第9話 ◆アティ・ギル・クレンセン◆



   ◆◆◆【SIDE:アティ】




 ーー高級宿「ユートピア」



「ア、"アティ・ギル・クレンセン"?」

 

 両腕に女性を侍(はべ)らせている男性は、わたくしの名前を呟いてマヌケな顔を浮かべる。


「よく来てくれたな、"アティ"」


 わたくしを勧誘した"神童"は得意気に口角を吊り上げ、横の可愛らしい女性はポカンとして、開いた口が塞がらないよう。


 上半身が裸のムキムキで見るからに屈強そうな男性は口元にジョッキをつけたまま、ダラダラとエールを溢している。



 "先見の明"の拠点である高級宿「ユートピア」の一室。



 豪勢な食事に高級なお酒がテーブルには乱雑に置かれ、かなりの量の食事が残されている。



 この方たち。

 ……まるで品性というものがありませんね。食べたくても食べられない者たちの気持ちを考えた事があるのでしょうか……?



 初対面となる「先見の明」。

 その所感はかなり悪い。


 だからと言って、24歳にもなって0から冒険者をする時間はありませんし……、


「お初にお目にかかります。アティ・ギル・クレンセンと申します」


 わたくしは丁寧にお辞儀をした。

 "異端"と言えど、公爵令嬢の端くれ。

 せめてもの礼儀は必要でしょう。


「……す、すげぇ。公爵令嬢だぜ」


 ジョッキをテーブルにガンッと置き、わたくしを見つめて唖然としたのは"ゴードン・マジェイン様"。


 4大属性の魔術を受け流す事ができるスキル【魔法受流】。


 恵まれた体躯と身体能力で相手の攻撃を一手に引き受ける国内屈指の盾役(タンク)。


 個人ランキングは195位のA級だったと記憶している。


「え、あ、えっと……マジ……?」


 未だ女性を侍らせて困惑するのは、"カリム・フィリッツ様"。


 本来1つの属性しか授からない魔法スキルの中、【雷炎】と呼ばれる、雷魔法と炎魔法を操るスキルを与えられた魔導師。


 個人ランキングは212位のA級。



「な、なんであなた様が……?」


 顔を青くして曖昧に微笑んだのが、"クレハ・ラビンロー様"。


 世界でも珍しい【治癒魔法】のスキル。

 欠損までは治せないが、長々と詠唱を必要としない恩恵(スキル)の特性を活かす、「無時間の治癒師(ノータイム・ヒーラー」という異名を持つ98位のA級の冒険者。



 そして……、


「ククッ……そんなもの決まってるだろ? "アティ"が俺たちの新しいポーターになるんだよ」


 皆様の様子を愉快そうに笑っているのが、"ネロ・グリムード様"。


 史上最年少、並びに最速でランキング10位内に入り、S級冒険者となった、Sランクパーティーを率いる神童。


 不明点の多い【未来視】と呼ばれるスキルと、圧倒的な剣技を身につけている傑物。


 ネロ様の言葉に、ゴードン様は「ガハハッ」と豪快に笑い、カリム様は「え、いやいや、マジなんだ!?」と興奮しながら、隣の女性たちを帰らせている。


 クレハ様は引き攣った青い顔で曖昧に笑顔を浮かべ、ネロ様はわたくしを見つめたまま片側の口角を吊り上げたまま。


 わたくしは、男性方がはしゃぎ、クレハ様が困惑しているのをジッと見ていた。



 いま、最も勢いのある冒険者たち。


 ネロ様に至っては、"空席になっているランキング1位の席。その席に座る「勇者」となるのでは?"と噂されるほどの人。


 「先見の明」に関しても、"演奏家の冒険者が消えれば"、SSランクパーティーに昇格されるのも時間の問題と言われている。



 ……そう……言われている。


 

 そう……言われているのよね……?



 初めましての挨拶と共に展開した、わたくしのオリジナルの魔術闘力鑑定


 一人一人を確認したわたくしは、皆様の『Lv.』にひどく困惑している。

 

 

「まぁ、座ってくれよ、"副団長様"」



 女性たちが帰り、ネロ様に声をかけられたわたくしはハッと我に帰る。


「……おやめください、ネロ様。わたくしはもう魔法師団は抜けております」


「ククッ、しかし高貴な雰囲気っては生まれで決まっちまうらしいな」


「……?」


「とても平民には見えない」


「ふふっ、身分など堅苦しいものに縛られたくないものです。こらから仲間となるのですから、皆様にお気遣い頂く必要はございませんよ?」


 わたくしはまたお辞儀をして、まだ《闘力鑑定》の結果に混乱する頭のまま、平静を装って近くの椅子に腰掛けた。


「ほ、本物だよね? 本物の"アティ様"だよね?」


「ふふっ……。ええ。本物のアティにございますよ、カリム様」


「……あ、うん! それにしても、とっても綺麗だ!」


「お上手ですね。わたくしはもう24です。お若い皆様が眩しく見えます」


「いやいや、カリムの言う通りだ! まぁ、リーシャほどじゃねぇが、アンタ、かなりの美人だぜ!」


「ありがとうございます、ゴードン様。……少し気になっていたのですが、"リーシャ・レスティン様"と"アルマ・ウェルズ様"はおられないのですか?」


 わたくしの言葉に一瞬、ピンッと張り詰めた空気を察知するが、


「それがよぉ、聞いてくれよ! ネロのヤツがリーシャまで捨てちまって、俺はヤケ酒中ってわけよ!」


 ゴードン様はヘラヘラと酔っ払った様子でわたくしに顔を寄せてくる。


 わたくしは嫌悪感を抑えながら、ニッコリと笑顔を作って言葉の意味を咀嚼する。



 ……"捨てちまって"?


 リーシャ様は超加速の【瞬歩】のスキルと剣の腕も素晴らしい88位のA級冒険者だと記憶している。


 「捨てる」などあり得ない。

 ゴードン様の嘆いている様子は、その「あり得ない」を、ネロ様が行ったと言う事……?


 ……アルマ様は【ピアノ弾き】と呼ばれるスキルを持った「たまたま幼馴染が優秀だった、運がいいだけ」の2586位のD級冒険者。


 ……"リーシャまで"?

 つまりはアルマ様を「捨てる」事は、ゴードン様の中……、いえ、この場の皆様の総意と言う意味……?


 ……お2人はもうこのパーティーにはおられない……?


 表情に笑顔を貼り付けたまま、がっくりと肩を落とす。


 『もしかしたら』とネロ様の誘いを受けた。いや、でもどこかで確信していた。



 ーータン、タララン、タン、タララン



 『あの時』。

 わたくしが魔法師団、副団長として戦地から敗走していた時。


 どこかから聞こえた心地のよい音色。

 身体中に満ち満ちる活力と全能感。


 死地を救ってくれたピアノの音。

 姿も何も見えなかった。

 ピアノの音しか聞こえなかった。


 でも、アレは幻聴などではない。

 地を這い身動きが取れなくなった敵国の兵士たちは幻視ではなかった。


「そう……ですか……」


 わたくしが笑顔を貼り付けたまま、ポツリと呟くと、


「おい、デカブツ! さっさと離れろよ! このバカッ!」


 カリム様がゴードン様を突き飛ばし視界が開ける。



 パチッ……



「……どうかしたか?」


「……いえ。なにもありませんよ、ネロ様」


「ふっ、心配するな。"世界を見てまわりたい"んだろ? リーシャが居なくとも何も問題はない」


「……はい」


 ニッコリと作り笑いを浮かべる。


 アルマ様にお会いしてみたかった。

 あの時の"答え"が知りたかった。


 あのピアノの音がアルマ様によるものなのか、あのピアノの音にどのような効力があったのか知りたかった。


 ですが、仕方がありませんね。

 アルマ様は"ただの演奏家"だったのでしょう……。


 わたくしが経験したものがアルマ様によるものなのであれば、追放されるはずがないのだから……。



「いつから、俺のパーティーに?」


「一度、わたくしの力量を確認してから、決めて下されば……」


「……ふっ、それでいい。よろしく頼むぞ、アティ」


 ネロ様は手を差し出してくる。

 

「ふふっ……はい。ネロ様。…………《恩恵(スキル)鑑定》」


 ポワァ……


 わたくしは誰にも聞こえない声で魔術を展開し、両手でネロ様の手を包み込みながら浮かび上がる魔法陣を隠した。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


恩恵(スキル):【未来視】


《予知(プレディクション)》

3秒後の未来を視ることができる。


《天遅眼(テンチアイ)》

左眼の時間を引き伸ばし、景色をスローモーションにする。


△△△△△△△△△△



 なるほど。

 スキルは本物のようです。

 これで剣技の腕が噂通りであれば、確かに傑物ですね……。


 スッ……


 わたくしは手を離し、《恩恵鑑定》したことを悟られないように声を上げる。



「ネロ様。いつ頃、確認を行いますか?」


「あぁ、そうだな……。俺が爵位を得るまでにもまで時間がある。その前に一度、黒迷宮(ノワールダンジョン)で確認する事にする」


「いつ頃でしょうか?」


「……3日後だ。準備は頼んでいいか?」


「もちろんです。荷物はわたくしが揃えて置きますので」


「ふっ。"お荷物が減って"、お前のように優秀なヤツが来てくれた」


「……わたくしは、荷物をたくさん持つ事のできる、ただの補助魔術師ですよ」


 わたくしのスキルは【亜空間】。

 生物以外のものを亜空間に収納することことができるものだ。


 "確認が済めば"、荷物持ちの雑用としてこのパーティーにお世話になる事になる。


 「確認」。これはわたくしが行うものでもあるようだ。

 


「……楽しみだ。必ず上手くいく」


 ネロ様が口角を吊り上げると、


「ネロが言うなら間違いねぇ!」

「ネロも人が悪いよ! 王国一の補助魔術師が入るなら教えてくれればよかったのに!」

「……そ、そうね。ネロは間違えないもの」


 3人はネロ様への信頼を言葉にする。


「7日後には爵位授与の謁見が控えている。50階層まで踏破し、2日で王都に戻るぞ」


 わたくしは「余裕だ!」「楽勝だ」と騒ぐゴードン様とカリム様には目もくれず、1人浮かない表情のクレハ様を見つめていた。


 「噂通り」の実力ならば、何も問題はない。黒迷宮は50階層までなら、推奨ランクはBランクパーティーだったはず。


 ですが、2日? Sランクパーティーだとしてもそれは難しいのでは……? もう一度、"ミリア"に話を聞く必要があるようですね……。


 ですが……いえ……、そうですね。

 実際に行ってみればわかります。


 皆様の"Lv."の件も、「無時間の治癒師(ノータイムヒーラー」の異名を持つクレハ様の浮かない表情の件も……。


 

 わたくしはニッコリと作り笑いを浮かべながら、この場にいない『お2人』の事を考えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る