第4話 新学期の色々
「この問題は、この公式を使って……」
「…………」
「だけどこれ、別解もあるんだけど……」
「…………」
「……あのさ和倉くん、私の顔に何かついてる?」
「整った目と鼻、そして口がついてる」
「授業中に口説くなんて、私のこと好きなの?」
「気になってはいるよ、色んな意味で」
「ふぅ~ん……じゃあ、いい意味として解釈しとく」
クスクスと右手で口元を隠し笑う小舞子さん。
そんな天使とも言うべき姿を見つつ、俺は頬杖をついた。
「まさか、同じクラスとはね」
「運命って、ほんとにあるんだねぇ」
「じゃあこの運命を祝して、あの日のこと教えてくれない?」
「あの日は私、実は新調した下着を着てたの」
「そういうことじゃなくて!」
そういうことじゃなくてももはやそういうこととして捉えられるほどそういうことですけどねハイ。
「やっぱり、教える気はないんだ」
「授業中だと雰囲気がないよ。高層ビルの最上階で、部屋を暗くしてアロマ焚かなくっちゃ」
とぼけるように小舞子さんがそう言う。
やはり教える気などさらさらないらしい。
諦めて正面を向き、数式をノートに写していく。
「ここの問題、テストに頻出だぞー」
「…………」
「これ、解き方に二パターンあって……」
「…………」
「……あのさ小舞子さん、俺の顔に何かついてる?」
「意外にキリっとした目と、かぷってしたくなる鼻と、思い出深い唇がついてるかな」
「……仕返し?」
「いや、別に?」
今度は小舞子さんが、頬杖をついてこっちを見てくる。
うっすら笑みを浮かべており、俺をからかって楽しむ気満載だ。
「さすがに、恥ずかしいんだけど」
「私も恥ずかしかったよ?」
「授業に集中できない。これじゃあ赤点だ」
「嘘、和倉くんはしっかり予習して復習もするから、成績がいい」
「よく知ってるね。もしかして俺のこと気になってるの?」
「うん、かなり好意的な意味で」
全く、小舞子さんに敵う気がしない。
しばらく心を無にしてすらすらと板書する。
するとふっと諦めたように小舞子さんも正面を向き、ペンを手に取った。
その時、手が消しゴムに当たって俺の椅子の下にコロコロと転がる。
「拾おうか?」
「ううん、大丈夫」
椅子を引いてしゃがみ込み、顔に垂れた髪を耳の後ろにやる。
かがんだままよいしょと、小舞子さんは消しゴムに手を伸ばした。
「んっ、と、取れるかなぁ」
上から覗き込むように小舞子さんを見たその時。
開かれたワイシャツの隙間からちらちらと白い下着と谷間が見えた。
「っ⁈」
かぁーっと自分の顔が熱くなるのが分かる。
「よしっ、やっと取れた……って、和倉くん顔真っ赤だよ?」
「……ちょっと日に当たってね」
小舞子さんが不思議そうに俺を見る。
視線から目をそらし、黒板を向くと小舞子さんが耳元で囁いてきた。
「……えっち」
……絶対わざとだろ。
昼休み。
小舞子さんが友達二人とどこかに行くのを横目に、横に下げていた弁当箱を机に置く。
すると前の椅子がぎーっと引かれた。
「よっ、和奏。昼飯食べようぜ」
「おう、レン」
親し気に俺の名前を言うこいつは枚方蓮之助(ひらかたれんのすけ)。
去年クラスが同じだった友人で、名前が長いのでレンと呼んでいる。
「今日もまたおにぎりか?」
「まぁな。朝早く起きるのはちょっと厳しいし」
「そんなお前のために、いつも通りサラダを大目に買ってきてあるんだよ俺ってば」
「……マジで助かります神!」
「一日三回のお祈りを欠くんじゃないぞ、民よ」
「はは~っ!!」
茶番は終わりにして、おにぎりをぱくりといただく。
「それにしても、お前ついてるよな?」
「何がだ?」
「何だって、お前小舞子さんの隣の席だろ? 映画館で言うところの正面後ろから四列目の席」
「その例えだとしょぼく聞こえる。そこは電車の端っこの席だろ」
「グレードダウンしてるじゃん⁈」
ぽろっとレンのウインナーが落ちる。
「でも、確かに幸運だよな、俺」
「同じクラスってだけで発狂ものなのにな」
実際発狂している男子が複数名いた。
もはや芸能人とかアイドルとかその域なんだろう。
「しかも、お前ちょっと親し気に話してなかったか?」
「まぁな」
「おいおい女の子をご飯に誘う事すらできない和奏くん?」
「枕言葉に悪意を感じるんだけど?」
「お前、小舞子さんと何かあったんじゃないの??」
妙に鋭い。
ただ、俺自身何かあったのかどうかわからないのだ。
「なぁ、レン。女性経験豊富なお前に聞きたい」
「ほう?」
「俺、童貞に見えるか?」
「それはなかなか藪からスティックだな」
「答えてくれよ」
俺の言葉に白米を箸で拾い、パクリと食べる。
モグモグと咀嚼し、ごくりと飲み込んだところで口を開いた。
「その質問が童貞」
「うぐっ」
新学期ということもあり。
五限目はロングホームルームでクラスの諸々を決めていた。
「じゃあ、次は図書委員」
ちなみに今この議事の進行を任されているのは、先ほどクラス委員になったレンだ。
去年もやっていたし、間違いなく適任である。
テキパキとした進行で次々と決まっていく。
「じゃあ、環境美化委員。男女二人でやってほしいんだけど、立候補いる?」
レンの言葉に、クラスがざわめく。
何せこの委員会は一番人気がない。理由は、めちゃくちゃ面倒だから。(経験則)
同じく俺も、この委員会だけは二度とやりたくないと思っていた。
「いないなら、くじとかになっちゃうけど、ここで立候補してくれるヒーローはいるかい?」
むしろ上げづらいだろそのセリフ……。
だが、横で真っすぐ手を上げる人が一名。
「私、やります」
「お、小舞子さんありがとう!」
再びざわめくクラス。
今全男子が小舞子さんと同じ委員会になれることと、環境美化委員のめんどくささを天秤にかけているのだろう。
ちなみに、そのうちの一人に俺も入っている。
頭を悩ませていると、小舞子さんが俺の方を見てきた。
「和倉くん、まだ決まってないよね?」
「決まってないな」
「じゃあ、ここら辺が上げ時なんじゃない?」
「で、でもなぁ……」
顔をしかめると、小舞子さんが頬をぷくーっと膨らませる。
「和倉くんは、私じゃ満足できないってこと?」
「おい言い方!」
「あの夜、私をあんなにしちゃったのに……」
まるで助けを求める小動物のように目をうるうるさせる小舞子さん。
「ねぇ、和倉くん。一緒にシよ?」
「むむむ……」
それでも渋っていると、小舞子さんがふぅと一息つく。
「もしかしたら私、ふとした時に独り言で言っちゃうかもなぁ」
「……小舞子さんって、もしかしてずるい人?」
「ずる賢いって言って欲しいな」
「……はぁ」
ため息をついて、ノロノロと手を上げる。
「おっ、和奏立候補! ほんじゃあ二人に決定で!」
レンにニヤニヤと見られながら、照れ隠しに窓の外を見る。
……全く、思春期の男子というのは可愛い女の子に弱いものだ。
夕陽の差し込む帰り道。
学校の最寄り駅に着き、改札のところでICカードを取り出すはずだったのだが。
「げ、学校に忘れてんじゃん」
そういえば机の中にしまっていたことを思い出して、ゆっくりと引き返した。
ものの数分で学校にたどり着き、教室に向かう。
教室の前に来たところで話し声が聞こえた。
が、よく聞き取れない。
こんな時間にいるなんて珍しい。
興味本位で覗いてみると、そこには二人の男女の姿があった。
「え……小舞子さん?」
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