第11話 新妻な小舞子さん


 トントン、と心地のいいリズムが響く。

 料理の音は日常の幸せを感じさせてくれるなぁ、としみじみ思いながらリビングからキッチンをじっと見ていた。


「んっ、おいし」


 ぺろりと舌を出し味見をする。 

 その仕草はかなりグッときた。


 おまけに髪は一つに結ばれていて、シンプルなデザインのエプロンを着用。

 まさにその後ろ姿は将来を想像させられてしまう。


「完全に新妻だよなぁ」


「夫は何もしてくれないの?」


「奥さんの晴れ姿をこれでもかというくらい脳裏に焼き付けてる」


「……今日だけだよ?」


 小舞子さんもかなり楽しそうだ。

 ちなみに、ちょっとエロいなと思ったのは秘密である。


「あぁーこうして毎日朝を迎えたいもんだ」


「私と結婚したらそうなるかもね」


「じゃあ結婚しよう!」


「ふふっ、どうしようかなぁ」


 ほんとに小舞子さんと結婚したら、と想像してみる。

 

 ……最高では。


「……和倉くん、今えっちなこと考えてる?」


「小舞子さんの想像の百倍はエロいこと考えてる」


「急に後ろから抱きついたりしないでよ? うっかり刺しちゃうかもしれないから」


「刺されるのだけはごめんだなぁ」


 くだらない雑談をしている間に料理はでき、食卓に並べられる。

 正面に小舞子さんが座った。


「じゃ、いただきます」


「いただきます!」


 気合十分でまず近くにある炒め物をいただく。

 

「んっま。んだこれ、んっま」


「ほんと? ならよかったよ」


「小舞子さん、その美貌に加えて家庭的な一面があって、おまけにえっちとかどんだけすごいの?」


「最後は余計だけど、どうもっ」


「ヤバい、もう今すぐ嫁にしたい」


「ダーリン、子供は何人欲しい?」


「俺、ビックダディになります」


 軽い冗談を交わしながらも、手料理を食す手が止まらない。

 空腹が猛スピードで満たされていく。


 そしてあっという間に完食してしまった。


「食べ盛りの男子高校生、すごい」


「圧倒的美少女JKの手料理、すごい」


 字面の強さ、すごい。


「でも、ほんと美味かった。ほんとありがとう」


「いいのいいの。私が作りたかっただけだし、それに今日無理やり和倉くんの家に押しかけてるわけだしね。むしろ足りないくらいだよ」


「……小舞子さんって、意外に普通なんだね」


「失礼な。私は普通の女子高生だよ」


「まぁ、だよな」


 小舞子さんが立ち上がり、食器を片し始める。


「小舞子さん、さすがに洗い物は俺がやるよ」


「家主は動かない。私がやるって」


「でもな……」


「もう少しアピールさせてよ、ね?」


 上目づかいで頼まれる。

 これを受け流せる男などこの世に存在しないだろう。


「……わかった」


「やったっ」


 小舞子さんはルンルンで流しに向かい、洗い物を始める。

 その横に何食わぬ顔で立ち、スポンジを手に取った。


「近くで見た方がアピールになるだろ?」


 小舞子さんが目を大きく見開く。

 クスッと笑ってからかうような目で俺のことを見てきた。


「……ほんと、和倉くんってずるいよね」


「それはこっちのセリフだ」


 俺の言葉を聞いて、また小舞子さんが笑った。








 洗い物も終わりひと段落着いたところで映画を見ようという話になりまた俺の部屋に戻ってきていた。


 リビングでもよかったのだが、俺の部屋にあるプロジェクターに興味を示したらしい。


「俺の部屋狭いからさ、場所とんなくていいんだよこれ」


「確かに。最近流行ってるしね」


 会話をしながらセッティングをする。

 その間にばふっと小舞子さんがベッドに腰を掛けた。


 足をぷらぷらさせ俺の作業を見守っている。

 そこではた、と気づく。


 これ、俺のベッドで二人映画を見ることにならないか?


 聞いたことがある。

 セッ〇ス前にベッドで二人映画を鑑賞し、その後に……ゴクリ。


「あーなんか楽しみだな」


 小舞子さんが俺の枕をぎゅっと抱きしめる。

 当然、小舞子さんは何も思っていない様子だ。


 きっと俺がドキマギしているのも込みで楽しんでいるんだろう。


「おしできた。見るか」


 人二人分くらい空けて座る。

 すると小舞子さんが不満そうにぷくーっと頬を膨らませた。


「何この距離感。逆に嫌なんだけど?」


「映画に集中させてください」


「私が近くにいすぎると集中できないってこと?」


「オープニングで押し倒す自信がある」


「ふふっ、そっか」


 と言いつつも距離を人一人分まで詰めてくる。


「これくらいで許してあげるよ」


 まぁこれくらいなら大丈夫だろう。


「じゃあ始めるぞ」


「おぉーっ」








 映画に集中し、あっという間に終わってしまった。

 それは小舞子さんも同じなようで、俺をからかうことは一度もなかった。


「面白かった。久しぶりに映画見たけどやっぱりいいね」


「同じく。これからはちゃんと映画館で見たいな」


「だね」


 んーっ、と大きく伸びをする。


「それで、お楽しみの時間といこうか」


「えっ? それってえっちな」


「机、何が入ってるんだろうね?」


「……何もないよ?」


「嘘だね。だって最初部屋に入った時、和倉くん机の方チラチラ見てたもん」


 小舞子さんは本当に鋭すぎる。

 浮気とかしたらすぐバレそうだ。


「じゃ、確認しますね~」


「ちょ、小舞子さん⁈」


 お構いなしにシュパッと机を開け、予想通りと言わんばかりに小さな箱を取り出した。


「あ」


「……これってなぁに?」


「性格悪いぞ小舞子さん」


「ねぇ、これ誰に使う予定なの?」


「……はぁ。別に、ただ持ってるだけだよ」


 言えない。絶対に言えない。

 小舞子さんと朝チュンして、何となくの勢いで「もう一回あるのでは?」と買ってしまったことを。


「ふぅ~ん、そっかぁ。へぇー」


 本当に小舞子さんはいい性格をしている。

 もちろん、悪い意味で。


「もういいだろ? 返してくれよ」


「えぇーどうしよっかなぁ」


「そんな面白いものでもないって」


 俺の言葉なんて無視して小舞子さんが箱を開けてしまう。


「あれ? 何個か使った痕跡が」


「小舞子さんそれ以上はやめてくれ!」


「ふふっ、面白くなってきた」


 もう致し方ない、と小舞子さんから強奪を試みる。

 しかし手激しい抵抗にあってなかなか取れない。


「もう、恥ずかしいからやめてっ!」


「私も恥ずかしいよ?」


「ならなおさらやめようぜッ!!」


「顔あっついなぁ」


「小舞子さん⁈」


 わちゃわちゃと動き、ベッドがギシギシと軋む。

 ここだ、と意を決して手を伸ばしようやく強奪に成功した。


「はぁ、はぁ。もうこれに懲りたらこれからは男の子のデリケートな部分をからかわないように」


「ふふっ、もうしないよ」


 息を切らし、だんだんと頭がクリアになっていく。

 そして、小舞子さんに跨るようになっている現在の態勢がヤバいとようやく実感した。


「もし今から私を襲うならそれ使ってよ?」


「もう、からかうのも大概に……」


 ——ガチャ。


「ただいまー」


 妹、帰宅。

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