第6話 歴史的攻防です


 小舞子さんの体の重みを感じる。

 それでも華奢な体は想像より全然軽くて、生暖かかった。


「はぁ、はぁ……和倉、くん」


「こ、小舞子さん?」


 小舞子さんの息がかかる。

 顔はほんのり赤くて、少し汗ばんでいた。


 ヤバい、当たっちゃいけないところに小舞子さんのお尻が……。

 

「和倉くんって、ほんとえっちだよね」


「それを押し倒してきた小舞子さんが言う?」


「私の足を舐め回すように触ってきたのは誰?」


「いいって言ったのは小舞子さんでしょ?」


「私がいいって言ったのはパンツだから」


「……ごめんなさい」


 素直に謝っておくと、小舞子さんが口先を尖らせてそっぽを向く。


「べ、別に怒ってなんかない……」


「っ!!」


 ツンデレを感じさせるその表情がグッとくる。

 マズイ……息子が起きてしまう!


「小舞子さん、そろそろどいて……」


「やだ」


「え、えぇ……」


 動かない意思を示すためか、小舞子さんが腕を組む。

 ただ余計に胸が強調されてダメージが蓄積された。


「小舞子さん、正直に言おう。何とは言わないが、すっごくピンチなんだ」


「お手洗いに行きたいの?」


「そ、そう! うんそう!」


 違うけど。


「じゃあ、だめ」


「じゃあが分からないんですけど⁈」


「だってどうせ違うだろうし」


 ……何気に鋭い。


「じゃあわかった。そこまで来るならここで漏らそう。ちなみに俺は母親に『絶対におもらしするんじゃないよ!』と言われおもらしをするくらいおもらしに自信がある!」


「何その変な自信……でも、和倉くんはそんなことしないよね」


 意志は固そうだ。

 ……もう恥など捨ててしまおう。

 恥のせいで守れないものがある。(名言)


「……小舞子さん、そろそろ頭で物を考えなくなります」


「それは、理性が壊れそうってこと?」


「端的に言うと」


 小舞子さんがニヤリと笑う。

 

「ふふっ、そうなんだっ」


「はうっ⁈」


 小舞子さんがさらに近づいてくる。


「さっき言ったよね? 私、許してあげないって」


「そ、それはそうだけど……被害を被るのは小舞子さんだよ?」


「たぶん被害者は和倉くんになると思うよ?」


 やはり小舞子さんは余裕そうだ。

 だが、俺が足を触ったときの反応を見る限り、かなりの敏感。

 

 ……この城、俺が攻略して見せる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 小舞子さんの腰に手を添える。


「んっ⁈」


 びくんと震える小舞子さんだったが、さすが学校一の美少女。

 それでも表情は崩さず、攻勢に出る。


「和倉くんがそういう気持ちなら……キス、しちゃうよ?」


「……したらどうです? だって俺たち、ヤってるのかもしれないし」


「和倉くんはいいんだ?」


「ウェルカム」


「ふぅ~ん、そっか。……じゃあ」


 俺の顔のラインに手を当てて、近づけてくる。

 

 至近距離から見るとやっぱり顔が整っている。

 おまけにちらりと覗かせる絶対領域は魅惑的で。

 かすかに触れる胸は、揉みたいの一言しか出てこない。


 改めてちゃんと見る、学校一の美少女。

 もうとっくのとうに、息子は限界を迎えていた。


「逃げちゃ、だめだよ?」


 俺の瞳をしっかりとらえ、さらに近づく。

 

 ほんとにするのか? ちゃんと記憶が鮮明なこの状況で、付き合ってもないのに⁈

 で、でもヤってるのかもしれないし……いや、でもヤってなかったとしたら……。


 思考がグルグルと回る。

 それでも小舞子さんの唇は触れようとしていて、これで今まで気になっていた答えが出てしまうような気がして。


 スローモーションで時が流れる。

 覚悟を決め、目を閉じたその時。



『プルルルルッ』



「「⁈」」


 電話の音に反応して、体を起こそうとする。

 それと対照的に小舞子さんはその勢いで俺の方に倒れ込み。


 

 ——ちゅっ。



 頬に柔らかい感触が伝わる。


 部屋に電話のコール音だけが鳴る。

 数秒経って、俺は小舞子さんに頬にキスをされたのだと理解した。


「わ、和倉くん! 電話、出てくれない?」


「お、おう」


 二人離れて、受話器を取る。

 

「小舞子さん、もう時間だって」


 声をかけるが、小舞子さんは俺に背中を向けていて顔がよく見えなかった。


「そっか。じゃあ、もう出よっか」


 振り返ったころには小舞子さんは何事もなかったかのような顔をしていた。

 

「和倉くん、顔真っ赤だよ?」


「そりゃ、俺の記憶ではファーストキスですから」


「ふふっ、私たちヤったかもしれないのに?」


「それをはっきりとさせるために小舞子さんの反応を見たかったけど、よくわかんないな」


「ミステリアスな女性がモテるらしいよ?」


「俺は結構知りたい派だけどなぁ」


「じゃあ、束縛系だ」


「そこまでじゃないよ」


 なんてくだらないことを話しているうちにすっかり元通りの雰囲気になって。

 小舞子さんについて行くようにカラオケ店を出た。








 ボーっ。


 まさにボーっとしている朝である。

 登校すると開口一番レンに「お前心家に忘れてないか?」と言われるほどだ。


 でも仕方がない。

 ここ最近小舞子さんと色々ありすぎている。


 休む暇がないというかなんというか……。

 

「ふふっ、さつきはもうちょっと気をつけた方がいいんじゃない?」


「違うんだよ! 私が気をつけても、バナナの皮が私を求めてて……!」


「さつきがドジなだけ」


「凜冷たいよぉ~!」


 しかし、小舞子さんはまさに平常運転で。

 今日も俺の隣でわちゃわちゃと仲の良い三人組で談笑をしている。


「ほんっと、バナナの皮にはごめんなさいしてるんだけどなぁ……」


「ずいぶんとさつきが好きみたいだね」


「愛が重すぎる!」


 ピンク色の髪をくしゃりと掴み、春咲さんが膝をつく。

 小舞子さん以上の豊満な胸がぶるんと揺れるので、ぜひとも無邪気な行動は慎んでもらいたいものだ。


「でも、一途な人が好きだって言ってなかった?」


 能美さんの言葉にクラスの男子たちの耳がぴくりと動く。

 さすが人気女子たちの会話。みんな耳を澄ませているらしい。


「それとこれとは違うよ凜! もはやこれはストーカーの域!」


「まぁでも、バナナの皮の気持ちもわかるかも」


「なんでよ⁈」


「だってさつき可愛いし、母性本能くすぐってくるから」


「「「「っ♡!!!!」」」」


 能美さんのイケメン過ぎる発言に、クラスの女子数名が落ちた音が聞こえた。

 それもそのはず、能美さんは身長が170あってバレー部のエースであり、男の子っぽい顔をしている。


 噂では女子に告白される方が多いらしい。


「じゃあ、私が悪いのか、そっかぁ」


「とにかく、気をつけようね」


「うんっ!」


 バナナの皮事件はひと段落を迎えたらしい。

 微笑ましいなと思いつつ、窓の外を眺める。



「そういえばさ、こないだ雅、和倉くんとカラオケいたけどなんで?」


 

「「「「「えっ?」」」」」


 ……えっ?

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