第16話 自分に素直に
ほのかにひんやりとした風が頬を撫でる。
さっきまではあんなに熱気に包まれていたのに、外はこんなにも違うものかと少し驚いている自分がいた。
なんで外に出てきてしまったのか。
それはいまいちよくわからないまま。
でも確かなのは小舞子さんと同じ空間に居たくないと思ったことだ。
「何なのかねぇ」
「教えてやろうか?」
ぎぃ、と鈍い音を立ててドアが開かれる。
「なんだよ、お前も熱くなったのか?」
「いや、ここら辺の夜風はどんなもんかなって」
「夜風フェチ?」
「夜風マニアと呼んでくれたまえ」
相変わらずレンは軽口を飛ばすのがうまい。
「それで、どうしたんだよ。黄昏ちゃって」
「さぁね。俺も分からんな」
「じゃあ、今のお前の気持ち当ててやろうか?」
ビシッと俺を指さしてくる。
やってみろよ、と言わんばかりに肩をすくめると自信を浮かべてニヤリと笑った。
「——小舞子さんのこと考えて、モヤっとしてる」
「……正解。なんでわかったんだよ」
「お前の顔にそう書いてあんだよ」
「何語で?」
「日本語」
「そこは日本語なのかよ」
二人顔見合わせて笑う。
「でもさ、なんでモヤっとしてんのかわかんないんだよ。というか、何も分からない」
「そういうときの友人だよな、やっぱ」
「じゃあ何かヒントくれるのか?」
「うーん…そうだな、ヒントをやろう。もう、お前は答えを知ってるよ」
「は? 何言ってんだよ。知ってたら分かるだろ、普通」
「人間ってのは実に複雑怪奇なもんで、シンプルに作られてないんだよ」
俺と同じようにレンが手すりに体を預ける。
「もう降参だ。答えを教えてくれ」
「全く、もう少し考えろっての。ったく、しょうがねーな」
そして、天を仰ぎながら言った。
「お前、小舞子さんのこと好きなんだよ」
「……ちげぇよ」
「いや、絶対好きだね」
「なんで言い切れるんだよ」
「顔に書いてあっから」
「……またそれかよ」
俺ってそんなに顔に出るタイプだったか?
昔から表情薄いってよく言われたのに。
「自分で自分に嘘ついて信じ込んでんだよ、お前。ほんとは好きなのに」
「……俺が小舞子さんを好き、ねぇ」
「今絶対『俺には無理だな』って思ったろ?」
「……また顔に書いてあったか?」
「赤文字で書いてあったわ。ってかさ、お前打算で恋すんのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
「あと、お前って基本的に自分のことを自分の考えてる範囲に入れないよな」
「どういうことだ?」
「つまり、自分の気持ちを考えてないってことだ」
レンの言葉だからか、イメージしにくいはずなのにしっくりくる。
「だから自分が小舞子さんと付き合う想像もしてないし、そもそも好きなことも考えてないんだよ」
黙っていると、レンが続ける。
「月並みな言葉だけどさ、もっと自分に素直になれよ、和奏」
その言葉が、心の奥底に眠る何かに突き刺さった。
そして、その何かをしっかりと捉えた。
「確かに、そうかもな」
「おう」
モヤモヤがパーッと晴れていく。
こんなにも単純なことだったのか。
「さて、戻るとしますか。まだまだこれからだし、こっからだからな」
「だな」
レンの後に続いていき、部屋に入る。
相変わらずもわっとした空気に包まれていた。
その中に一人、ひときわ目立つ彼女がいた。
「遅かったね、和倉くん」
「ちょっと、ね」
彼女は確かに、特別だ。
高校生がいれる時間まで騒ぎ、俺たちは店を出た。
各々帰路についていく中、俺は一人の背中を追った。
「小舞子さん、送ってくよ」
「……珍しい。今日はずいぶんと積極的じゃない?」
「そういう日もあるんだよ」
「ふぅん、そっか」
くるっと俺の方に振り返って、にひっと笑う。
「じゃあ、お願いしようかな」
小舞子さんと並んで歩く。
恋心を自覚したからだろうか、妙にそわそわしていた。
「いやぁ今日は楽しかったね」
「ザ・体育祭、って感じだったな」
「そうだね。いい青春だったなぁ」
確かに、今までの行事とは比べ物にならないほど満喫した気がする。
「ずっと毎日が体育祭だったらいいのになぁ」
「さすがに飽きるでしょ。たまにあるからいいんだよ」
「わかってるけどさー」
なんてことない会話が心地いい。
自覚していなかっただけで、それはずっと感じていたことなのかもしれない。
「あのさ、小舞子さん」
「ん、何?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
「ちょっと、言いかけてやめられるのが一番困るんだけど?」
「焦らすのもときには必要かなってね?」
「私を飼いならすのは難しいよ?」
「誰が調教しようとしてんだ」
「ふふっ、おかしいなぁ」
確かに出かけた言葉を拳でギュッと握りしめしまっておく。
これは少しばかり空気に触れるのは早い気がするから。
「ちょっとコンビニ寄っていい?」
「いいよ」
「いやぁ明日の朝ごはんなくってさ」
なんて会話をしながら朝食を調達。
パンとヨーグルトをレジに置く。
「ガッツリいくなぁ」
「朝はご飯食べないと元気でないからさ」
「それは言えてる」
女性の店員さんがピッと読み込んでいく。
そしてふと小舞子さんの顔を見て手が止まった。
「……雅?」
「……うそ」
その時の小舞子さんは、今までに見たことがない表情をしていた。
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