に土足で入り込んでくる。

 せめて靴を脱ぐことは覚えて欲しいもんだ。



「あんなのを親なんて言わねえよ。」



 その呟きにフレイは怪訝な表情を向けてきた。



 正直思い出すだけでも吐き気がする。

 自分達の保身の為だけに俺を捨てた人間を親とは思わない。

 どれだけ凄かろうが、富を持っていようが、称えられていようが、あいつらは人間のクズだ。



「どうだっていいだろ。今の俺にとっての親は親父さんだけだ。あいつ等は赤の他人。ゲス野郎だ。」


「自分を産んでくれた親をそんな言い方――」


「ああもう、うるさいな。俺は寝る。お前の所為で最悪な気分だ。まったく……。」



 文句をブツブツと言うだけ言って俺は横になった。


 フレイも流石に悪いと思ったのか、その後は何も言ってはこなかった。




「着いたな。」


 着陸のアナウンスで目を覚ますと、眼下には何処か見覚えのある景色が広がっていた。


 ようやく王都に着き、飛行船から降りては空気を吸いながら体を伸ばした。



「で、最初は何処に行く?不動産屋か?」


「いや、君の住む場所は既に確保してある。今日のところはそこで色々準備するといい。」


「手際良いな。」


「不動産を持っている知り合いがいてね。その伝手で一軒貸してもらったんだ。」


「なるほど。助かるよ、ありがとう。」



 そう言って微笑むと、フレイは目を点にしてじっとこちらを見つめてきた。



「な、何だよ……。」


「ああいや、すまない。君もちゃんとお礼を言えるんだな、と。」


「お前は俺を何だと思ってんだよ……。」



 肩を落として溜息をつくも、再び礼を言って案内してもらった。



「一先ずはここを拠点にしてくれ。仕事については、当面の間は私の工房を貸そう。」



 案内してもらったのはやや古めのアパートだった。

 八畳一間といったところか、これで家賃6万メルドとは、王都にしては随分良心的だ。

 こればっかりはフレイの伝手に感謝しないといけないな。だが――。



「仕事に関してはお前の手は借りない。自分で店やるつもりだから。資金もあるし。」


「いや、しかし――。」


「王都なんて製錬技師の競争率エグいだろ。製錬工房建てたけど、仕事取れなくて廃業……なんてザラだろうし、テナントは探せばいくらでもあるだろ。」


「良く知ってるな。ラインビッヒ殿との会話から薄々は感じていたが、もしかして君は王都で製錬技師をしていたことがあるのか?」


「……まあな。もう大分昔の話だけど。」



 そう。

 12年前、俺は製錬技師として王都に住んでいた。



 あの事故が起こるまでは――。



「やはりそうか。だが残念だな。ウェイには私の工房で働いてもらって、その腕前を間近で見てみたかったのだが……。」


「お前の下で働くのだけは御免だ!」


「そんなはっきり面と向かって言われると傷つくのだがな。」


「お前が恐ろしいこと言うからだろ!」



 こちらの罵声にやれやれと手振りするフレイ。


 見てみろ。この満更でもなさそうな顔。

 俺、やっぱりこいつのこと苦手だ。



「ではまあ、今日のところはお暇しよう。何か困ったことがあれば連絡してくれ。」


「ああ、助かるよ。まあ多分しないだろうけど。」



 俺の返答に苦笑いしながらも連絡先を律儀に置いてフレイは出て行った。



「まったく、暑苦しい奴だ。」



 気を取り直して荷ほどきを始める。


 12年ぶりの王都だ。


 もう決めたことだ。今更引けない。

 これからはちゃんと過去と向き合わなければ――。

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