第7話 vs.ゴブリンの群れ?



 ――クエントの森 



 目の前に浮かぶ鍵盤に俺は頬を緩めた。


 《二重奏(デュオ)》か……。

 とりわけ、センケンノメイでは6人……《六重奏(セクステット)》ばかりだったが、今は2人。


 《デバフ》には制限はないが、【ピアノ弾き】は10人までしか《バフ》をかけられないのも欠点の一つだろう。


 だが、局面を打開するのに人数は関係ない。圧倒的な1人の強者(ソリスト)が蹂躙を演出するなんて、ありふれた話だ。

 

 さてさて……どんな曲になるかな……。



 タンッ、タララララランッ!!



 始めに《調律(チューニング)》のスケールを展開する。


 先程までの音の違和感を感じるなんてものでなく、ちゃんとした《索敵》効果のある音だ。


 ポン、ポンポンポン……ポンッ!!


 反響を確認し、相手の位置や力量を即座に判断する。


 ゴブリンは21。

 少し強い個体……ホブゴブリンからジェネラルなどで32。そして、奥に強いのが1匹……。


 ゴブリンロード[A]か……?

 狡猾に王都周辺まで潜り込んで、好き勝手やってたんだろう。


 ちょうどいい。頑張って長持ちしろよ。


 久しぶりの演奏なんだ。

 すぐ終わるとまた泣いちゃうぞ。


 俺はリーシャに視線を向けるが、何やら唇を噛み締めて赤くなっている。


「……? リーシャ、多分ゴブリンロードがいるぞ。集中しろよ?」


「……ぅん」


「……ん? どうした?」


「楽しみ……」


「ハ……ハハッ、俺もだ!!」


 頬を緩めたまま鍵盤に手を乗せると……、


 シィーン……


 雑音が一瞬にして消える。


 スゥッ!


 俺は素早く鼻から息を吸い、鍵盤に指を沈めた。


 タンッ、タラランタララン!!


 《調律》で相手を確認してし続ける。


 タータラン、タータララー……


 リーシャへの《打撃補正》《防御力増強》《回避補正》《腕力強化》《敏捷強化》《身体保護》などなど……。


 左手は一定の三拍子で《身体麻痺》。

 もちろん、それだけじゃない。


 タンッ、タラン、タラン、タータララ!!


 リーシャの動きに合わせて、他の《バフ》を与え、《思考加速》《危機察知》《内部診断》を重ねて相手の魔力の流れを可視化。


 ゴブリンたちには身体の麻痺から《脚力低下》、《腕力低下》……とりあえずリーシャへのバフと対照的なものをプレゼントしていく。


 ……ゴブリンには有効かどうかは疑問だが《思考低下》。


 ここは音楽の美しさを優先。

 別にいいだろ? 美しさは正義だ。



 グザンッ、グザンッ、グザンッ!!



 三拍子の音に沿ってリーシャは規則的にゴブリンを屠って行く。俺は常にゴブリン共の位置を把握し続け、もう戦場を視認しない。



 ただ深く音に入って行く。



 ツゥーっとコメカミから汗が伝う。

 全身で音を表現し、細部まで音に没入する。


 装飾音符でバフを、突っ込みすぎるリーシャにもデバフを聴かせて危険を知らせる。


 さぁ、飛べ。舞え。歌え……!!

 これはお前の曲だ、リーシャ……!!



 グザングザンッ、グザン、グザンッ……



 戦場は俺の音に包まれる。

 3拍子のワルツ。

 踊るのは絶世の美女と悍ましい魔物。



 ブワッ……!!



 全身の毛が逆立つ。

 

「……ふっ、最っ高!!」


 タンッ、タララ、タララ……


 我慢の日々で得た、不協和音のレパートリーも。この自由の中で組み込む事で、また新しい俺のピアノに……!!



 頑張れ……、ゴブリン!!

 まだまだいけるだろ!?

 こんなんでヘバってんじゃない!!


 グザッ、グザッグザグザグザグザッ……


 クソ、弱すぎるだろ!!

 あぁ……、もう締めか……。



 グザンッグザンッ!!


 リーシャが首を斬り飛ばすと、ゴブリンロードへの道ができる。


 ……道ができてしまう。



『グギィィイイイ!!!!』



 逃走に入るゴブリンロードだが、左手で一気にスケールを駆け上がらせ、《脚力無効》のデバフを聞かせて跪ずかせる。



「《瞬歩(シュンポ)》、《狩首(カリクビ)》……」



 拓けた直線距離はリーシャの前では無力となる。



 スパーンッ……!! 


 首が飛んだゴブリンロードの顔は畏怖に満ちている。



 タタタタララララターンッ!!



 スケールを左手から右手に移行し、曲を結ぶ。


 最後のバフは《全能力向上》。



 リーシャは、まだ首が宙を舞っているゴブリンロードの胴体をドスドスドスッと高速で3度、刺突して魔石を砕く。



 ドスンッ!!!!


 スゥーッとピアノの音が消え、サァーッと風が木々を揺らす。



 プルプルプルプルッ……


 手が震えてる。


 ハハッ……久しぶりに本気で弾くとヤバイな。


 最近では、あのバカたちに不協和音でバフとデバフを聞かせて無理矢理バランスを取っていた。


 曲とも呼べないただの騒音。


 ――こんなの……俺の演奏じゃない。


 あの日、演奏家としてのプライドを捨てた、あの瞬間の絶望。


 ピアノへの後ろめたさ。


 忘れたわけじゃない。

 苦悩に満ちた我慢の日々を……。


 微かに震える手を見つめて、「ふっ」と笑みを溢す。


 走り込みは続けているのに、久しぶりすぎて《生演奏(ライブ)》の集中力が甘い。


 また俺は一から……。


「……ここからだ」


 止まっていた時間は動き出した。


 パチパチパチッ……


 聞き慣れない音にチラリとリーシャに視線を向ける。


 パチパチパチッ……


 無数の屍の上。

 瞳が弧を描いている。


 ……笑顔? え? あ、いや、はっ、拍手か……?


 リ、リーシャの笑顔……、いや、微笑み? え、あ……。いやいや、ハ、ハハッ……、マジかよ。


 リーシャの微笑むなんて何年ぶりだろう。ピアノの弾き終わりに拍手を貰うなんていつ以来だろう……。


 少なくとも成人してからのリーシャの笑顔なんて初めてだ。最後に拍手を貰ったのは、孤児院での"お別れ会"以来……?


 ふっ……。

 なんにせよ……、う、うまく育ったなぁ~。


 俺がニカッと笑顔を浮かべると、リーシャはいつもの表情に戻り、キョトンと首を傾げた。


 あら? 気のせい……?

 まあ、拍手だけでも、充分か!!


 久しぶりの"戦闘演奏"でテンションが上がりすぎて、見間違えただけか?と「ふっ」と笑った。

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