第14話 秘密は私の独り占め



 あっという間に午前の部が終了し、申し訳程度の昼休憩を挟んで午後の部がスタートした。

 俺は午前の部で終了なためあとは見るだけである。


「おっ、次は借り物競争だな」


「へぇ」


「和奏もうちょい興味持てって! もしかしたら可愛い女の子から借り出されるかもしれないんだぞ?」


「ないない。ってかそもそも女の子の知り合いがほぼいないから」


「小舞子さんで満足できんのかおぬし」


「今のはお前の聞き方が悪いだろ。あと受け取り方も」


「これがメディアである」


「社会勉強すな」


 軽く冗談を交わしながらぺらぺらとプログラムをめくる。

 

「そういえば好きな人ってお題もあるらしいぞ」


「マジか。そりゃ随分と攻めたお題だな」


 そんな会話をしていると、小舞子さんが後ろから俺の持つプログラムを覗き込んできた。


「小舞子さんこれ出んの?」


「出るよ。なんか一番体育祭っぽいしさ」


「さすが体育祭モチベマックスの人」


「でも、もう少しやる気が欲しいんだよね?」


 嫌な予感しかしない。

 

「……というと?」


「もし私が一位でゴールしたら、私のお願い一つ聞いてよ」


「……そんなことだと思ったよ」


「で、どう?」


「まぁさっき俺もその条件でやったし、ここで頷いとくのがフェアだな」


「よしっ、じゃあ決定ね。ふふっ、楽しみにしといてよ」


 小舞子さんの顔には自信が満ち溢れている。

 確かに小舞子さんの人気ならどんなものでもすぐに借りることが出来そうだ。


「あと、もしかしたら和倉くんのこと借りるかもしれないけど嫌な顔せず私と走ってよ?」


「それはどうだか」


「そこはちゃんとするのが和倉くんだとは思うけどね?」


「俺って実は昔ヤンチャだったんだよねぇ?」


「へぇ?」


「昔は言葉よりも拳で語ることの方が多かったな……」


「…………」


 じっと俺のことを見てくる。


「すみません嘘です昔から温厚少年です」


 その間に耐えられるはずもなく、ぷはっと息をするように自白。

 

「じゃあいいよね?」


「……どうぞ俺でよければ」


「ふふっ、ありがと」


 にひっと歯を見せて小舞子さんが笑う。

 そして「あと」と話を続けた。


「お題に好きな人ってのがあるらしいんだよね」


「今レンから聞いたな」


「だから、もしそれを引いたら和倉くん連れて行こうかなって思ってるんだけど、どう?」


 小舞子さんは平気でさらっとこういう事を言う。

 全く、動揺しているのは俺だけなんだろうな。


「そういうのは無難に春咲さんとか連れて行けばいいんじゃない?」


「ちぇっ、和倉くんはいつからそんなにつまらなくなったのさ」


「小舞子さんのハードル高すぎ」


「そこを乗り越えてもらわないと!」


「俺は一体何の試練を課されているのだろうか……」


 そうこうしている間に借り物競争の出場選手の招集がかかった。

 

「じゃ、行ってきまーす」


「おう、行ってこい」


 ひらひらと手を振る小舞子さんに振り返し、後姿を見守る。

 すると横からニマニマと笑うレンが俺の肩をつつく。


「お兄さんや、なかなかの相性なことで」


「そんなんじゃないって」


「くっそう羨ましいなぁおい! 俺も小舞子さんと仲良くしたいわ」


「本心駄々洩れ!」


 選手が続々入場していく。

 自然と小舞子さんを目で追っていると不意に目があった。


『見すぎ』


 口パクでそう伝えてくる。

 何気ない仕草に可愛いな畜生と思いながら、ふぅと一息ついた。


「あんさん、なかなかな」


「もうええわ!」








 借り物競争がスタートした。

 なんと小舞子さんのチームは現在三位で一位とそこそこの差があった。


 この調子では一位は厳しそうだ。


 ……ただ、小舞子さんが俺にどんなお願いをしたかったのかが気になるところではあったが。


「おっ、小舞子さんスタートしたな」


 勢いよく走りだし、小舞子さんがお題の書かれた紙を引く。

 そしてニヤッと小悪魔的な笑みを浮かべた。


「小舞子さんだ! 可愛いなぁ」


「俺、小舞子さんに借りられたいわぁ」


 全注目が学校一の美少女に注がれる。


「あれ、こっち来てね?」


「も、もしかして俺か⁈」


「お前なわけねーだろって!」


 周りが期待に胸を膨らませる。

 確かにこっちに来ている。しかも、気のせいだろうか。俺とばっちり目が合っているような気がする。


「……おい和奏。お前じゃないか?」


「ま、まさか、なぁ?」


 距離が近づくたびに、予感が確信に変わっていく。

 

「和倉くんっ!」


 小舞子さんが息を切らして俺の前にやってくる。

 そして俺の手を引いて、天然のスポットライトの前へと引きずり出した。


「行こう!」


 手を引かれ、なすすべもなく走る。

 周りはうるさいはずなのに、何故か音が聞こえない。

 時がスローモーションで流れているような、そんな感覚があった。


 そのまま一位二位を抜き去り、白のゴールテープを切る。

 

「やったよ和倉くん! 私たち一位でゴールだ!」


「小舞子さんの判断早すぎ」


「だって――迷う必要なかったんだもん」


 本心からなのだろう。

 小舞子さんの顔はとても澄んでいた。


「じゃあこれで、私のお願い聞いてよね」


「まっ、そういう約束だったもんな。願いは何だ?」


「ほんとは叶えて欲しいお願いたくさんあるんだけど……今一番したいことお願いするね」


「おう」


 ふぅと乱れた呼吸を整え、小舞子さんが願いを口にする。


「私と遊園地デートしようよ」


「で、デート?」


「そ。いいでしょ? というか、和倉くんに拒否権はないんだった」


 そう。

 だから俺は自分の気持ちに関係なく、一つ返事で了承しなきゃいけない。

 いけないのだ。


「わかった。じゃあテスト終わったら行くか」


「いいね! そうしよう」


 にひひ、と満面な笑みで笑う小舞子さん。

 これを今俺だけが見ているのだと思うと心の奥底がムズムズした。


 恥ずかしさを隠すように話題を変える。


「ちなみに、お題は何だったんだ?」


「え? それはね――秘密」


 口に人指す指をあてて、また小悪魔的な笑みを浮かべる。

 

 また教えてくれないのか、と思ったが別にいいやと自然に思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る