第9話 これって独占欲?

 

 ふくれっ面で俺のことを睨む小舞子さん。

 何か言いたげだが、とりあえず俺に不満を抱いているのは一目瞭然だった。


「な、何かお気に召さないことでもございましたでしょうか? あっ、もしかしていちごミルクが売り切れだから」


「違う」


「あぁー、じゃあちょっと低気圧で頭が」


「違う」


「……」


 黙るしかない。

 すると無言で「ん」と俺に促してくる。


 ……奢れってことですか。


「何が欲しいんだ?」


「……牛乳」


「それ以上成長してどうすんだって」


 なんて文句を言いながらも硬貨をじゃりんと入れていく。


「上には上がいるでしょ? さつき、とかさ」


 妙に「さつき」に棘があった気がする。

 そこではたと気づく。


「それ、胸の話?」


「そうだけど?」


「まぁ確かに春咲さんはなんというか……すごいものを持ってるよな」


 ガタン、と音を立てて牛乳パックが落ちてくる。

 それを拾い上げて小舞子さんに差し出す。


「和倉くんって、ほんとおっぱい好きだよね」


「逆に聞くけど、嫌いな奴いる?」


「素直すぎ。まっ、よく私のおっぱい見てくるもんね?」


「そこにおっぱいがあったら見るだろ」


「おかしいこと言ってる? みたいな顔しないでくれる? 君が話してるの、女子だからね?」


「ごめん、おっぱいに関して嘘はつきたくないんだ」


「謎のプライド……」


 砕けてきたところで、ようやく小舞子さんが牛乳を受け取る。

 俺はコーヒー牛乳を購入し、ちゅーっと飲み進める。


「そういえば、おっぱいって揉まれることで大きくなるらしいね?」


「ぜひとも協力させてください」


「ふふっ、じょーだん」


「またのご利用お待ちしております」


「なにそれ。おっかしいなぁ」


 小舞子さんに笑顔が戻ってきた。

 ほっとしつつ、小舞子さんの横を歩く。


「ね、教室まで遠回りしていこうよ」


「それは俺と話したいってことでオーケー?」


「解釈はそっちに任せるよ」


 クスクスと子供のように微笑んで、教室への最短ルートを外れていく。

 

「なんかさっきと違ってご機嫌だね」


「そりゃ和倉くんを独占してるからね」


「意外に束縛系?」


「私だけを見て、和倉くんっ」


「はいはい」


「何そのから返事。私浮気するぞ?」


「怖すぎるってその返し」


 なんてことない会話をしながら廊下を歩く。

 その時も小舞子さんとすれ違う生徒はみな振り返っていて、やはり学校一の美少女なんだなと実感する。


 まるで別世界の住人みたいだ。


「じゃあ、さっき不機嫌だったのは嫉妬ってこと?」


「……和倉くんはどう思う?」


「まぁ、状況的に考えて。あと希望も込めて」


「ふふっ、何それ」


 おかしそうに俺を見て笑う。

 

「まぁでも、私という子がいながらさつきみたいな最高に可愛い女の子と放課後デートなんて! とは思ったよね」


「確かに、あの日は最高にいい気分だった」


「私の嫉妬心を駆り立てるのやめようね? うっかり刺しちゃうかもしれないから」


「来世はちゃんとした形で出会えるといいね」


「受け入れるな!」


 階段に差し掛かり、小舞子さんの一歩前に出て昇っていく。

 

「ってかさ、そもそも俺と小舞子さん、もしかしたらヤってるのかもしれないのに、ただの地元同じだけの春咲さんに嫉妬するのはどうなんですかね?」


「女の子の嫉妬っていうのは、理屈じゃないんだよ」


「なるほどね」


 何となくわかった気がした。

 

 小舞子さんがたたんっ、と弾むように階段を上っていく。

 ふわりとスカートが揺れる。

 ぎりぎり見えそうで見えないこの感じが一番いいなとなんとなく思った。


「とにかく、和倉くんは他の女の子と仲良くしちゃダメだよ」


 とんでもない暴論だ。

 俺と小舞子さんにまだ名前のつく関係などないのに。


「そもそも俺は女の子と仲良くなれるような感じじゃない」


「そう? 私はそうは思わないけどね」


 鼻歌混じりにそう言って足を踏み出す。

 俺は勢いよく駆け上がって、小舞子さんの隣に並んだ。








 ――ピンポーン、ピンポーン。


 しきりに鳴るインターホンの音で目覚める。

 随分としつこい宅配業者だ。


 俺という男は休日、できる限りベッドから出ない。

 しかし致し方ないと思い眠い目を擦って玄関に向かう。


 赤く点滅するボタンを押してインターホンに応じた。


「はい、どちら様で」


『和倉くん、遊びに来たよ』


 反射的に連絡を絶つ。


 うん、気のせいに違いない。

 俺の持て余した性欲が生み出した幻想だ。きっとそうだ。


「和倉くん、ドア開けてくれると嬉しいなぁ」


 このドア越しに聞こえる声も、幻聴だろう。


「私、小舞子だけど? 分かってて出てくれないの? 意地悪だなぁ」


 ……はぁ。


 ため息をつきながらドアを開ける。

 するとそこには、温かな春らしい恰好を身に纏ったとんでもない美人がいた。


「よっ、おはよ」


 ……もしかしたら俺、学校一の美少女にストーキングされてるのかもしれない。

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