第10話 ポーターを探そう




   ◇◇◇◇◇



 ――中央都市「ユーベ」



 武器商人のオヤジは、ゴブリン共の残骸に顔を真っ青にして、それから俺たちの方を一切見ることなくユーベへと馬車を走らせた。


 パンパンに腫れた頬。

 真っ直ぐ前だけを見つめるオヤジ……。

 ……うん。かなり不憫だった。


 ゴブリンロードの魔石と牙、角も回収してるし、もう金には困っていないので、


「護衛料は半額でいいから慰謝料にでもしてくれ」


 と言ったが、オヤジは普通に全額払って風のように消えた。限られた数量をコンパクトに運べる魔鞄(マジックバック)[A]もくれるなんて、随分と太っ腹だ。


 ーーせっかくだし、ディナーは豪勢に行こうぜ!


 とりあえず腹ごしらえに目についた店に入ったが、リーシャは水浴び後からツンツンしてて困ったもんだ。



「おい。そろそろ機嫌直せよ」


 俺は肉汁したたる猪牛(イノウシ)のステーキをもぐもぐしながら声をかけるが、別に機嫌なんて放っておけば直るのもわかってる。


 ジュウゥウ……


 今はコイツの方が重要だ。


 ソースがグツグツした石焼のステーキ。

 香ばしい匂いに、完璧な焼き目。


 咀嚼のたびに肉汁が溢れて旨味が押し寄せてくる。コクのあるソースも絶妙にマッチしてて文句なしに美味い。


 ……さ、さすがは8000B(ベル)。


 ユーベは美食の街だ。

 全体的にかなり料金が高い。


 本来なら俺のようなボロボロの服では入店できないところだが、リーシャのSSSの顔面があれば余裕だ。


 護衛料はこれで無くなるが、せっかくだし美味いものでも食って英気を養いたいと、店に入ったんだが……、


 グザッ……


 リーシャは小さく切ったステーキにフォークを突き刺しては口に放り込んでいる。


「ふっ……、おーい、機嫌直せって」


「別に……。怒ってない」


「昔は一緒に風呂とか入ってただろ?」


「……お、怒ってないってば」


「あっ、そーですか……」


 顔を赤くしてぷんぷんのリーシャ。


「やれやれ……」


 早々に食事を終えた俺は深く息を吐きながら先程の光景を思い浮かべる。


 肌着がピッタリと張り付き、身体の線がくっきり。鍛えてるだけあって引き締まった腹筋だったが、女性らしい肉付きも同居していた。


 白色の下着の刺繍やフリル。

 少し濡れた銀髪に、じわりと潤んだ真紅の瞳。


 ……素晴らしくよかった。

 そのあと顔を真っ赤にしてたのもなんかよかった。後ろから聞こえてくる水をブクブクとする音も最高だった。


 ふっ……、一曲書けそうだ。


 俺だって健全な18歳。

 いくら妹みたいとはいえ、所詮は"妹みたい"。実の妹ってわけでもないし、いい女は普通に好きだ。


 まぁ、かといって、妹みたいなのは変わらない。


 食事が進むにつれ、徐々に眉間の皺がとれて行く姿に(単純なヤツだ……)と微笑ましくも思う。


 食事を終え、一杯、800B(ベル)の紅茶を一口啜ると、すっかりご機嫌な様子のリーシャに声をかける。


「さてさて、リーシャ。これから俺たちに必要なのはなんだと思う?」


「……パーティー名?」


「そんなもんはなんでもいい」


「じゃあ……、デザートかな?」


「バカか! いま手持ちの金はない。残金は……ちょっとだ! いちいち計算してない、めんどくさいし」


「うぅーん。じゃあ、なんだろ……?」


 リーシャはいつものキョトン顔で首を傾げるので、俺はまた深くため息を吐く。


 ……この美人さんめ。

 そんな顔してりゃ、生きて行けるんだから顔が良すぎるってのは犯罪にしてもいい。俺の顔がもっとイケメンだったら確実に人生は変わってたぞ。


 この食事もタダにならないかな……?


 ってか、美人で自衛できるヤツが世の中最強なんじゃ無いか……? 本来なら一生遊んで暮らせるだろ。この世はなんて理不尽なんだ……!! 


 ……って、そんな事はどうでもいい。


 質問しといてアレだが、リーシャから答えが出る気がしない。


「……ポーターだ! 荷物持ち兼生活魔法の使い手がいる!」


「……あっ。確かに火は必要……」


「ついでに水な! どんなにショボくてもいいから、その2つを使えるスキルか魔術が使えるポーターだ!」


「依頼にもよると思うけど……?」


「いや!! 俺たちの目的を果たすためには過酷な旅になる! これから、優秀な雑用を確保する!」


「……荷物は私が持つよ? アル兄がまた誤解されるのも嫌だし、私は2人でもいいと思う」


 リーシャはいつもの無表情で嬉しい事を言ってくれる。


 最近はあんまり喋って無かったが、なんだか昔に戻ったみたいで心がジュンッてする。


「ふっ、それはありがとう! だが、断る!」


「……?」


「お前は戦闘員だ。いつでも動けないといけない」


「……そうだね」


「俺はシンプルに荷物を持ちたく無い。火おこしの魔道具とか飲み水とか、回復薬(ポーション)類とか、馬鹿みたいに重たいんだ! 肩が痛くなって仕方ない!」


「……じゃあ、奴隷でも買いにいく?」


「それもアリだが、お前がいればゴリゴリマッショの力持ちをタダで確保できるはずだ!」


 俺の完璧な作戦に、リーシャは半目で嫌な顔をする。


「……ジトォーって見るのやめろ」


「……男は嫌」


「合理的に考えろ! ポーターは想像以上に重労働だ。なおかつ、生活魔法を使える力持ちがタダで手に入るんだぞ?」


「……ジロジロ見てくるんだもん」


「俺だってたまに見るだろ?」


「……他の人は四六時中見てくるの。それに……ア、アル兄はアル兄だから……」


 リーシャはそう呟くとフイッと視線を外して頬を染めるが、俺は「そんなわがままな子に育てた覚えはない!!」と叫びたい。育てたわけじゃないんだが……。


「はぁ~……」


 俺たちの旅は冗談抜きで過酷になる。


 俺が先生から譲って貰った"古代の楽譜"は、ダンジョンの最下層の隠しダンジョンで手にしたと聞いた。


 俺の手にした二曲も、"鬼島(キジマ)"の廃屋と「オーガの巣」から見つけたモノだ。


 どちらも生半可な旅でたどり着ける場所じゃない。つまり、他の楽譜(スコア)も危険区域にあると睨んでいる。



 一つ目の在処(ありか)はわかっているが、コレもかなり危険な旅になる。


 それに……、リーシャを「英雄」にしてやるんだ。こんなところでつまづいていられない。


 ゴブリンロードの魔石と牙、角も回収してるし、正直、奴隷も買えるが、奴隷を連れ歩いているヤツらは、なんか下品に見えるから俺もそうなりたくない。


 ……まっ、いいや! 

 考えるのめんどくせ!


 ゴブリンロードを売りにいけば、どうせリーシャ目当てのバカ共がワラワラ寄ってくるだろ!


 使えそうなヤツを確保して、適当に同行させればいい。はい、完璧!!


 リーシャには悪いが、もう荷物を持ちたくないんだ! ジロジロ見られるくらい我慢してくれ!



「……アル兄?」


 リーシャの声に顔を上げれば、また半目でジトーっと俺を見つめていた。


「と、とりあえず、金を作りにギルドに行くぞ」


「……ん、わかった」


 リーシャの返事と共に席を立つ。


 周りで食事をしていた男共も一斉に席を立ち、リーシャは少し眉間に皺を寄せた。


 顔が良すぎるのも考えものだな。

 犯罪にしてもいいって思ったのは無かったことにしてやろうと思った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る