第21話 特別なあなたに



 小舞子さんに思い出したくない過去があった。

 それは今の小舞子さんから想像できないほど辛い過去。


 だから小舞子さんはあの時心が乱れていた。

 普通じゃなかった。


 不明点が明らかになり筋が通る。

 ただやはり話ができないんじゃどうしようもない。

 だからどうにかして小舞子さんと話したかった。


 でもどこか気まずさもあった。

 俺はあの時、小舞子さんを傷つけた。

 きっと最後のとどめを刺したのは、小舞子さんを拒絶した……俺だ。


「進んだように思えたけど、そんなことないのかもなぁ」


 自室のベッドに寝転がりながら天井に呟く。

 

「どうすっかな……」


 自分の頭で考えても分からない。

 俺のちっぽけな頭じゃきっと答えは出ないだろう。


 なら方法は一つだ。








 昼休み。

 空き教室にてレン、春咲さん、能美さんと昼食をとる。

 

 もちろん昼食は建前で本命は別にあった。


「それで、どうすればいいのか助けて欲しい」


 俺は小舞子さんと何があったのか三人に話した。

 もちろん小舞子さんの過去は極力ぼかして。


 すると三人が顔を見合わせふっと笑う。


「助けて欲しいって言われなくても助けるし!」


「私たちの目的は一致してるからね」


「だね。だから逆に関わるなって言われても関わるよ」


「お前ら……助かる」


 四人で力を合わせ考える。

 しかし、やはり俺らにどうこうできる問題ではない気がしていた。


「やっぱり、時間が解決してくれるのかね」


「……でも、何もしないでじっとしてるなんてできないよ」


「でもやっぱり話せないんじゃ……」


「う~ん……」


 何度考えても同じ問題にぶつかる。

 頭を悩ませていると、春咲さんが「でもさ」と俺を見た。


「答えになってないかもなんだけど、やっぱり和倉くんなんだよ」


「というと?」


「たぶん私たちじゃ雅の心は動かせないから」


 意味が分からず首を傾げていると今度は春咲さんが能美さんと目を合わせた。


「いいよね、あのこと話しても」


「うん。あとで雅に怒られよう」


「そうだね」


 かなり重要なことなのだろう。

 春咲さんは柔らかくかつ真剣な表情で話し始めた。


「一年の頃、美術の合同授業あったの覚えてる?」


「あー、前期だけ三クラス合同でやったやつか」


「そうそう。そのときに雅は和倉くんを見つけたんだよ」


 そういえば前に俺のことを知っていると小舞子さんが言っていた。


「確か自画像を描く授業だったかな。そのときね、みんな友達と雑談しながら適当に書いてたのに和倉くんだけちゃんと書いてて……。それがなんだか記憶に残ったんだって」


「それは単に友達がいなかっただけで」


「でも他の授業の時もちゃんとやってて、片付けも疎かにしてなかった。体育の授業でもそうだった。それを雅はずっと見てたんだよ」


 まさか自分が一年の頃から小舞子さんに見られていたなんて思いもしなかった。

 春咲さんが懐かしむように微笑みながら続ける。


「ちゃんとできる人なんだって、自分を持ってる人なんだって、すごい和倉くんのこと語っちゃってさ。ね、凜?」


「ほんと、すごい熱量だった」


 もしかしたらそれは、小舞子さんの中学時代の経験が影響しているのかもしれない。

 周りに合わせ自分を押し殺してしまったあの時を。


「だから和倉くんは雅にとって特別なんだよ。和倉くんも、もしかしたら雅が特別に思ってくれてるんじゃないかって思う瞬間はなかった?」


「それは……」


 あの日、駅前でどうしようかと思っていた俺にだけ声をかけてくれたとき。

 

 あの日、カラオケに行こうと誘ってくれたとき。


 あの日、俺の家に突然訪問してきたとき。


 あの日、借り物競争で俺を選んでくれたとき。


 あの日、俺の方を見て笑ったとき。


「だからさ、和倉くんしかいないし、和倉くんなら大丈夫だよ」


「……でも、俺は小舞子さんを傷つけて避けられてる」


「女の子って不安定だからさ、もぉー! ってなっちゃうときもあるけど、でも絶対に好きな人に会いたくなる生き物なんだよ」


「…………」


「断言はできないけど、きっと大丈夫。話してて、確信に変わった。やっぱり和倉くんなんだよ」


 春咲さんの言葉がじんわりと染みていく。

 レンの温かな視線が、能美さんがくれる信頼感が、俺の背中を押してくれる。


「……絶対にここで五人でご飯を食べる。約束だ」


「うん、よろしくね、和倉くん」


「楽しみにしてるよ、和倉」


「男見せろよ、和奏」


「あぁ」


 決意は決まった。


 根本的な問題の解決方法は分からない。

 でも、解決するまでやればいい。


 ダサい俺も受け入れて。

 いてもたってもいられず立ち上がる。


「俺、ちょっと今から青春するわ」


「よし、あとは任せて!」


「準備運動くらいしなよ」


「ったく……ほんとにやるやつがいるなんて」


「一度やってみたかったんだよ」


 軽く体操し、「じゃっ」と三人に手を振る。

 そして駆け出した。








「行っちゃったね」


「だね。ほんっと、和倉くんらしいよ!」


「あいつならやってくれそうだな」


「というわけで! 先生に和倉くんの早退を言いに行こうっ!!」


「ってかアイツ、鞄おいてってるくね?」


「「……あ」」


「……俺が引き受けるよ」


「助かる!」


「いいよこれくらい。親友だからな」


「わ、私は……マブダチだよ?」


「張り合うな」

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