第18話 お見舞い



 小舞子さんが学校を休んだ。


 別にそれだけなら心配に及ばない。

 でも、昨日の出来事があったため話は別だった。


 下校を知らせるチャイムが鳴り響く。


「先生、なんで今日は小舞子さん休みなんですか?」


「あぁーなんか風邪引いたらしいぞ。お前も気をつけろよー」


 本当にただの風邪だろうか。


「雅、大丈夫かな? 風邪引くなんて珍しいし」


「心配だな」


「だねぇ。でも今日私、バイトなんだよなぁ」


 春咲さんがため息をつく。

 

「じゃあ俺がお見舞い行こうかな」


「ほんと⁈ なら絶対喜ぶよ!」


「そうか?」


「うん! 和倉くんなら!」


 別に何でもできるわけじゃないぞ?

 どんだけ春咲さんは俺に全幅の信頼を寄せてるんだか……。


 とにかく、お見舞いに行ってみるか。








 ピンポーン。


 インターホンを押すとパタパタと足音が聞こえてきた。

 ガチャっと音を立ててドアが開かれる。


「あっ、和倉くんだ。どうしたの?」


「ん」


 返事をする代わりに色々買ったレジ袋を見せつける。

 小舞子さんは小さく笑って、


「嬉しいなぁ。意外に紳士じゃん、和倉くんって」


「意外どころかまさに紳士だと思うけどね?」


「まさにって、何それ」


「入ってもいいか?」


「どうぞ」


 久しぶりに入る小舞子さんの部屋。

 あの時と何も変わっていなくてなんだか懐かしい気がする。


「そんなにじっと見て……恥ずかしいなぁ」


「いやぁもしかしたらここで小舞子さんとしちゃったのかもしれないと思うとね?」


「私は病人だよ? 欲情しちゃっても和倉くんに風邪が移っちゃうからダメだよ」


「えぇー」


「残念でした」


 冗談はさておき、テーブルに買ってきた食材を置く。

 

「食欲とかある?」


「うん、すごいお腹空いた。今朝からあんまり食べてないから」


「そりゃいいこった。調子はどう?」


「結構いいよ。たぶん熱はないかな」


「そうか」


 食材を取り出し、調理を始める。

 

「適当に使っちゃうぞ」


「あ、うん。……もしかして、和倉くんの手作り?」


「そうだけど、嫌か?」


「ううん。むしろ最高だなぁ」


「五つ星シェフの腕前見してやるよ」


「おっ、それは期待大だ」


 トントン、と規則的な音が響く。

 小舞子さんは料理をしている俺をじっと見つめていた。


「そんなに見られたら好きになる」


「じゃあもっと近くで見ようかな」


「近くに来られたら抱き着く」


「料理しろっ」


 心配していたのだが、小舞子さんの様子を見る限り杞憂だったようだ。

 いつもの冗談も健在のようだし。


「なんか彼女の看病をしてくれる彼氏みたいでいいね」


「あれ、彼氏じゃないの?」


「私にその記憶はないんだけど?」


「嬉しすぎて記憶飛んだのかもな」


「うわ最悪。じゃあここで告白してよ」


「好きです、付き合ってください」


「……ぷっ、あはははっ」


「おい笑うな! 告白を笑うのが一番ダメだ!」


「ごめんって。まさか冗談でもするとは思わなかったからさ」


 いや、本気だよ。


 そう言いかけてやめる。

 今は違うと思うから。


 こんな感じで会話をしているといつの間にかおかゆが出来上がった。

 あの日のようにテーブルに並べ、正面に座る。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 一口サイズをよそってぱくりと口に入れる。


「ん、んまいっ!」


「そりゃよかった」


「さすが三ツ星シェフだなぁ」


「五つ星な」


 そこにはこだわっているので訂正しておく。


「まぁこれ食べて元気出せよ」


「そんなに私に学校来て欲しい?」


「そりゃ、まぁ……来て欲しいよ」


「顔、真っ赤だよ?」


「……おかゆが熱いんだよ」


 誤魔化してみるが、ふぅんと見透かしたように小舞子さんが笑う。


「でも大丈夫。たぶん、大丈夫だよ」


「そっか」


 まるで自分に言い聞かせてるみたいだった。

 それをわかっていてあえて触れないでおく。


 会話をしながら手を動かしていると、割と多めに作ってあったおかゆがいつの間にかなくなっていた。

 

「いやぁほんと美味しかった。元気出たよ」


「ならよかったよ」


 食器をまとめてシンクに運ぶ。

 すると小舞子さんがしゅぱっと立ち上がり、俺についてきた。


「さすがに洗い物までさせるわけにはいかないよ」


「何言ってんの。小舞子さんは病人だろ?」


「でも私、今は元気だよ?」


「だとしても今日は安静にしとけ」


「ぶぅー」


 不満そうに抗議してくるがこれだけは譲れない。

 そんな俺の意思を感じ取ったのか、諦めたように息を吐く。


「じゃあ、今日は和倉くんに甘えようかな」


「いつも甘えてくれてもいいんだけどなぁ」


「ダメだよ。そしたらきっと和倉くん、えっちな対価を要求してきそうだし?」


「その素晴らしい体は何のためにあるんだい?」


「うわぁー変態だー」


 ふざけているあたり、本当に小舞子さんは元気そうだ。


「とりあえず、和倉くんが洗いものしてくれてる間にお風呂入ってくるよ」


「りょー」


「……覗くなよ?」


「覗かないわ!」


「ふふっ、知ってる」


 小舞子さんがぱーっと風呂場に行ってしまう。

 騒がしい人だなと思いながら不意に笑みが零れた。


 

 この時の俺は気づいてもいなかった。

 いや、気づいていながらも普通なのだと無意識に思い込んでいた。


 小舞子さんがいつも通りではないことに。

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