シロチョウザメとオオメジロザメ

 久しぶりの水族館だった。もう年単位で行っていない。優希が死んでからは一緒に行くような友達もいなかったし、になってしまったお母さんが連れていってくれるはずもなかった。魚やイルカは好きだけど、一人で行くほど水族館を熱烈に愛しているわけでもない。


 館内は薄暗いけれど、この暗さは嫌いじゃなかった。学校の教室は太陽の光を取り込んで明るいけれど、僕の心は明るくならない。でも水族館の薄暗さは「ここに自分はいていいんだ」という安心感を覚えさせてくれる。


「おっ、チョウザメじゃん。シロチョウザメだっけ」


 優希の指さした水槽には、大きな魚が泳いでいた。優希の言う通り、魚名版には「シロチョウザメ」という名前が載っている。


「確か……チョウザメってサメじゃないんだっけ」

「そう。見た目とか泳ぎがサメっぽいってだけで、全然違うグループなんだよな」


 チョウザメはサメじゃない。それも確か、以前に優希から聞いたことだ。他にもコバンザメとか、ギンザメとか、シノノメサカタザメとか……「サメってついてるけどサメじゃない」っていう魚を色々と教えてもらった。


「まぁでも、サメって呼びたくなるのもわかるよ。かっこいいもん、チョウザメ」

「優希ってさ、昔っから魚に詳しいよね」

「詳しいかどうかはわかんねぇけどなぁ……でも好きなのは確かなんだよな」

「謙虚だなぁ優希は」


 能力が高い人間ほど、「いやいや俺なんかまだまだだよ」みたいなことを言いたがる……なんて聞いたことがあるけど、やっぱりそうなんだろう。


 それから僕らは、ぐるっとドーナツ状に作られた大水槽のところまで来た。ここの水族館では一番大きくて水の量も多い水槽だ。この水槽は確か……例の「サメの中で三番目に人を襲っている」っていうおっかないサメがいた場所だ。

 その恐ろしいヤツ……オオメジロザメはすぐ見つかった。僕の目の前を、たくましい体つきの大きなサメが通りすぎていった。このオオメジロザメ、前に見たときよりずっと大きい。二メートル半はありそうな気がする。


「オオメジロザメ、かっこいいよな」


 隣で優希がつぶやいた。ちらと横顔を見やると、優希はまるで惚れた相手を見るような顔で、水槽を見つめていた。


「こいつ見たかったんだよな。サメってどれもかっこよかったりかわいかったりするけどさ、かっこよさではオオメジロが一番だよ。しかもこいつ、海だけじゃなくて川も泳げるときた」


 そのとき、僕は思い出した。前にここに二人で来たとき、優希は同じようなことを言っていた。この水槽には他にもサメが泳いでいるけど、優希は「このオオメジロザメすげぇかっこいいよな。俺こいつが一番好きだわ」とはしゃいでいた。オオメジロザメが川を泳げるっていうことも、このとき優希に教わった。


 ……昔のことを考えていると、視界がぼやけてきた。目が潤んでいる。昔は何もかもがよかった。まだお父さんが生きていて、優希もいて、お母さんはヘンになっていなくて、僕は学校でいじめられていなかった。

 

 なんでいっつも、悪い方悪い方へ変わっていってしまうんだろう。


「……泣いてるのか?」

「え、ああ……あはは……」

「ホラ、これ」


 なぜ泣いてるのかの理由も聞かずに、優希はハンカチを貸してくれた。僕は優希のハンカチで涙を拭った。

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