第8話 何か不満げなご様子です


 レジ袋が手に食い込む。

 買いすぎたな、なんて思いながらも意識は隣でスキップするように歩く春咲さんに向けられていた。


「いやぁまっさか、和倉くんと地元が同じだったなんてね! 二年生になってようやく気付くとは……不思議っ」


「俺もびっくりだ」


「もしかしたらどっかで会ってるかもね! ひょっとしたら一緒に遊んでたりして……」


「確かになくはないな」


「じゃあ私の初恋のあの子って……もしかして和倉くん⁈」


「そうです!」


「えぇ⁈ そ、そうだったの⁈」


「冗談だよ」


「そ、そっかぁ……それは残念だなぁ」


 残念ってどういう意味だ⁈


 ドキマギしている俺をよそに春咲さんは話を変える。


「なんか、なんで和倉くんが雅と仲いいのかちょっとわかった気がする」


「え? どういうこと?」


「なんていうか、その……和倉くんって、すっごくイイ感じの人だよね!」


「……へ?」


「いやさ! なんかこう……すっごく、ね? う、うぅ~ん……うん、イイ感じの人だ!」


 これだよこれ! みたいな顔してるけどさっきと言ってること変わらなくないか?

 

「よく分からないんだけど……つまり褒めてるってこと?」


「そう! 大絶賛です!」


 親指を立てて念を押す。

 春咲さんの言いたいことはよく分からないが、とりあえず悪い気はしない。

 

 むしろ気分がいいくらいだ。


「ありがとうございます!」


「いえいえ、こちらこそ!」


 謎にお互い会釈して、気まずさを隠すようににへらと笑う。


「あぁーなんか、すっごく気分がいいや!」


「同じく。いつもより空気が美味い」


「分かる! というかさ、この町の空気すっごく美味しいよね! 新作のフラペチーノにも負けてないよっ!」


 なるほど、よく分かった。

 春咲さんはワードセンスが独特なんだな。


 ちょっと小舞子さんと仲いい理由が分かった気がする。


「うん、わかる!」


「だよねっ!」


 ……でも、やっぱり何を言いたいのかは分からん。








 始業前。

 騒々しい教室の中、俺の前の席に座ったレンが黙ってジーっと見てくる。


「……なんだよレン。俺を疑った目で見て」


「いや、最近お前からバラの匂いがすると思って」


「柔軟剤ソープ系だけど?」


「そういう意味じゃなくて、こっちな?」


 と小指を立ててニヤリと笑う。


「んだよまたそれかよ。好きだなお前は」


「お前も好きだろ?」


「全然大好きだ」


「ほらみた」


 呆れたようにため息をついて、俺の机に頬杖をつく。


「で、どうなんだよ。俺たちに隠し事はナシだろ相棒」


「何事も晒しちまうってのが相棒なのかい?」


「そうは言ってねーさ。ただ、色恋沙汰に関しちゃ例外だね」


「ふぅ~ん? 色恋沙汰、ねぇ……」


 ちらりと横を見る。

 

 横顔でさえうっとりしてしまうほどの美しさ。

 そんな小舞子さんと色恋沙汰など、俺があると言えるのだろうか。


「ふふっ、確かにいいよ……ん?」


 ばっちりと小舞子さんと目が合う。

 いけないと思ってそらそうとしたとき、小舞子さんが「ロックオン」と言わんばかりにニヤリと笑った。


「ちょっと和倉くん、急に見惚れられたら困っちゃうよ」


「すみませんね、すぐ横に美人がいたもんで」


「へぇ、今日はやけに好戦的だね?」


「別に。本心を言ったまでだけどね?」


「ふぅん? そっかぁ」


 ちょっと嬉しそうに髪を耳にかける。

 その仕草に不意にドキリとしてしまった。


「あっ、顔赤いよ?」


「そろそろ季節も夏カナ……」


「桜、散っちゃったもんねぇ」


 なんて会話をしていると、刺々しい視線を感じた。

 

「むむむ?」


「おいレンその目やめろ」


「すみませんね、すぐ横に幸せそうな男がいたもんで」


 こやつ、油断できぬ男だ。


「枚方くんも、和倉くんの顔赤いと思わない?」


「リンゴにも引けを取らないと思うよ」


「だとしたら俺は、熟れる前のリンゴかな」


「素直に雅の仕草に照れたって言えばいいものを!」


「うるさい春咲!」


「急な呼び捨て⁈」


「和倉くん、グッジョブ」


「凜まで⁈」


 しょぼん、とうな垂れる春咲さんを見て四人笑う。


「ひどいよ和倉くん……地元が一緒な仲じゃんかぁ」


 ピクッと小舞子さんが反応する。


「地元、一緒なの?」


「あぁそうなんだよ。こないだ近所のスーパーでばったり会って」


「あのときはびっくりしたよね! しかも和倉くん、卵と写真撮ってて……ってそういえば和倉くん! 卵のやつ、全然流行じゃなかったよ!」


「ば、バレた?」


「すっごい凛と雅にバカにされたんだからね!」


「マジ、すみません」


「反省してる顔に見えないんですけど⁈」


 なんてわちゃわちゃしていると、急に空気がぴきっと音を立てて冷えた。

 

 おまけに体の芯から冷えるほどに鋭い視線を感じる。


「こ、小舞子さん?」


「……………むっ」


 レンと能美さんはあちゃーっといった表情で俺を見てくる。

 それとは対照的にぽかんと春咲さんが口を開ける。


「へぇー、それで?」


「そ、それで?」


「続けてどうぞ?」


 明らかに続けていい雰囲気じゃないんですけど⁈

 

 どうしようかと頭を悩ませていると、タイミングよくチャイムが鳴る。

 

「いっけね、時間時間ー(棒)」


「私、宿題がー(棒)」


「え? 宿題? そんなのあったっけ? って、凜? ちょ、な、なに⁈」


 春咲さんがぬいぐるみのように担がれ連行されていく。


「あはは……」


「……むぅ」


 小舞子さんの視線から逃れられない。

 

 そんなときがらりと扉が開いた。


「おーっし、朝のホームルームを始めるぞー。ってか、なんか寒い?」


 担任の一言で、ようやく視線から解放された。








 授業が終わり、行間休み。

 気まずくて逃げるように教室を出た俺は、何となくで自動販売機へ向かった。


 ……が。


「あっ、小舞子さん」


「あっ、わくら……むぅ」


 ……自分を呪ってやりたい、マジで。

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