第10話 陽気な春のワンシーン

 外からふわりと陽気な春の日差しを感じる。


 目の前に立っている小舞子さんはまるでその春そのものだった。

 すらりと伸びるジーパンに白のTシャツをタックイン。カジュアルに羽織ったカラーシャツは抜群に季節とマッチしていた。


 なんというか、ここまで美人すぎると言葉が出ないものだ。


「暇だから来ちゃった♡」


「暇で来るような場所じゃなくない? ってかなんで俺の家知ってんの?」


「さつきが教えてくれたよ」


「アイツ……」


 そういえばあの帰り道で教えたんだった。

 

「とりあえずここで立ち話もあれだし、入りなよ」


「えっいいの?」


「逆にそのつもりじゃなかったの?」


「まぁそのつもりだったけど……ご家族は?」


「妹は部活で父親は出張。だから家は誰もいないよ」


「ふぅ~ん、そっか」


 何か察したように頷いて、「じゃあ」と一歩踏み出す。


「お言葉に甘えて、お邪魔します」


「お邪魔です」


「ひどいなぁ。ほんとはすっごく嬉しいくせに」


 白いスニーカーを脱ぎ、家に上がる。

 この家に家族以外が入ることは稀で、しかも小舞子さんとなると不思議な感じがした。


「ってか和倉くん、中学の時の体操着を寝間着にするタイプの人なんだね」


「なんだかんだ素材いいし、その方が安上がりだからな。小舞子さんは?」


「私は……しないかな」


 一瞬顔が曇る。

 

「そっか。まぁ普通に寝間着買った方がいいよな」


「じゃあ今度、寝間着買いにいこっか。お揃いの」


「それは一緒に寝たいっていうサインでオーケー?」


「遠く離れても寝るときは一緒ってサイン」


「……ちょっと気持ち悪いな」


「冷静になるな」


 先を歩く小舞子さんが二階への階段に足をかける。


「小舞子さん、そっちはリビングじゃないよ」


「和倉くんの部屋は二階だよね?」


「まあ、二階だけど……って、もしや?」


「女の子が男の子の家に来たらすることなんて、一つしかないよね?」


「……何もないぞ」


「その間は何かある人の間だよ」


 鼻歌混じりに階段を駆け上がり、時折「ほぉー」なんて声を漏らしながら進んでいく。

 

 実際、何かある。 

 俺の部屋にはいくつか見られたくないものがあるのだ。


 小舞子さんが俺の部屋を見つけ、目を輝かせる。


「あっ、ここが和倉くんの部屋か。おぉー、なんか男の子の部屋って感じ」


「男の子だからな、俺」


「でも意外に綺麗にしてるんだね。なんかちょっと和倉くんっぽい」


「ちゃんとできる男なんでね、俺は」


 へへん、と胸を張っていると小舞子さんがニヤニヤと俺のベッドを見ていた。

 すごく嫌な予感がする。


「できる男はこんな時間まで寝ないんじゃないかな? ベッド、寝起き感満載だよ?」


「睡眠は人生の三分の一を占めるらしい。つまり、ベッドと仲良くしておくことに越したことはない。……これ以上、何か言う必要はあるかな?」


「和倉くんは屁理屈ばっかだね」


「屁理屈はときに真理にもなるんだよ。まさに紙一重」


「ふぅーん、そっか」


 キョロキョロと小舞子さんが俺の部屋を見て回る。

 自分の心の内を探られているようで妙に恥ずかしい。


「引き出しとかは開けるなよ。変なものが出てきても責任は取れないから」


「私、そういうのには寛容なタイプだから」


「俺の羞恥心とかは考慮してくれないんですか?」


「私、和倉くんのこともっと知りたいの」


「よーしわかった。小舞子さんは天井のシミを数えてるだけでいい。あとは俺が手取り足取り教えてあげよう」


 俺の冗談を華麗にスルーして、ずしっと俺のベッドに腰を掛ける。

 普通二人っきりの部屋で男のベッドに座ることに抵抗を感じてもいいものの、そういう躊躇を一切感じない。


 少しぐらい意識してくれてもいいと思うんだけど。


「ここでさっきまで和倉くんは寝てたわけだね」


「そうだけど?」


「……えいっ」


「ちょ、小舞子さん⁈」


 子供みたいにベッドに体全体を顔から沈める。

 これはさすがに恥ずかしい。


「あんま綺麗なものじゃ……」


「なんか、すっごい和倉くんの匂いがする」


「その発言すっごい変態だけど⁈」


「知らないの? 私って結構変態だよ?」


「た、確かに……」


 学校一の美少女がえっち。

 ちょっと魅力が過ぎるだろ。


 小舞子さんは仰向けになり、天井を見つめる。


「あぁーなんか眠くなってきちゃった」


「寝てもいいよ? その代わり何されても文句言うなよ?」


「何するの?」


「とりあえず、その豊満な胸を揉みます」


「素直かっ」


 ちょっとくらいは期待したが、残念ながら起き上がり服装を整える。

 

「お腹空かない?」


「一応起きてから何も食べてないから空いてるな」


「じゃあ私なんか作るよ。キッチン借りてもいい?」


「えっマジ? 小舞子さんの手料理?」


「召し上がれ」


「ひゃっほー!」


「ふふっ、ほんと和倉くんは欲望に忠実だね」


 聖母のような温かな笑みを浮かべる小舞子さんの後に続いて一階へと降りた。

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