第5話 パンツ、売らないか?



   ◇◇◇◇◇


 ――王都



 ギルドを後にした俺たちは王都の裏路地を歩いて南門の出口へと足を進めている。


 先程の仕打ちを黙って見逃すはずがないのがネロだが、どうやら"わかってくれた"らしい。


 《重力操作》の音が消えると同時に飛び出して来たら、流石にクソミソにしてやろうかと裏路地から様子を伺っていたが、どうやら自分が大した事ないと理解してくれたようでなりよりだ。


 ……よし。もう大丈夫だな。

 "S級冒険者"なんだ。

 さっさと貴族にでもなって村に帰れば、一生、英雄として生きていけるだろ。


 『誰もが一目置く存在』


 その約束は果たしたって事だ。

 もう関係ないな。お疲れさん!!


 まぁ、それはよかったんだが……、


「おい。どこいった?!」

「こっちにはいねぇ! あっちは?」

「ふざけんな! どこ行ったんだよ、リーシャちゃーん!!」


 王都に長居はできないのはなかなか面倒だ。


 裏路地を進んでいるのは、リーシャを勧誘したい冒険者たちが俺たちの後を追ってゾロゾロと出てきたからだ。


 それにしても……、うぅ~ん……、


「……どうする?」


 俺は歩きながらリーシャに声をかけた。


 リーシャはトコトコと付いてくるだけで、何も意見を言ってこない。


 正直、金もないし、革手袋がなくて手が剥き出しで落ち着かないし、腹も減ったし……。


 俺的には、「自由になれる」って飛び出して、「リーシャも追放ならラッキーっ!」なんて声をかけただけだ。


 俺はインスピレーションに従って生きている。とどのつまり、プランなんてものはない。


 引き攣った顔でリーシャに声をかけたが、リーシャはキョトンとして、考えるように小首を傾げたまま……。


 コイツはどこか抜けているところがある。


 「バカ」というより、「抜けてる」。


 ペタッペタッ……


 多分、自分が裸足だという事も忘れてる。


「……"アル兄"に任せる」


「……"アル兄"はやめろっ! ってか、さすがに裸足はやばくないか?」


「……別に?」


「……そっか。ってダメだろ! ……あぁ。お前も金持ってないんだったな」


「うん……」


「なんか売りに行くか!」


「服を売るの?」


「ああ、装備は置いて来たしな。上半身が素っ裸になっても手袋は欲しい」


「……そのボロボロの服を売るの?」


 リーシャは首を傾げて、何やら辛辣。


 だが、俺のボロ布を繋ぎ合わせたような服が金にならないのは確かだし、裸に手袋だけなんて変態プレイも目立ちすぎる……。


 リーシャもかなりの軽装だ。

 「コイツの服」ってだけでかなりの値がつくだろうが、脱いだら男どもが集まりすぎて大変か……。


 できれば、すぐにでも金が欲しいなぁ。

 ……なかなかの大金が。



 ピアニストの手は守られて然るべき!! 早く手袋を手に入れないと落ち着かん!


 あぁ~……こんな事なら、やっぱりアイツらに渡すんじゃなかった……。テンション上がりすぎてやっちまったな。



 思考を繰り広げる俺をリーシャが首を傾げて見つめてくるが、俺は「ん?」と妙案を思いつく。


 リーシャはかなりの美女だ。

 街を歩けば男どもが二度見するくらい。


 綺麗な長い銀髪に透き通った真紅の瞳。


 出るとこは出てるし、引っ込むところは引っ込んでる。昔から可愛いらしい容姿ではあったが、成人して女らしい身体になってからはもう女神級だ。


「ハハッ……」


 更にニヤリと口角を吊り上げると、リーシャは警戒するように目を細める。


「……どうしたの?」


「……リーシャ」


「なに?」


「パンツ、売らないか?」


「……!?」


「大丈夫だ! 村を出て色々旅してきたが、お前はかなりの美女だ!! お前のパンツなら、かなりの値がつくっ!!」


「……や、やだよ」


「ぶっちゃけ、パンツなんか履いてても、履いてなくてもわからなくない……?」


「……」


「……ジトォーって見るのやめて」


「……見てない」


「半目でジトォーってやめて!」


「……パン、し、下着は売らないから」


「……はぃ」


 相変わらず、表情がわかりづらいヤツだが、コレは普通にドン引きしている。


 大人になったコイツが、ニコニコと笑顔を浮かべてるとこなんて想像も出来ないが、完璧に無表情ってわけでもない。


 小さい時から一緒にいれば、多少の機微はわかるもんだし、嫌な顔は上手に作りやがる。


 「任せる」って言ったくせに、わがままなヤツだな、全く……。


 

「はぁ~……どうするかな~……」


「……任せるけど」


「じゃあ、パン、」


「それはやだ。……宿に荷物を取りに行けばいいんじゃない?」


「いや、冒険者たちが宿に押しかけてるだろうし、ネロたちと会ったらめんどうだ。普通に無力化しちゃったからな。わかってくれたとは思うが、付きまとわれるのも面倒だ」


「……斬っちゃえば? アル兄と私。2人いればどうにでもなるんじゃない?」


 リーシャは無表情で首を傾げる。


 お、恐ろしい子ッ!!

 って……そうだな。それも仕方ない……って、いやいや、よく考えたら王都のど真ん中じゃん!

 

 その前に……、


「……"アル兄"やめろ」


「2人だから別に……。こっちの方が慣れてるし」


「はぁ~……人前ではやめろよ?」


「なんで?」


 リーシャは首を傾げるが、よく言えたもんだ。



 ――え? 兄ちゃんなのに、その顔?

 ――……え、あ、そ、そ、そう……。

 ――ま、まぁ、そういう事もあるわな。



 無邪気な子供には顔面を馬鹿にされ、大人の女どもには憐れみの目を向けられ、大人の男どもには肩をポンポンって励まされる気持ちが、お前にわかるのか!?


「な、なんでもだ、"バカリーシャ"!」


「……意地……、"イジワルマ"」


「ハ……ハハッ! 懐かしいな、それ」


「……別に」


 リーシャはそう呟いてトコトコと前を歩くが、少し恥ずかしくなったのか耳が少し赤くなっている。


 ――イジワルマッ!!


 孤児院で過ごしてる頃、ピアノの練習に向かう俺の後を付いてくるリーシャに「邪魔だ」とあしらっていた時、「意地悪」と「アルマ」をかけてリーシャが作った言葉だ。



 トコットコッ、ペタッペタッ……



 思えば、こうしてリーシャと2人で肩を並べて歩くのは随分と久しぶりだ。


 先見の明(センケンノメイ)では、ネロやゴードン、カリムがリーシャに張り付いていたし、俺も我慢の連続でイライラしまくっていたから……。


 ……こんな何気ない一言に自由を実感するとはなぁ。


 俺はリーシャを見つめるが、リーシャはまだ警戒しているようで、少し眉間に皺を寄せてフルフルと首を振る。


 「絶世の美女のパンツを売る」という一瞬で装備が整えられる合理的な答えは承諾してくれなかったが、今こうして一緒に歩いてるんだ。


 ……ん? ってか……、


「リーシャ。本当に俺と来てよかったのか? お前ならどんなパーティーでもやってけるだろ?」


「アル兄と一緒がいい……」


「……ふっ、兄離れしろよ」


「そんなんじゃない。私、アル兄のピアノが好きだから」


「……お、おぉ。……そっか」


 なんともむず痒い事を言ってくれるもんだ。……まぁ、悪くない! 控えめに言ってかなり照れる。


 昔から1番、俺のピアノを聞いているリーシャでも、「ピアノを好き」と言われるのは初めてだ。


「……私はアル兄が居ればいい」


「ふっ……、プロポーズかよ、バカ」


「そ、そんなんじゃ」


「まぁ、ゆっくりいこーぜ」


「ぅん……」


 リーシャはみるみる顔を赤くする。


 コイツが俺を異性として見てないのはわかってる。俺も妹みたいに思ってるし、自分の人間性が破綻してるのも自覚しているつもりだ。


 ほんのりだった耳は真っ赤。

 俺は「ふっ」と一つ笑い、頭をポンッと撫でると、先を歩き始めた。


 とりあえず、リーシャの裸足と俺の「手全裸」を解消さえすれば、すぐに依頼をこなし金を手にする事は簡単なんだ。



 別にゆっくりでも……、


 ガラガラガラッ……


「荷物確認、完了だ!」

「"ルーベ"行き、出ますよー!」

「"ドグミール"行き、空きが出たよ~!」


 裏路地を抜けると、目の前には馬車の群れ。商業用馬車や乗客用馬車など、無数の馬車が目の前に現れる。


「ハハッ……こりゃ、いい……」


 またまた妙案を思いついた俺はニヤァと口角を吊り上げると、


「おぉーーい!! 誰か!! 護衛は要らないか!? 俺たちは"Sランクパーティー"の冒険者だ!!」


 すかさず大声を上げた。


 まだギルドでパーティー編成を申請しているわけじゃないだろ?


 チラリと冒険者カードを確認し、


『Sランクパーティー"先見の明(センケンノメイ)"』


 表記を確認。俺は嘘は言ってない。

 俺個人の冒険者ランキング、2586位は手で隠せばいい。


 まぁ……、そもそも……そんなもんは必要ないんだよ!! ハハハハッ!!


 周囲の人たちは俺たちに視線を向けるとピシッと固まり、ポカンと口を開ける。


「……て、天使……」

「……お、俺を護衛してくれ!」

「バッ、カ!! 俺だ! 言い値を払う」

「わ、私を護衛してくれ!!」


 声を上げ始めた商人や乗客たちに俺はニヤァと口角を吊り上げた。



 ジトォー……



 リーシャからの視線は気づかないフリをした。




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