おかしな世界
それから、五日間を過ごした。僕には優しいお父さんお母さんがいて、中学生に上がれなかったはずの親友も生きている。僕にイジワルをしていたはずのクラスメイトは、無邪気に僕を褒めたたえていた。おかげで学校での生活も安定している。
何もかもがおかしくて、優しい世界だった。失いたくなかったものは失われていなくて、僕が望んでいた安らかな学校生活も手に入った。かつては自死を思うほどに追い詰められていた僕の心は、この数日ですっかり立ち直った。
土曜日の午前十時頃、僕はダウンジャケットを羽織って海沿いの道を歩いていた。画材屋へ買い出しに行くためだ。路線バスの走る海沿いの道を二十分ぐらい歩くと大きな画材屋があって、僕はいつもそこのお世話になっている。
今日の午前中、優希には剣道部の練習がある。だから午後から遊ぶ約束をしていた。一緒に本屋にいって漫画を買ったり、スーパーで菓子を買ったりするつもりだ。
緩やかなカーブを曲がって少し歩くと、正面に穏やかでないものが見えた。
「ん……? 事故……?」
視線の先、左手側には、あの
見ると、鳥居に路線バスが激突していた。いつも乗る路線バスと同じものだ。黒煙は、そいつが吐いているのだった。
それにしても……様子がおかしい。なぜ騒ぎになっていないのだろう。僕以外にも通行人がちらほらいるのに、誰も事故現場に目を向けていない。それに、普通はパトカーやら救急車やら消防車やらが来るはずだ。それもなくて、ただ鳥居にぶつかったバスだけがある。
僕は少しずつ歩いて、バスに近づいていく。赤と青で塗られた車体が、はっきりと見えるようになった。
「はぁ……はぁ……」
なぜだか、動悸が止まらない。あのバス事故……見てはいけないもののような気がする。でも、気になって仕方ない。好奇心は猫を殺すというけれど、こうして猫は殺されてしまうのかも。
僕はくるりと回り込んで、鳥居にぶつかってひしゃげたフロント部分から車内をのぞいた。前方の後者口近くの窓ガラスに、赤黒い血がべちゃっとついている。
悲惨な事故現場だったけど、僕は目を背けることなく中をのぞき込んだ。心臓は痛いほどに高鳴っていて、全身が小刻みに震えている。僕の本能が、「見るな」と告げている。でも、やめられない。
「――っ」
僕の視線の先で突っ伏していたは、僕自身だった。
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