学校一の美少女の家に泊まって気づけば朝チュン。明らかにヤってるはずだけど誤魔化されて分からない

本町かまくら

第1話 学校一の美少女と朝チュン


 三月の始まり。

 日が沈んだ街を駆け抜け、駅に滑り込む。

 

「なんで雨降るかな……」


 突然の豪雨に服はびしょ濡れ。

 ワイシャツがぺたりと肌に張り付く。


「早く帰んないと風邪引くなこれ」


 改札を通ろうとして足が止まる。


『お知らせします。現在、~駅付近で線路の故障が……』


「うわ、マジか」


 見る限りどうやら復旧の目途はたっていないらしい。


「どうすっかなぁ……」


「そこの和倉くん。何かお困りですか?」


「いやぁ電車が動いてないらしくて、帰れないんだ……って、誰だよあん……た?」


 ゆるくカールのかかった、金色の長い髪がふわりと揺れる。

 

「もしかして、私のこと知らない?」


「……小舞子雅(こまいこみやび)」


「なんだ、知ってるじゃん」


「知ってるも何も、学校一の美少女でしょ、あんた」


「ふふっ、それ普通本人に言う?」


 カラカラと笑う小舞子さん。


「それで、なんでクラスメイトでもない初めましての俺に声を? 何美人局? なら残念、お金はないよ。キャッシュレス派なんだ」


「そういうわけじゃないし! ……私が普通に同じ高校の同級生に声をかけたら変?」


「変だろ」


「……確かに」


 表情がコロコロと変わる。

 整った容姿だけでなく、この豊かな表情もまた小舞子さんが学校一の美少女と呼ばれる所以なんだろう。


「で、どうして?」


「困ってる人は放っておけないタチなんだ、私」


「俺以外にも困ってる人いるけど?」


「……和倉くんって、意外にめんどくさい?」


「よく言われる」


 ふふっ、と微笑んで俺の顔を覗き込んでくる。


「じゃあ、和倉くんが特別だからでどう?」


「……やっぱり詐欺の類か」


「もぉ~違うってば~」


 小舞子さんがこほん、と一息つく。


「ここで長話もなんだし、私の家、来ない?」


「それ絶対小舞子さんの家じゃないでしょ! ついて行ったら地下で、怖い兄ちゃんがガム噛みながらジャンプしろとか言ってきて……」


「違うよ! 本当に私の家。和倉くん、ずぶ濡れでしょ? 早く着替えないと風邪引くよ? 最近の夜は何気に冷えるし」


「いや、どっかの店で……」


 周りを見渡す。

 しかし、辺りにはコンビニ一つと動物病院しかない。


「ね? おまけに電車は止まっていて、もはやここで一夜明かすのは命の危機」


「……いやでもね? 小舞子さんの親とかにどう説明すればいいのか分からないし」


「私、一人暮らしだから」


「…………いやでも、猛獣とほぼ同じ男子高校生が女の子の家になんて」


「シてもいいよ? 和倉くんとなら」


「………………へ?」


「ほら行こ? もう断る理由ないよね?」


 小舞子さんに手を握られ、そのまま歩く。

 俺は心ここにあらずと言った感じで、引かれるまま小舞子さんの後姿を見た。


 嘘ですやん。


 今、小舞子さんは確かに「シてもいい」と、そう言った。

 ってことはつまり……今夜が卒業式の可能性があるのでは?


「……飛び級すぎるだろ」


 小舞子さんの広げる大きな傘が、早春の雨粒を景気よく弾いた。









「あっ、意外に着れるね」


「お、俺、細めだから」


「確かに! ちゃんと食べてるの?」


「た、食べてる」


 会話どころではない。

 すべての事柄が非日常すぎる。


「じゃ、景気よくぱーっと鍋パしよっか!」


「お、おぉー」


「……なんか和倉くん変だよ? まるで彼氏の部屋に初めてきて、初体験を意識する女の子みたい」


「妙に生々しい例えだな⁈ まぁ、ほぼそんな感じだけど」


「和倉くんは童貞なんだねぇ」


「っ‼ あのな、童貞をからかうのはやめておけよ? 刑事事件に発展しかねないからな?」


「ふふっ、用心しとく」


 鼻歌混じりで、小舞子さんが準備をしていく。

 

 きっと、小舞子さんは緊張などしていないのだろう。

 それは俺と違って経験があるからで、きっとあの容姿なら誰かとこの部屋で一夜を共にしたに違いない。


 準備が終わると、小舞子さんが小さなちゃぶ台を挟んで俺の正面に座る。


「じゃあ、かんぱーい!」


「乾杯」


 どうにでもなれ、と吹っ切れた俺は思い切りグラスを傾けた。








 ……あれから何時間経っただろうか。


 「修学旅行の夜みたいだね!」とはしゃぎ始めた小舞子さんに付き合わされ、実は二徹の俺の体はへとへとになっていた。


「俺絶対保育士とか無理だ……」


「むっ、それは私が幼児だって言いたいの?」


「……否定しない」


「否定しろっ!」


 不意に瞼が重くなる。

 頭がガクリと下がって、慌てて目を大きく開いた。


「眠そうだね、和倉くん」


「眠いよ、すごく」


「寝たら?」


 そう小舞子さんは言って、ベッドを指さす。


「そしたら、小舞子さんが寝れないだろ?」


「なんで? 私もベッドで寝ればいいじゃん」


 キョトンとした顔を浮かべる小舞子さん。


「……小舞子さんってさ、経験豊富なの?」


「おっ、恋愛トークだね? 修学旅行の夜らしくなってきた!」


 もう一段階ギアが上がる。

 つ、ついていけそうにないです……。


「でも残念、私は誰とも付き合ったことないよ。だからする話ないや」


「へぇー、それは意外だ」


「だから、私は処女だよ?」


「ぶっ!!」


 含んでいた水が吹き出す。


「あはははっ、驚きすぎだよ」


「だ、だって」


「じゃあ何? 和倉くんは私のこと、ビッチだと思ってたの?」


「……だ、誰だってそう思うよ。だって初対面の人を家に上げて泊まらせるような人だよ? しかも落ち着いてるし、余裕そうだし……」


「言ってるじゃん。和倉くんは特別なんだよ。それに、私は和倉くんのこと知ってたよ」


「え?」


 小舞子さんが俺に体を寄せてくる。

 

「あとね、私別に余裕じゃないよ? 初めて部屋に男の子が入ったから、ドキドキだよ」


「ちょ、こ、小舞子さん?」


「だから、ね?」


 パチッと部屋の電気を消す小舞子さん。

 ふふっ、と小悪魔的に微笑んで耳元で囁いた。


「もう寝よっか」


「……う、うん」


 少し期待したが、結局するりと小舞子さんは布団に潜り込んだ。

 俺はほんの少し息を吐いて、小舞子さんから借りたクッションとブランケットを使って横になる。


「おやすみ、和倉くん」


「おやすみ、小舞子さん」


 まさか学校一の美少女と一つ屋根の下で寝ることになるとは思わなかった。

 こういうとき、絶対寝れるわけないと思っていたけど、二徹の俺はすぐに意識がまどろんで。


 気づけばそっと目を閉じて、深く沈んでいった。








 ――チュンチュン。


 まだ冷たさ残る光が、雨粒を反射して部屋に差し込んでくる。

 眩しさに目を擦り、ゆっくりと目を開ける。


「も、もう朝か……」


 もぞもぞと動き、ゆっくりと体を起こす。

 パチパチと瞬きを二回。


 隣から心地のいいリズムを刻む寝息が聞こえてきた。


 パチパチと瞬きを、二回。


「んぅ、ん~…あれ、もう朝かぁ」


 ふはぁ~と大きくあくびをする。

 ぷるるんと大きな胸が揺れた。


「よく眠れた?」


 瑞々しい唇。 

 顔にかかっていた金色の髪が艶めかしくはらりと揺れる。


「ま、まぁ」


「そっか、よかった」


 タンクトップにショートパンツというラフな格好。

 ちらりと赤い下着が顔を覗かせていて、どこを見てもダメな気がして目をそらす。


 よく周りを見てみると、来た時にはビシッと決まっていたシーツは乱れていて。

 床には丸められたティッシュがちらほら見られた。


 極めつけに、まるで一線を越えたカップルみたいに小舞子さんが俺を見てくる。


「おはよ、和倉くん」


 ……俺、学校一の美少女とヤったかもしれない。



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