第22話 ◆先見の明のダンジョン攻略◆ ⑥



  ◆◆◆【SIDE:アティ】



 ーー黒迷宮 "断罪の狩場"



 そろそろ潮時ですね……?


 ガクガクと震えて失禁した情けない男と、絶望して瞳から光が消えた女。


 そして、勘違いをこじらせていた2人の死骸。ガラの悪い男に、隙あらば触ろうとしてくる男……。


 「Lv.38」の盾役(タンク)。

 「Lv.33」の魔術師。

 「Lv.152」の治癒師。

 そして……「Lv.48」の剣士。


 「Lv.666」の"死神"を相手にしている。


 この状況は当たり前なのだ。

 量産型の新兵は「Lv.5」。

 練兵した兵士は「Lv.50」程度。


 つまり、クレハ様以外、しばらく頑張ればだれでも到達できる力量しか持っていない。


 冒険者のランクで言えば、1000〜3000位くらいでしょうか? おそらく、C級とD級の間くらいでしょう。


 普通に攻略しても、50階層に到達することも出来なかったはず。20階層くらいで負傷し、クレハ様の力で騙し騙し進んでも、40階層程度で魔力も尽き、撤退を余儀なくされていたはずだ。


 ゴードン様とカリム様も腕の一つや二つは無くなったかもしれないが、死ぬこともなかった。


「あ、あぁ……。死にたくねぇよぉ……」


 この"傲慢クソ男"に少しでもマシな頭があれば……。


 「Lv.100」を越えられる者は一握り。

 才能と努力。両方が必要不可欠であり、その後、初めて"限界突破"を可能とする。


 クレハ様はS級冒険者になれる素質があると言ってもいい。


 きっと相当な努力をしてきたのだろう。


 ーーアルマァアァアアア!!


 この傲慢クソ男……、ああ、"ネロ様"でしたか。ネロ様の絶叫に、思わず結界を展開して命を救ってしまった。


 アルマ様の名前に咄嗟に反応してしまったのですが……、さっさと死んでくれませんかね、この男。


 もうクレハ様だけでいいのですが……?


 "1人になれば"、アルマ様とリーシャ様の事を聞きやすくなるし、言いやすくなるはずなのです。


 あんな方法で「ダンジョンの憤怒」触れ、『断罪の狩場』と呼ばれる部屋に閉じ込められるなど、なかなか経験できるものではない。そこには少しだけ感謝している。


 これはなかなか面白い経験だった。


 こんなクソ虫は生かしておくべきではないですが、もう心は折れている。きっともう善良な方々に迷惑をかける事もないだろう。


 ふふっ、これでもなお、傲慢でいられるのなら、それも一種の才能かもしれませんが……。



 事はもっと単純な話。



 巻き込まれてわたくしが負傷するのも馬鹿らしい。



 この一点に尽きる。



 グモォオオオオオ!!!!



 猛々しく咆哮をあげる"死刑執行人"。


 100階層の主であると友人のミリアには聞かされていましたが、なるほど、確かに単騎では難しいですね。


 パーティーの編成は最低でも10人。

 A級6人に、S級3人は必要……いえ、追い詰められてからの「死神」の行動パターンも考慮すれば、その倍の戦力で臨むのが正しい選択のはず。


 ここで"彼"を討てれば、何か特典はあるのでしょうか?

 いえ、出来もしない事を考えても仕方がない。


 それにしても……。

 こんな無能どもを率いて、かすり傷一つで討伐してしまわれるなんて……。「憤怒」に触れる事なく、壁を破壊し、最短最速の道を歩まれるなんて……。



 ーーポローンッ、タンタラランッ……。



 全く……。

 ……早くお会いしたいものです!


「ふふっ。さてさて、そのための"情報源"には恩を売らせて頂きますか……」


 わたくしは手に持っている転移石をチラリと見やり、グッと握りしめる。


 ジワァ……


 手のひらには汗が滲み、死神を前に少なからず畏怖を抱いている事を自覚しながら、小声で詠唱を開始し、


「《七重結界(レインボーバリア)》!」



 ズズズッ、パーーッ!!



 結界を展開して時間を稼ぐ。



「……では、わたくしは帰らせて頂きます。あなた方はどうされますか? 転移石は必要ですか? 1つ1億B(ベル)で譲って差し上げますが?」


「「…………」」


「そんな信じられないといった顔を向けられても……。今回のダンジョン遠征のために準備しておいた回復薬、水、食料、便利な魔道具の数々。それらの料金を頂いておりませんし、転移石は一つ、1千万Bです」


 わたくしの言葉に2人は唖然としたまま黙りこくったたままだ。


「"ここに残りたい"との事でしたら、それで構いませんよ? わたくしは失礼させて頂きますが?」


「……お、お前はこのパーティーの一員だろう? なぜ、今の今まで転移石の存在を隠していた?」


「"連携を確認してから"という話だったですし、敗走しようとする仲間を傷つけたのです。わたくしが『撤退』を提案した所であなたは受け入れなかったでしょう?」


「ふざけるな! お前のせいだ! お前が2人を見殺しにした!! お前が無能で使えないから、こんなことになったんだ!」


「……ふふっ……」


「何がおかしい!? 全部、全部、全部、全部、全部、テメェのせいだ!! どうせ、俺たちに弱化(デバフ)をかけたんだ!」


「……どのように生きて来たら、そのような思考回路になるのです?」


「ぁあ?! 全部、お前が仕組んだんだ! 転移石をそんなバカ高い値段で売るために、」


「"バカ高い"でしょうか? 命を救って差し上げるのですよ? 格安だと思いますが……」


「ふざけるな!! 俺はS級の……、史上最年少で、史上最速で10位内にランキングされている天才!! 俺は神なんだ!! 未来が見えるんだ! 全てが思うがままになるんだ! 今までずっと!! 全部、お前が現れてからだ! お前が目の前に現れたから、俺は!!」


「……尊敬に値します。本当に……」


「さっさと寄越せ!! 転移石を……。今なら許してやる……」


 そう言って差し出された手は、


 プルプルプルッ……


 小刻みに震えている。



 ここまで虚勢を張れるなんて、本当に素晴らしい。嫌味ではなく、本当に尊敬の念すらあります。


 自分が招いた結果だと、一切思う事は無いのでしょうか……?


 つい先程、ボロボロと涙や鼻水を垂らし、挙げ句の果てに失禁したことなど忘れてしまっているのでしょうか?


 ふふふっ。自尊心はSSS級。

 文句なしのランキング1位ですね。


 わたくしは口元に手を当て、


「ふふふふっ……」


 堪えきれず笑みをこぼしてしまう。


「早く寄越せって言ってんだよ!!!」


 失ったはずの片腕の血はすっかりと止まっている。きっと、クレハ様に治癒されている事など、気がつきもしないのでしょう。



「うぅ……何やってたんだろ、あたし……。ごめん、ごめんね、ゴードン。カリム……。あたしがちゃんと言ってれば……」



 ずっと泣き続けていたクレハ様がポツリと呟く。

 やはり、クレハ様はアルマ様の力に関して知っている事があるのでしょう。


 『そうであれば』なおさら、死なせるわけにはいきませんね。

 

 

「……オ、オ、オメェのせいだ!!!!」


 ついには掴みかかってくるバカな男。


 あなたは、もう死ねばいいかと……?

 きっと素敵な夢が見れる事でしょう。

 ずっとお花畑の頭なのですから。


 わたくしはもう付き合いきれません。



 スッ……


 単純に横に躱し、結界の一部に穴を開ける。


「頑張って下さい。"ネロ様"。9位のあなたならば、きっとここから生きて帰れるでしょうね……?」



 トンッ……



 小さく呟き背中を押して差し上げる。



 グモォオオオオオ!!!!


 一目散にネロ様に駆け寄る「死神」。


 わたくしは【亜空間】から転移石をもう一つ取り出し、泣き崩れているクレハ様に握らせる。


「早く魔力を込めなさい」


「……うん」


 ポワァア……


 二つの転移石に魔力が流れ込む。


「《ノワール》……」


 近くの街の名を呼ぶと、魔法陣が足元浮かび上がる。

 


 光に包まれながら、結界の外を見つめる。



『グモォオオオオオ!!』



 グザッ!!


 ネロ様の両足が刈り飛ばされる。


「カハッ!! ァアァアァア!!!! うぁあああああ!!!!」


 

 悲痛の表情で絶叫する"哀れな男"。


 どうせなら、絶命する所までちゃんと見てあげたかったのですが、それはどうやら叶いそうにないようです。




  ※※※※※【SIDE:ネロ】



 片腕も無くなっている。

 両足も失った。


 なんでこんな事になったんだろう。

 なんで俺は"死ぬ"んだろう。


 ーー命拾いしたね。


 リーシャからの最後の言葉が蘇る。



 目の前で振り上げられた"死神"の大鎌が、


 スゥウウ……


 やっとスローモーションになった。


 

 ーー万が一、俺とはぐれちゃった時用に、面白い魔道具を見つけたぞ!!


 諦めた瞬間に、思い出す。


 『音を保存する』だけの魔道具。

 一度、再生すると壊れる伝令用の魔道具。


 全員に一つずつ、持たされていた『アルマの音』を閉じ込めたブレスレット型の魔道具。



 【パンドラの腕輪】。



 それが、唯一残った左腕に装備してある。


 「要らない」と言うゴードンたちからリーシャが奪い取り、両手に2つずつ装備してたから。


 俺とリーシャだけか……。なんて……。


 「デザインは悪くない」なんて言って。

 俺も装備したんだった……。



 スッ……



 パンドラの腕輪を口をつけ魔力を注ぐ。

 淡く発光したかと思えば、


『タンッタタタラタタンッ……!!』


 ピアノの音が響き始めた。


 腕輪からはポワポワと光の雪が舞う。


 振り下ろしてくる大鎌はその場に固定され、


 ドゴッ!! 


 死神本体は地面に平伏し、低音が響き渡る度に、牛の頭蓋はミシミシとヒビが入って行く。



「クソォ……クソがぁ……」



 左手にみなぎる全能感。

 戦闘時にいつも感じていた力が……。


「うぅ……クソ。クソォ……」


 涙がとめどなく流れていく。


 あり得ない。認めたくない。きっとこの魔道具には特殊な力が備わっているのだと考えたくなってしまうが、もう誤魔化す事はできそうにない。



 俺はスッと手を伸ばす。


 ガシッと牛の頭蓋を掴み、力を搾り出すと、


 バキバキバキバキッ……


 卵の殻のように簡単に潰れ、死神はピクリとも動かなくなった。



「ク、クソ、クソ……、クソォオー!!」



 もう身動きは取れないのに、流れ続ける「音」に全能感だけが残る。


「…………全員、死んじまえ。みんな、みんな……。アイツらも全員、死んじまえ」


 負け惜しみだ。

 どうせ、もう死ぬ。

 "あの無能"に感謝なんかしてたまるか。


「俺は……、俺は、間違えない……」

 

 そう呟き、目を閉じた。

 とても、とても、眠たかったから。



 ~~~~~



 ポワァア……



 死神が討伐された事で、地面には巨大な魔法陣が浮かび上がり、1人の"生物"が召喚された。



「んっ? この人間、まだ生きてる?」


 死にかけのネロを見つけた1人の少年とも少女とも見える子供は、ネロをクンクンと嗅ぎながら血塗れの顔をペロリと舐める。


「……アハッ!! 面白いっ! 我(われ)と《契約》してくれるかなぁ? "けいやく、あっ、けーやく、契約、でっきるかな?"……」


 子供は"契約のテーマ"の口ずさみながら、ネロの左手をガシッと掴む。



「ん? あれ? 臭っ!? 臭いぞ!! 君、臭いねぇ!! ……おしっこだぁ!! きっちゃなぁーい!! "おしっこ、おしっこ、汚いね"……」


 契約のテーマから"おしっこのテーマ"に変更された鼻歌。子供はネロをズルズルと引き摺りながら、



「《帰還(リターン)》!!」



 また巨大魔法陣を浮かべて去っていった。




  ***【あとがき】***


とりあえずの「ざまぁ」まで終わりました。

「音楽」との掛け合わせは盤石と思っておりましたが、私の作家力ではうまく消化出来なかったようです。大変、申し訳ない!!


ここまで読んで下さった皆様には多大な感謝を!

クラシックピアノは最高ですので、是非是非お聞きしてみて下さい。特にショパン、モーツァルト、ドビュッシー、ラヴェル、リスト!!


まぁでもピアノならショパンですね……。

1人でもクラシックピアノを聞いてみようかなと思って下さいましたら幸いです!


また、他作品で進めている「吸血鬼モノ」で1本、書きたいなと新作投稿してます。よろしければどうぞよろしくです!!


『【腰抜け魔王】と言われている吸血王である俺の前に現れたのは、『最弱勇者と欠陥聖女』と呼ばれる小娘たちだった』


かなり癖のある作品ですがw

よろしければご一読ください。

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【ピアノ弾き】の冒険者~「戦闘中にうるさいんだよ」と追放された、演奏で《バフ&デバフ》を操る自称『補助最強』の俺は、一緒に追放された笑わない女剣士を英雄にしてやろうと思う~ @raysilve

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