第17話 俺の知らない世界



「雅だよね……?」


「り、りっちゃん……」


 三人だけしかいない店内の空気がぴりつく。

 小舞子さんは明らかに動揺していた。


「久しぶり、だね。中学以来だっけ?」


「……そうだね」


 歯切れの悪い会話。

 いつも冗談の一つや二つ平気で飛ばす小舞子さんとは思えない。


「いやぁまさかこんなところで再会するなんて、すごいなぁ。あはは……」


「…………」


 二人に何かあった。

 そう思わせるほどに重たい沈黙だった。


「実は親の転勤でこっちに引っ越すことになってね、今ここでバイトしてるんだ」


「そ、そうなんだ」


「もしかして雅、ここに住んでるの?」


「高校、ここらへんだから」


「へぇ、そうなんだ」


 だんだんと会話が成立していく。

 しかし依然として小舞子さんは店員の方を見ようとせずカウンターをじっと見つめていた。

 

 それに耐えられなくなったのか、店員の視線が俺に向いてくる。


「この人は、彼氏さん?」


「いや、それは……」


「クラスメイトですよ。俺と小舞子さんは」


「そ、そうなんだ! ごめんね、変なこと言って」


「いいですよ、全然」


 再び訪れるどんよりとした沈黙。

 

「あっ、そういえばレジしてるんだった! 仕事サボって雑談しちゃダメだよね」


 思い出したように残りの読み込みを済ませ、会計をする。

 商品を受け取ると、小舞子さんは逃げ出すようにコンビニの外を出た。


「小舞子さん!」


 あとを追って駆け出す。

 あっという間に追いついて、肩を掴んで引き留めた。


「ごめん、和倉くん」


「なんで謝るのさ。別に小舞子さん悪いことしてないでしょ?」


「……ごめん」


 今何を言っても小舞子さんは謝る気がして出かけた言葉を抑える。

 すると後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。


「あの、雅!」


「…………」


「久しぶりに顔見れてよかった」


「…………」


「……また今度、ちゃんと会いたい」


 小舞子さんは沈黙を貫き通し、ゆっくりと歩き出す。


「私は絶対、雅の味方だから!」


 なんのことかはさっぱり分からない。

 でもその言葉が心からの叫びなのだと彼女の顔を見ればわかった。


「……ごめん、りっちゃん」


 ぼそりと呟き距離を離す。


 どうしようか迷ったが店員にぺこりと頭を下げ小舞子さんの横に並んだ。


「持つよ、それ」


「……うん、ありがと」


 たくさん聞きたいことはあった。

 それでも聞けなかったのは俺が踏み込む決意を持てていなかったからだろう。


「ごめんね」


 もう一度呟かれた言葉はどんよりと黒い空に昇っていた。








 結局あの後会話もなく小舞子さんを家まで送り届けそのまま帰宅した。

 小舞子さんの顔はひどく青ざめていて放っておけなかったが、ばいばいと言われてしまったので仕方がなかった。


 一夜明け、翌日。


 体育祭の余韻残る教室に入ると、そこにはいつも通りの光景が広がっていて。

 安心したように席に座り、レンと駄弁る。


 朝のホームルームを終え、午前の授業を終え。

 外を眺めながら昼食をとり、午後の授業は夢と現実の狭間を行き来した。


 どこまでもいつも通りの日常。


 ——ただ一つの間違い。


「気をつけ、礼っ」


「「「「さよならー」」」」


 

 隣の席の小舞子さんは、学校に来なかった。

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