episode.4 旅立ち
店に残った二人は互いにずっと黙っていた。が、暫くしてラインビッヒは紅茶を入れフレイテスに振る舞った。
「心中お察しします。」
フレイテスはティーカップを手に取り、湯気をじっと見つめながら呟いた。
「アンタには悪かったな。見苦しい所を見せた。」
「見苦しいなんて。あなた方お二人の絆の深さ、この紅茶の渋みのように身に沁みましたよ。」
一口飲んではカウンターにカップを置くフレイテスの姿に、ラインビッヒは決心した。
「ウェイのこと、よろしく頼む。」
「ええ、もちろん。事情を知らなかったとはいえ、あなた方を引き剥がしてしまったことに私も少しばかり後悔しています。その分の責任は果たしますよ。」
「すまんな。」
フレイテスは紅茶を一気に飲み干すと、店主に一礼して店を出て行った。
◇◇◇
いったいどれだけ泣いただろうか。
まさか26にもなってこんなにも泣くことがあるのかと正直驚いている。
昨日の親父さんの言葉――。
あれは俺を王都に行かせるために無理矢理ついた嘘だ。本心じゃない。
そんな当たり前のことにも気づけないほど昨日は動揺していた。
「王都、か……。」
本当に行くとなると12年ぶりだ。
君を失ったあの日から数カ月して、俺は逃げるように王都を出た。
死に場所を求めて、その足でどこまでも、どこまでも、どこまでも……。
とうとう金も食糧も尽きて、雨の中スラムの孤児同然に廃墟の壁にもたれ掛かって寝ていた俺に、親父さんは手を差し伸べてくれた。
そして俺に、新たに生きる道を指し示してくれた。
あの日からもう10年が経つのか――。
昨日あんなことを言ってしまったがために、親父さんと顔を合わせづらい。
でも、この街を離れる前に世話になった礼だけは言いたい。いいや、言わなきゃいけない。
ベッドから身を起こし、重々しい足に鞭を打って家を出た。
「待っていたよ。」
家を出てすぐの所にフレイテスは立っていた。
「ストーカーかよ。」
「酷い言い草だな。わざわざ君を迎えに来たと言うのに。」
「いらないよ。あんな啖呵切っておいて、今更逃げるようなことはしない。」
「まあ、それもそうか。」
こちらはまだ気持ちの整理がついていないと言うのに、この男は何と能天気なことか。
「さて、王都行きの飛行船が出航するまでそんなに時間がない。早く飛行場へ向かおう。」
「あ、ちょい待ち。俺、店に寄ってから向かうから先に行っててくれ。親父さんに挨拶しないと……。」
俺が荷物を押しつけようとすると、フレイテスは嫌そうな顔をしながら押し返してきた。
「待て待て。ラインビッヒ殿ならもう飛行場に向かっているはずだ。」
「え?そうなの?」
俺は腕の力を緩めては小首を傾げた。
そんな様子を見てフレイテスはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「彼もまた、君を見送りたいそうだよ。」
「……そっか。」
それを聞いて少し嬉しくなった。
やっぱり親父さんは親父さんだ。なら、俺もちゃんと伝えなきゃな。
タクシーを拾って二人で飛行場に向かい、到着後早々に搭乗手続きを済ませた。
「親父さんは……。」
周りを見渡すと、搭乗ゲート前のベンチに親父さんの姿を見つけた。
「親父さん!」
荷物をフレイテスに押しつけ、すぐさま親父さんの元に走った。
「おう、ウェイ。来たか。」
親父さんはヨイショと小さく呟きながら重そうな腰を上げて立ち上がると、こちらに目を合わせた。
「その……昨日はすまなんだ。」
「いや、謝るのは俺の方だ。親父さんが本心で言ってる訳じゃないって分かってたのに、俺ムキになって……ガキみたいに。」
「ハハ、20代なんて俺から見りゃあまだまだガキだぜ。そう自分を卑下するな。俺の方が大人気なかったんだ。」
「いや、俺の方が悪かったよ!」
「いいや、俺の方が悪い!」
「親父さん、今自分を卑下するなって言ったばっかじゃん!」
「あれは言葉の綾っつうか、その……お前こそ俺の言うこと聞いてねえじゃねえか!」
俺も親父さんも一歩も引かず言い争い始めた。
「おいおい二人とも――」
「お前は黙ってろ!!」
「アンタは黙ってろ!!」
フレイテスが口を挟んで来たところを、俺と親父さんの圧で黙らせた。
どうせまた昨日のようになってしまう、と危惧でもしたのだろう。
まったくもって余計なお世話だ。
俺は再び親父さんを睨みつけた。が、直ぐに失笑が込み上げて来て、気づけば親父さんも笑みを溢していた。
その様子にフレイテスもどうやら察してくれたらしい。
後ろで溜息をついている彼の声が聞こえる。
「……で、俺が追い出しといて何だが、決心はついているのか?」
笑い終えて、ふと親父さんは話題を切り替えた。
その表情は穏やかながらもどこか心配に思っているようにも見える。
「ついた……って言ったら嘘になるかな。正直まだ気が重いよ。」
「ウェイ……。」
心配そうにこちらを見つめる親父さんの視線に、俺は寂しくも感謝を覚えた。
「でもさ、いいきっかけだと思う。このまま逃げ続けることは出来ないって分かってたし、いつまでも過去に縛り付けられてたら彼女に怒られちゃうしさ。そろそろ前を向かなきゃな。」
そう――。
いつまでも逃げ続けるなんて出来やしない。
いつかこうなる日が来ると分かってた。
いつまでも後ろを見てはいられない。前を見る時が来たんだ。
「まあ、どの面下げて戻って来たんだって、追い出されて直ぐに戻ってくるかもしれないけどね。」
冗談のつもりで言ったのだけど、親父さんに笑う様子はなく、真剣な表情を俺に向けていた。
「確かにそうかもな。だが、またどうしようもなくなったらいつでも戻ってこい。今のお前は10年前とは違う。お前には帰る家がちゃんとある。それを忘れるなよ。」
「うん。ありがとう、親父さん。」
親父さんは俺にとって恩人だ。そして同時に本当の父親のようにも思っている。
親父さんも俺を息子のように思ってくれている。
この人がいてくれる限り、俺は迷わず進めそうだ。
話に区切りがついたところで、見計らったかのように場内アナウンスが流れた。
「おっと、そろそろ時間だ。」
フレイテスは俺の荷物を押しつけ戻しては、親父さんに一礼して搭乗ゲートに向かっていった。
「じゃあな。達者でやれよ。」
「うん。行ってくる。」
親父さんに手を振りながら俺はフレイテスの後を追った。
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