第2話 二度目のチャンス?


「で、あるからして……」


 教師の解説する古文が耳を通り抜けていく。

 ただでさえ身の入らない授業がより上の空だった。


 教科書を見るふりすら面倒で、退屈しのぎに窓の外を眺める。

 考えてしまうのは、つい最近のこと。


「……ほんっと、わかんねぇな」


 瞳を閉じて、心地よい春の風を感じる。

 瞼の裏に映るのは、やっぱりあの朝のことだった。







「え? これどういう状況?」


「……それ、私に言わせる?」


 小悪魔的な笑みを浮かべる小舞子さんを横目に、周囲を再度見渡す。

 

 床で寝ていたはずなのに小舞子さんと同じ布団で寝ていて、その小舞子さんは随分とラフではだけた格好。

 床には丸められたティッシュが散乱していて、シーツが若干乱れている。


 極めつけに、小舞子さんが何かあった男女みたいな雰囲気を醸し出してくる。


 ……もうこれ状況証拠揃いすぎてますやん。フルハウスか。


「もしかしてのもしかしてなんですけど……俺と小舞子さんの間にナニカがあった、とか?」


「まぁ、ナニカあったよね。覚えてないんだ?」


「何にも覚えてないです……」


「ふぅ~ん、そっかぁ」


 にかっと微笑む小舞子さん。


「それはすっごく、残念だね?」


 残念ってどういうことだ⁈

 

「あのぉ……何があったんですかね?」


「何があったんだろうね?」


 うわぁいいおもちゃ見つけたみたいな顔を小舞子さんがしている……。

 これは俺が踏み込まなければ教えてくれなさそうだ。


「た、単刀直入に聞きます! 俺ってもしかして、小舞子さんとヤった⁈」


「ふふっ、和倉くんったら鼻息が荒いよ?」


 ひとしき俺を見て笑った後、小舞子さんが頬杖をつく。



「どうだろうね?」



「……へ?」


「だから、どうだろうね?」


「ど、どうだろうね?」


「そ、どうだろうね?」


「……小舞子さん、教える気ないでしょ」


「私、女の子だもん。そういうの、恥ずかしいから言えないよ」


 恥じらって見せる小舞子さん。

 少しわざとらしいが、言葉通りに捉えてみる。


「ってことはやっぱり……シたのか、そうなのか……」


 まさか学校一の美少女で童貞卒業するなんて思いもしなかった。

 俺が、童貞卒業……!


「んっ~~~~!!!」


「和倉くんがガッツポーズしてる⁈ ……和倉くんってそういうキャラだっけ?」


「いや誰だってガッツポーズの一つや二つしたくなるって」


「そ、そうなんだ。でもなんでガッツポーズしてるの?」


「それは、記憶がないとはいえ小舞子さんとエッチなことをしたっていう事実が……」



「私、別にセ〇クスしたなんて言ってないけど?」



「……へ?」


 たぶん今の俺は相当阿呆な顔をしていると思う。


「じゃ、じゃあ、やっぱり俺は童貞のまま……」


「ふふっ、和倉くんって面白いね」


「俺は至って真剣だぞ! これは男の名誉にかかわるんだ」


「真面目な顔して変なの!」


 腹を抱えて小舞子さんが笑う。

 

「あぁ、そうかぁ。やっぱり俺、チキンなんだなぁ……」


「和倉くんの名誉のために言っておくけど……私、セ〇クスしてないとも言ってないよ?」


「……はい?」


「だから私と和倉くん、もしかしたらヤってるかもしれないし、ヤってないかもしれないね」


「……何を言っているのかよくわか」


 数秒、思考が止まる。 


「えぇ⁈ じゃあどっち⁈」


「どう、だろうね?」


 ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべて俺をからかうように見つめてくる小舞子さん。

 ……これは完全に、教える気がないな。


「土下座するので教えてください一生のお願いですッ!!」


「あっ、始発動き始めたみたいだよ、和倉くん」


「教えてくれるまでここで駄々をこねます」


「おもちゃ買って欲しい子供かっ!」


 小舞子さんが勢いよくツッコみをする。

 その後、のろりとベッドから這い出て、いそいそと支度を始めた。


「嘘だろ……」


 あっけに取られた俺を見て、小舞子さんは再び小悪魔的な笑みを浮かべた。








 その後、ご機嫌な小舞子さんに送ってもらい動き始めた電車に乗って家に帰った。


 俺は小舞子さんと接点が一ミリもなく、同じクラスでもないので見かける事すらなく。

 何も聞けずじまいで今日に至る。


「クソッ、わからん!」


 しんと静まり返った教室に俺の声が響く。

 ふと我に返り、辺りをキョロキョロ。

 人生で初めてなほどに多くの注目を集めていた。


「いつになくやる気だな、和倉」


「もうすぐに二年生になりますから。勉強に身が入ってきたんですよ」


「じゃあなんでノートが白紙なんだ?」


「最近は脳内で勉強するというのが流行りでして。実際、ハーバード大学の研究によると……」


「和倉、放課後職員室来い」


 ……全く、青春しちまったぜ。








「全く、帰宅部の俺に荷物運びは拷問だろ」


 積み重ねられたノートを古典準備室の机に置く。

 ふぅと一息つき、軽く制服の袖をまくった。


「さてと、早く帰るか」


 扉を開けようとした瞬間、扉がからりと開く。 

 ぴょこっとカールのかかった髪が揺れる。


「……小舞子さん?」


「あれ、和倉くんだ。どうしてここにいるの?」


「それはこっちのセリフだ」


「私は日直の仕事で、ノートをね」


 小舞子さんの華奢な体には不釣り合いなノートの数。

 よいしょっと小舞子さんがノートを上げて見せる。


 それをさりげなく半分持って、机に置いた。


「ありゃ、意外に紳士なんだね、和倉くんって」


「意外ってなんだよ。俺は根っからのジェントルマンだ」


「ふふっ、そっか」


 そんな軽口を叩きつつ、机に軽く寄り掛かる。


「やっと会えたな」


「あっ、そんなに私に会いたかった?」


「そりゃもう、眠れないほどに」


「情熱的だね」


 嬉しそうに微笑む小舞子さん。

 俺は逃すまいと、じっと見つめる。


「それで、誤魔化すのは今日で終わりだ。今日こそ教えてくれないか?」


「私のバストサイズ? それならで……」


「それはそれでめちゃくちゃ気になるけどそれじゃないから!」


 ちなみに言いかけた「で」の言葉は瞬時に記憶してバックアップすらもとった。


「こほん。そうじゃなくて……俺と小舞子さんがヤったのかどうか、だよ」


「ふぅ~ん、そんなに気になるんだ」


「すごく」


 にまにまと小舞子さんが見てくる。

 意志は固い! ということを示すように、俺もじっと小舞子さんを見つめた。


「じゃあ、さ」


 小舞子さんがぐっと俺に近づき、背伸びをする。

 僅か数センチの距離に小舞子さんが体を寄せ、唇に人差し指を当ててきた。



「ここでシちゃう?」


 

 ……マジですか。

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