第22話 再会



 閑散とした校門を走り抜ける。

 後ろから予鈴が鳴っていてやってしまったなと思わされた。


 けどいいのだ。

 今やりたいことをしていく。

 そうすればきっと、なりたい自分になれるから。


 向かう場所はもちろん小舞子さんの家。

 ここ最近ずっと通っているため迷わず走れた。


 十分ほど走りようやく着く。

 息を整える間すら惜しんでインターホンを鳴らした。


 しかし物音すらない。


「小舞子さん、和倉だ。頼むから話をさせてくれ」


 物音一つしない。

 これじゃあ今までと同じだ。


「今日という今日は絶対に話したい。だから頼む、ドアを開けてくれ」


 確信はない。

 けどドアの向こうに小舞子さんがいる気がしていた。


「今日の俺は一味違うぞ? 小舞子さんが食糧不足になって家から出るまで居座るからな?」


「近所の人にすごい目で見られてもここにいてやる。知ってるだろ? 俺、諦めが悪いんだ」


 冗談めかして言ってみるがこれも反応がない。

 

 これがダメなら。

 もし本当に、春咲さんの言う通り俺が特別なら――


「なぁ、小舞子さん。隣で笑ってくれよ。いつもみたいに俺をからかってくれよ」


「カラオケでも何でも一緒に行くし、第一遊園地行ってないだろ?」


「まだもっと小舞子さんのやりたいことがあるんだ。このままじゃ嫌だよ、俺」


「みっともないかもしれないけど、俺小舞子さんがいないと嫌だよ」


「もっと小舞子さんのこと知りたいし、もっと俺のこと知ってほしい」


 ドアに背中を預け座り込む


「もう小舞子さんは――俺の特別なんだ。だから、出てきてくれよ」


 なんてみっともないんだと自分でも思う。 

 でもそれが俺なのだと胸を張って肯定できる。


 なぜなら、こんな俺の背中を押してくれる奴らがいるから。

 そして俺のことを――特別に思ってくれる人がいるから。



「もう、普通にストーカーだよ、和倉くん」



 小舞子さんはいつもみたいに笑った。








「それで、和倉くんは寂しくなって私の家に来たってこと?」


「そういうことです」


「もぉ、素直だなぁ」


 公園のベンチに二人座る。


「そっか、そうなんだね」


 小舞子さんが空を見上げる。


「もしかして、りっちゃんに私の話聞いた?」


「聞いた。ごめん、勝手に聞いて」


「いいよ、別に。怒ってなんかない」


「あと春咲さんから、一年の美術の授業から俺のことを見てくれてたって話も」


「えっあれも⁈ ま、マジかぁ……」


 かぁーっと頬を赤らめる小舞子さん。

 

「……じゃあ、分かってるの?」


「何が?」


「……わかってんじゃん、ばか」


 久しぶりに話しているのにそんな気がしない。

 それどころか以前より心が弾んでいた。


「あと、」


「まだあるの⁈」


「……あのとき、小舞子さんのこと拒絶してごめん」


「そ、それは……私の問題だからいいんだよ。和倉くんは何も悪くない」


「いや、俺は小舞子さんに理想を押し付けてた。勝手に無敵なんだって思い込んでた。だから俺の責任でもあるよ」


「……はぁ、ほんと和倉くんってずるいよね」


 諦めたようにふっと笑い、ぽつぽつと話し始めた。


「私さ、中学の頃自分を持ってなくて、周りばっかに合わせてたから大変なことになっちゃったんだ。だから高校では完璧でいようって、自分を持った強い自分でいようってそう思ってた」


 確かに、俺が今まで知っていた小舞子さんは完璧超人だった。


「でも、やっぱりあの頃のこと思い出すと辛いし、それだけでひびが入っちゃう。私って全然昔から変わってないんだなって思ったし、何よりもずっと完璧な私を見せたい和倉くんの前であんなに……」


「だからどうしても怖くて、和倉くんに会うのが怖くて……閉じこもってた」


 でもさ、と俯いていた小舞子さんが顔を上げた。


「あんなに熱烈に告白されて、吹っ切れちゃったよ。というか、気づいたら和倉くんの前に出てた」


 晴れ晴れとした顔で俺のことを見る。


「私は完璧じゃないし、過去は引きずってるし、弱っちい。そんな私でもいいの?」


「むしろそっちの方がいいよ。未完成の美ってやつ?」


「それ、フォローになってないよ?」


「日本語って難しいのな」


 んんっ、と咳ばらいをする。


「俺はそんな小舞子さんが好きだよ。だから過去が辛いなら今しか見れないように楽しませるし、弱ったら俺にもたれかかってよ」


「私、和倉くんが想像してるような女の子じゃないかもよ?」


「俺の想像する小舞子さんは、無邪気で笑顔が可愛くてえっちな女の子だけど?」


「……私、えっちじゃないから」


「それはもう否定できません」


 あはは、と小舞子さんが笑う。


「なんか和倉くんと話してると、悩んでるのがバカに思えてくるよ」


「考えてもしょうがないことは考えない。今を楽しまないと」


「……うん、そうだね」


 二人で空を見上げる。

 梅雨の時期には珍しく空一面青かった。


 立ち上がり小舞子さんに手を差し出す。


「一緒に歩いてくれるか?」


「……しょうがないな。ついてってあげるよ、どこへでも」


 手を繋ぎ、二人並んで歩く。

 

 きっと、ずっと。

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