第1話

「えっ、俺はあの病室で死んだ筈じゃ……」

見たこともない部屋で目覚めた彼は戸惑っている。

自身の記憶にあるのは確かに "作蔵自身の人生"である

のに視界に広がるのは見たこともない部屋だったからだ。

とりあえず洗面台の鏡を探し、自身の顔を見る。

「誰だよ、これぇ」

彼は動揺した。

それもそうだろう、映っているのは誰かも分からない20代前半の男性の姿だ。

死ぬ前は確かに『来世では』と思ってはいた。

でも実際、彼自身が来世というものを『あればいいな』くらいの認識だったわけで、いざそうなって見るとむしろ不安の方が勝っていたのだ。

「家に戻らなきゃ」

そうは思ったものの彼は考えていた。

生涯独り身だった彼には頼る身内がいない。

マンションに住んでいたから帰る家もすでに無いだろう。

しかし『自由な人生』という彼の望んだものは手に入ったのだ。

元の不自由な人生と将来の希望に満ちている今の人生。

何かを決めたように一人で頷くと免許証を鞄から探し出した。

彼は "伊藤作蔵" を捨てたのだ。

「佐野勇太。今日から俺は佐野勇太だ!」


彼の "佐野勇太" としての人生が始まった。


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