真相

 僕は……、もう死んでいた。車内の床に突っ伏していて、その頭は血だまりの中にあった。

 


 ――なんで忘れていたんだろう。僕は死んだんじゃないか。



 そうだ。バスでひと眠りしようとしたあのとき、何かを避けようとしたのか、運転手が急ハンドルを切った。結果として、バスは鳥居に激突した。


 その事故で僕は頭をぶつけて、そのまま死んだんじゃないか……


 ……優希と再会して水族館に行ったあの日、僕はバスの中で海の方しか見ていなくて、陸側のこの神社には目を向けていなかった。無意識に、事故現場から目を反らしていたんだ。見ない方がいい、忘れていた方がずっといいものだから。


 僕は現場をあとにした。冷たい秋風に吹かれながら、画材屋までの道のりを再び歩き出した。歩道の植え込みに群生するセイタカアワダチソウが、真っ黄色の花を風になびかせていた。


 それから僕は画材屋で買い出しを済ませ、家に帰ってお昼を食べた。そして優希と一緒に、駅前の本屋に足を運んだ。


「アキさぁ、セブン・キングダムズ新刊いつだっけ。今日だと思ったんだけどなぁ」

「いや、明後日だったと思う。今日じゃなかったはずだよ」

「そっかぁ……前回があの終わり方だったからなぁ。秦の軍隊が孟嘗君もうしょうくん追っかけてるけど、この先どうなるんだろうな」


 漫画の棚の前で交わす他愛ない会話も、僕が心の底から望んでいて、でも二度と手に入らないはずのものだった。

 棚を眺める優希の横顔を、僕はチラと見やった。優希は中学に上がれなかったのだから、今隣にいる彼は僕の願望が作り出したものにすぎない。

 でも……優希はこんなにも活き活きとしている。優希は死んでなんかない。紛れもなく生きているんだ。優希だけじゃない。お父さんも生きていて、お母さんも優しいまんまだ。クラスメイトだって、しょうもないイジワルで他人を傷つけたりはしない。



 こっちの方が、いいに決まってる。



 優希が漫画を買った後、僕たちは店を出た。ふわっと甘い香りが漂ってくる。すぐ隣の民家にキンモクセイが植わっていて、香りはそこからやってきていた。


 僕は、ここにいる。僕は死んだけど、死んでない。僕は僕自身が夢に見た、作り物の世界の中で生きているんだ。なんでそうなったか、なんて、考えたって仕方のないことだ。の方が正しくて、の方こそ間違っていたんだ。


 僕は胸いっぱいに秋晴れの空気を吸い込んだ。

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死と海と再臨 武州人也 @hagachi-hm

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