第3話 ようやく花が咲きそうです
埃が舞ってキラキラ輝く古典準備室にて。
二人の男女が薄暗い中、密着していた。
「ここでシちゃう?」
「えぇ⁈」
「記憶がないんじゃ、味気ないでしょ?」
「そ、それはそうだけど、でも場所がアレじゃないか?」
「学校の敷地内で、しかも誰もいない準備室。なんかえっちじゃない?」
「それに関しては激しく同意だ」
「ふふっ、和倉くんもやっぱりえっちだ」
や、やっぱりってどういう意味だ⁈
聞く暇もなく、小舞子さんが俺の胸板に胸を押し付けてくる。
「うほっ」
柔らかい! なんだこれ! なんだこれ!
もしかして俺はこのおっぱいを揉みしだいたのか⁈
「ねぇ、和倉くん。曖昧ならさ…確実にしちゃおうよ」
小悪魔的な笑みを浮かべる小舞子さん。
理性が決壊した俺は、意を決して小舞子さんの方に手を置いた。
生暖かい息が頬を撫で、柔らかなふとももが触れ合う。
ゆっくりと唇が近づいたその時。
「雅~っ! ごめん遅くなっちゃった! ジュース奢るから許して!」
「もぉ~遅いよ! 運び終わっちゃったよ」
「ほんとごめん! まさかあんなところにバナナの皮があるなんてっ!!」
ちらりと俺の方を見て、部屋を出て行く小舞子さん。
コツコツと床を鳴らして、友達と歩いていく。
「さっきの人、誰?? もしかして……えっちなことしてたんじゃないの??」
「ふふっ、どうだろうね?」
「えぇっ⁈」
遠ざかる声を聞きながら、ふぅと一息つく。
「……ほんとなんなんだよ、あの人」
当分このモヤモヤは晴れないんだろうと覚悟した。
あれから月日はあっという間に過ぎた。
古典準備室で一度会ったっきり、見かけることはあれど関わる事は一切なかった。
出会い方が衝撃的で俺物語が始まり気がしたが、やっぱり現実は甘くないらしい。
「はぁ、俺の青春、終わりかなぁ」
「何、失恋でもしたの? 兄貴」
もこもこしたパジャマを身に纏う妹、千咲(ちさき)がソファに沈む俺の顔を覗き込んでくる。
「なぁ、千咲」
「な、なに? 急に真剣な顔して」
「……俺、童貞に見えるか?」
「は、はぁ⁈ な、何言ってんの妹に向かって! セクハラなんだけど!」
「セクハラを承知で聞いてるんだよ!」
「……それ、もっとダメだよ」
汚物で見るかのような目で俺のことを見てくる。
「兄貴も、童貞非童貞とかいうくだらないことに頭を悩ませてるわけ?」
「男にとってはそれ以外で悩みなんてないんだよ」
「……たぶん兄貴だけだよ、それ」
はぁとため息をついて千咲が俺の隣に座ってくる。
「あのさ、質問なんだけど、ちょっとイイ感じだった女の子と接点がない場合、どうすりゃいいと思う?」
「え、兄貴もしかして……好きな人でもできた⁈」
「そういうのじゃないって」
「ちぇっ、つまんないの。ってかそもそも、イイ感じの女の子と接点ないってどゆこと? 矛盾してない?」
「世の中矛盾で溢れてるんだよ、知らないのか?」
「兄貴めんどい」
「さぁーせん」
というかさ、と顔を引きつらせて俺の方を見る千咲。
「それ、イイ感じじゃないんじゃない?」
「うぐっ」
「もはや脈ないまであるでしょ」
「うぐっうぐっ!」
「普通イイ感じならその後接点はあるはずだしさ……兄貴、もてあそばれてんじゃない?」
「……妹よ、時に言葉ってのは鋭いナイフになっちまうんだぜ?」
「知ってる♪」
「恐るべしわが妹……」
あははっと楽しそうに笑い、テレビをつける。
片手に持ったアイスバーをペロペロと舐め、芸人のギャグにまた笑う。
「やっぱり、結局童貞だよなぁ、俺って」
「兄貴、童貞顔だしね」
「おいどういうことだ」
「頑張れよっ、童貞くん!」
妹に童貞と馬鹿にされる兄。
ネット民に告ぐ。これは決してご褒美ではない。名誉棄損である。
「……お前だって、彼氏できたことない処女の癖に」
「っ!!! ちょ、ちょっと兄貴⁈ 今最低なこと言ったよね⁈」
「お前だって言いましたー!」
最高にウザい顔を千咲に向けると、唇を尖らせてぷるぷると震える。
顔は真っ赤で、俺を睨みつけてくる。
「わ、私は兄貴と違って作んないだけだから! 私学校ではすっごくモテるんだから!」
「はっ、口ではなんとでもいえるわ!」
「ふんっ! 陰キャの兄貴なんて知らない!」
ぷりぷりと怒りをあらわにしながらリビングを出て行く。
扉を開いて、去り際に一言。
「兄貴のエロ本の隠し場所、お母さんの教えるから!」
「おい妹、いくら欲しい? いくらでもやるからそれだけはやめろぉぉッッ!!」
「あいつ金とりすぎだろ……」
千咲との交渉の結果、俺の財布はだいぶ軽くなってしまった。
やるせなさをぶつけるようにベッドに財布を投げ、そのまま俺自身も倒れ込む。
「まっ、あの出来事があったところで俺と小舞子さんに何かが起こるわけでもないもんな」
確かにあの日に何があったのか気になるところだが。
正直接点がない以上諦めるしかない。
「このまま関わりがないまま卒業して、いつの日か卒アル開いて何かを思うだけなんだろうな」
別に期待などしていない。
今までの人生から考えれば、何かを思えるだけでも当たりってもんだ。
「これまで通り、普通に過ごそう」
ようやくモヤモヤが吹っ切れ、安心からかその日はそのまま眠りについた。
また一日、一日と時が過ぎ。
高校一年生があっという間に終わり、申し訳程度の春休みを家でゴロゴロして過ごし。
新学期。
高校二年生の春。
代り映えのない一年が今年も来るのだろうと、そう思っていた……。
「え……」
のだが。
「おはよ、和倉くん。一年間よろしくね」
隣の席に座る小舞子さんが、ひらひらと手を振る。
どうやら遅咲きの桜が、ようやく芽吹いたらしい。
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