第6話 最高だなぁ〜



 ――ユーベ街道



 ガラガラガラッ……



 南門を抜けて「ユーベ街道」を進んでいる。


 リーシャのブーツと俺の手袋が手に入れば、行き先なんてどこでもよかったので、武器商人の馬車を選んだ。


 俺には耐水性が高い「黒蛙(ブラックフロッグ)の革手袋[C]」。リーシャは耐久性が高い「黒飛竜(ブラックワイバーン)のブーツ[A-]」を手に入れた。


「タン、ターン、タタンッタンタン」


 俺はご機嫌で鼻歌を歌いながら《試奏(トライアル)》する。


 《試奏》はバフもデバフも乗せないピアノの練習用。ただ単に音を楽しむだけの【ピアノ弾き】だ。


 リーシャにも聴かせてやってもいいんだが……、


「それにしても嬢ちゃん、本当に綺麗だなぁ!!」

「……」

「ブーツはどうだ? 今回、1番の目玉だったんだぜ?」

「……私たちは護衛だけするので……」

「え? あ、あぁ……」

「……」

「ちょ、ちょっとくらいいいじゃねぇか……」


 リーシャはご立腹の様子だ。

 俺に任せるって言ったんだから異論は認めない。


 どうせ、リーシャを客寄せに使って、勝手に護衛を申し出たのが気に入らなかったんだろうが、武器商人のオヤジの言葉もごもっとも。


 せっかくオークション会場に成り果てた馬車乗り場でリーシャとの旅路の権利を獲得したのに、会話すらロクに出来ないなんて割に合わない。


 リーシャも少しくらい愛想良くしてやればいいのに……。


「はぁーぁ~……」


 本当に可哀想だな、このオヤジ……。


 護衛の料金は、道中の食事代と2つの装備。あと、3万B(ベル)。


 正直、中央都市「ユーベ」までの護衛の料金としてはかなり割高だ。


 俺の頬は終始ニヤけっぱなしだった。


 中には「10万B出す!!」と言っていたヤツもいたくらいだが、装備が最優先だと判断して、この武器商人を選んだ。



 ガラガラガラッ……



「……あーぁ……、こんなの詐欺だぜ」


 この言葉を残してすっかり黙り込みながらも、チラチラとリーシャを確認するオヤジが不憫すぎて笑える。


 まっ、俺はとりあえずでも手袋ゲットできたし、ちゃんと護衛はしてやるつもりだから別にいいんだが。



「タンッ、ターンタンタン……ターランラー……」



 ガラガラガラッ……


 規則的な馬車の音を指針に、俺はかなりの上機嫌で音遊びに勤しむ。



 ポロン、タタンッターランッ……


 ……幸せだ。

 音が鮮明に聞こえる。


 ――うるさいんだよ、アルマ! 黙ってろ!!


 俺の鼻歌を静止してくるヤツもいない。……あぁ。もう! 本当にありがとう、ネロ!!


「ターン、タンッタラァタラァータンッ」


 ……静かだ。

 あのバカ共の下品な会話がない。

 それだけで、こんなにも音に集中できる。


 タンッ! タン、タァー……


 締めの音の余韻が消えていく。


 ……うん。あそこはもっと、タラランッてして、装飾音もつけた方が……。


 あそこは綺麗に音を抜いて、そのあとのp(ピアノ)。もっと強弱を……。ff(フォルテッシモ)を活かした方がいいか……?


 音遊びの中に使えそうなフレーズを見つけ、頭の中で楽譜に落とし込む。


 ブツブツと独り言を言いながら作曲しているのだ。



 戦闘時では基本的に即興演奏だが、リーシャに合った《バフ》のフレーズをレパートリーとして持っておく。


 そうする事で、戦闘の幅も広がるし、俺は曲作りを楽しめるし、まさにいいとこ尽くめた。


「アル兄……」


「ん? どうした?」


「私も聞きたい……」


「適当に運指(うんし)してるだけだぞ?」


「うん、いい……」


「あくまで仕事中だから、寝るなよ?」


「うん」


「んじゃ、適当にどっかに触れ」


「ん……」


 リーシャはピトッと俺の太ももに手を置き、スッと目を閉じる。俺は適当にポロン、タラン、と弾きながらフレーズを作っていく。


 昔は剣を振るのに疲れたリーシャがよくこうして俺のピアノを聞いてたし、なんか懐かしいな……。


 などと考えていると……、



 クワッ……!!!!



 尋常ではない視線を感じ、バッと確認する。


「……うっうぅ……!!」


 武器商人のオヤジがギリギリと歯軋りをしながら血涙していた。


 ハ、ハハッ……毒を盛られたらシャレにならん。腹は減ってるが、一緒に食事はしないほうがいいか……?


 俺は顔を引き攣らせて苦笑したが、スッと目を閉じて、すっかり暗譜(あんぷ)している曲の世界に没頭する。


 『ノクターン Op. 9, No.2』


 気に入らない音を繰り返し弾き直し、理想の音に近づけていく作業が楽しくて仕方ない。


 ターラァーン、タタタラタタターラン……


 もう何年も弾いているのに、完成しない事が楽しくて仕方がない。


 すっかり没入していると、コテンッとリーシャの頭が俺の肩に乗り、スゥ、スゥと可愛らしい寝息が聞こえてくる。


 ……全く。「寝るな」って言ったのに。

 ……じゃ、邪魔だ。激しく……。


 肩の動きを制限された俺は、一瞬起こそうかとも思ったが、


「まぁ仕方ないか……」


 ポツリと呟き、ポーンッと単音を弾き続けて音の違和感だけを探り、護衛の役割だけに切り替えた。



    ◇◇◇



 ガッ、ガタンッ!!



 馬車が大きく揺れると共に、


「ひ、ひぃいい!! た、助けてくれぇえ!!」


 オヤジの悲鳴が上がる。

 俺は「はぁ~……」と深く息を吐きながら苦笑し、肩で爆睡しているリーシャの太ももをポンポンッと叩いた。


「んっ……」


「……起きろ。仕事だぞ」


「……ん、うん……ごめん、アル兄。寝ちゃってた」


 目を擦りながら身体を起こしたリーシャは、少しボーッとしてから、またゆっくりと目を閉じそうになる。


 コイツが寝てるところを久しぶりに見たが、寝起きの悪さは相変わらずのようだ。


 スッ……


 俺は問答無用で綺麗な形の鼻を摘み、プルっとした唇もろとも口を塞ぐ。


 パチッ!!


 大きな瞳を更に見開いたリーシャは俺の腕をタップする。


「ふっ、はぁ、はぁ、はぁ」


 少し顔を赤くしてハァハァ言って涙目のリーシャ。


 お、おお……。


 思わず俺は息を呑む。


 昔からこうして起こしてやっていたし、こうすれば1発で起きるから……と思ったんだが……、


「んっ……お、起きた。ふぅ……ごめん」


「え、あ、ああ。寝るなって言ったろ?」


「……ん、ごめん」


 リーシャは顔を赤くして少し唇を噛み締める。俺の頭にはハァハァ言ってたリーシャが行ったり来たりしている。


 ……い、色気ヤッバ!!

 こ、こいつ。マジか! ちょっとドキっとしたわ!


 バァーカ!! リーシャのくせに!


 ちょいと動揺した。

 昔と変わってないなぁ~なんて、兄貴目線で微笑ましく思っていたが、そんなことはない。


 なんか、本当……、うまいこと育ったなぁ~……。


 すっかり起きたリーシャはキョトンと首を傾げてくるが、俺はスッと視線を外す。



「お、おーい!! さっさと助けてくれ! た、高い金払ってんだ!! 仕事しろぉ!!」



 オヤジが幌(ホロ)の中に飛び込んで来てリーシャに飛びつこうとしたが、リーシャは有無を言わさず、剣の鞘でオヤジの顔面を殴り飛ばした。


 ガシャんッ!!


 ピクピクと痙攣するオヤジはもう不憫で仕方ないが、同情の余地はない……。


 ここは街道から外れた森の中だ。


 おそらく、あのオヤジは俺を捨ててリーシャと2人きりになろうとしてたんだろうが、これは自業自得だ。


 まぁ、こんなことになるとは思っていたが……。


 ――こっちから行くと近道なんだよ!


 「道が違う」と指摘した時のオヤジの言葉を思い返し、何が"近道"だ、アホめ……などと悪態を吐いていた。


 まあ、別に道の指図は護衛の仕事ではないから仕方がないと思っていたし、戦闘……というより、ちゃんと演奏して試したいと思っていたのも事実。


 俺はふぅ~っと長く息を吐き、天幕を開ける。



 グギィイ! グギィイ! グギィイ!



 ゴブリン共は馬車を取り囲むようにグギグキ言っている。


 王都のギルドにあった『ゴブリンの群れの討伐』というCランクの依頼が脳裏によぎる。


 こんな王都付近の森に群れ……?

 なんかきな臭い依頼だな……。


 追放前に不思議に思ったのを覚えてる。


「リーシャ、気を抜くなよ。多分、ただの群れじゃないぞ」


「ん、大丈夫……。アル兄もいるし」


「んじゃ、行くぞ」


「うん」


 2人で天幕から出る。


 俺は馬車の乗り込み台に腰を下ろし、リーシャはカチャッと剣を抜いた。軽装備だが、凛とした立ち姿に銀髪がよく似合う。



『『グギィイ、グギィイ!!』』



 グザン、グザンッ……



 襲いかかってきた2匹のゴブリンをリーシャが斬り捨てる。返り血を浴びても眉一つ動かさない無表情。


 ふっ……、かっこよすぎて惚れちゃうわ。


 ……さてさて。久しぶりの「自由な演奏」だ。楽しませてくれよ、ゴブリンちゃん。


 俺はスッと真新しい手袋を外して姿勢を正す。



「《二重奏(デュオ)》……!」



 88の鍵盤を浮かべ、深く集中した。




 *****【あとがき】*****


次話は初戦闘ですね!

【ピアノ弾き】の戦闘をお楽しみに。

引き続きよろしくです!!


☆☆☆やコメントを原動力にして頑張るタイプの作者ですので、よろしければ応援お願い致します。


 

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