第19話 強引に塞いで
洗い物を終え、床に腰を下ろしてテレビを見る。
帰ってもよかったのだが小舞子さんに何も言わずに出て行くのはよくないと思ったのだ。
「……少しくらい覗いてもいいんじゃね」
俺の中の悪魔が囁く。
しかし、小舞子さんは俺を信頼して風呂に入っているのだからさすがにその信頼を裏切りたくはない。
それに俺は残念ながら普通の人間なので勇気をもってそういうことはできない。
男としてどうなのかと思うけど、人としては正解だ。
決して広いとは言えない部屋にドライヤーの音が漏れて響く。
ちょうど風呂から上がって髪を乾かしている頃だろうか。
「それにしても、昨日のはなんなんだろうなぁ」
まるでなかったかのような小舞子さんの振る舞いに思わず自分の記憶を疑う。
聞きたい気持ちはあるのだが、そこは決して触れられないような気がするのだ。
つまり俺からできることはなさそうってこと。
そんなことを考えていると、いつの間にかドライヤーの音は止んでいた。
「おっ、ようやく出た。俺、そろそろ帰るから」
「…………」
「小舞子さん?」
小舞子さんは俺のことをじっと見て、ゆっくり近づいてくる。
風呂上がりの艶やかな髪がふわりと揺れて。
ぶかぶかのTシャツ一枚を着た姿はかなり刺激的だった。
明らかに小舞子さんの纏う雰囲気は異様だった。
「ちょいちょい。急にホラーに路線変更したら困っちゃうって」
立ち上がると、そのまま俺をベッドに押し倒した。
「強引なのは嫌いじゃないけど、俺は愛し合いたいなぁ?」
「じゃあ愛し合おうよ」
「だったらまずは電気を消して、キスからはじ――」
小舞子さんが俺の口を少し強引に塞ぐ。
「こういうことだよね?」
「……本気か?」
俺の質問に答えず、再び唇を重ねてくる。
しかも今度は舌を絡ませてきた。
「んっ……んぅ」
甘い味がする。
脳が溶かされていく。
「……ぷはっ」
ようやく唇が離れ糸を引く。
小舞子さんの顔はほんのり赤らんでいて俺の知らない小舞子さんだった。
「小舞子さんらしくないよ。どうした?」
「私らしいって、何?」
「それは……もっと余裕で、俺をもてあそぶみたいに……」
「私が思ってる私はこんな風に余裕なくて、いつだって必死だよ」
三度目のキス。
今度はもっと力強く。
小舞子さんが俺の手を掴み、自分の胸に当ててきた。
「和倉くんの好きな胸だよ」
「……小舞子さん」
「好きにしていいから、だから私と一つになろうよ――」
「小舞子さんッ!!」
「きゃっ!!」
態勢を変え、小舞子さんを俺が押し倒す。
小舞子さんの上に跨り、胸を手で触った。
「んっあっ……」
続けて小舞子さんの唇を奪い、舌を絡ませる。
十秒ほどそうして離れる。
「はぁ、はぁ……」
息を荒げる小舞子さんの顔を見る。
目には涙が浮かんでいて弱弱しかった。
「……小舞子さん。なんでこんなことしたの?」
「……ダメ?」
「そうじゃないよ。らしくないんだよ」
自然と力が入ってしまう。
「……らしくないって、何? わかんないよ、そんなの。……ねぇ、私を求めてよ。もっともっとしようよッ!!」
小舞子さんの上からどき、ベッドから降りる。
「……どうして? 私のこと嫌い?」
「……そうじゃない。けど、今の小舞子さんは違うよ」
言ってしまった。
でも気づいたときには遅かった。
「今わかった。あの日、俺と小舞子さんヤってなかったんだね」
「……なんで?」
「だって小舞子さん、あんなに震えてたから」
「……ひどいよ、和倉くん」
それはほとんど肯定だった。
「ごめん、小舞子さん」
荷物をまとめて部屋を出る。
本当に間違っているのは……俺だ。
帰りの電車の中で。
揺れるつり革をぼんやりと見ながら考える。
なんで気づけなかったのか。
昨日あんなことがあったのに普通に振る舞う小舞子さんは逆に普通じゃないことを。
きっと俺はいつも通りの無敵な小舞子さんを望んでいて。
小舞子さんはいつだってそうあるのだと押し付けていた。
だからあの時、間違ったのは俺だ。
小舞子さんに電話をかけようとしてやめる。
これは直接言わないとダメと思ったから。
明日学校に登校してきたらごめんってちゃんと言おう。
そう何度も自分に言い聞かせて束の間の安心を得た。
でもそもそも前提が間違っていた。
小舞子さんはその日から学校に来なくなった。
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