第4話 ◆屈辱と決意◆



   ◆◆◆【SIDE:ネロ】



 ――王都「冒険者ギルド」



 クソッ、クソッ、クソォオ!!

 待て! 待てよ、クソが!

 なんだよ、これ!! ふざけるな!


 スゥー……


 耳に残る不快な音が消えた瞬間、一気に身体が軽くなる。


 こんな屈辱は生まれて初めてだ。

 簡単に許されるものじゃない。

 こんなことはあってはならないんだ。


「……絶対に許さない」


 俺は即座に駆け出そうとしたが、


 ガシッ……


 クレハに腕を掴まれる。


「ネロ? もういいじゃない。邪魔者は消えたわ。お荷物が減って、あたしたちはもっと高みに行けるのよ?」


 頬を染め、ニヤリと口角を吊り上げるクレハ。俺はその恍惚とした表情を睨みつける。


「ふざけるな。アルマのヤロウにわからせてやらねぇといけねぇ……」


「放っておきなさいよ」


「俺に指図するんじゃねぇ」


「別にそんなんじゃ……。アルマたち、これからも冒険者を続けるんでしょ? あたしらがいないんじゃ、どうせ勝手に死んじゃうでしょ?」


「……いや、リーシャがいりゃ、」


 俺はここで言葉を止めた。


 アイツはこのパーティーで俺の次に"使える"。


 立場をはっきりと理解させ、"俺のモノ"にするつもりで追放を宣言したんだ。


「……"リーシャが居れば"……? なに?」


 クレハは探るような視線を向けてくるが、俺は眉間に皺を寄せる。


 俺は間違えない。

 俺には未来が見えるんだ。


 ……間違えるはずがない。

 これまでもずっと間違えなかった。

 

 言葉の通じない魔物共すら、俺に平伏して首を差し出してくるんだ。


 ……俺は最強だ。

 俺のスキルは【未来視】なんて単純な物じゃない。全てを思いがままに操る《皇帝両眼(エンペラーアイズ)》。

 

 それなのに、あのクソ女……。


 ーー命拾いしたね。


 去り際、アルマの背中を追いかける前、クスッと俺を嘲(あざけ)って笑いやがった。


 今まで一度も見たことのない笑顔。

 初めて見たリーシャの笑顔は俺を憐れみ、嘲笑するものだった。


 スキルを発動させていた俺は、それを2度も見てしまった。スキルを発動させてもなお、俺は動けなかった。


 ーーそりゃこっちのセリフだ、バカ。


 "不可解"なふざけた言葉。

 コレは、いつもの戯言のはず。


 あのムカつく見透かしたような眼も、呆れたような嘲笑も、アルマであればいつもの事だ。


 めんどくさそうに、退屈そうに……。


 アイツら……だけ。

 この俺を認めないのは、いつだってあの2人だけ……。


「ネロ?」


 また言葉をかけてくるクレハにイラッとすると同時に、首元をガシッと掴み上げる。


「カハッ……、ネ、ロ……はッ、な」


「……お前、少し黙れ」


 クレハの瞳に恐怖が滲むと、


「何してんだよ、ネロ!」

「ちょ、ちょっと、何してんのさ!」


 ゴードンとカリムが駆け寄ってくるが、


 ズズッ……


 スキルを発動させ、威圧を込めて視線を向けるとビクッと身体を震わせて硬直した。


 そうだ。それでいい……。

 このマヌケヅラが正しい反応なんだ。

 俺は間違っちゃいない。


 大多数のザコ冒険者どもは、リーシャを手に入れようとギルドを後にした。残ったヤツらは不思議そうに首を傾げて俺たちを見つめている。



 さっき何が起こったのか?

 なぜ、俺はさっき動けなかったのか?



 ーーダァーンッ……!!


 余韻が消えても、まだ耳に残る不快な音に頭の血管がブチ切れそうになっている。


 認められない現実に気がおかしくなりそうだ。


 いけ好かないヤツだ。

 昔から。本当に……。


 いつも、いつも、いつも!! 

 馬鹿みたいに"手遊び"をして、俺たちになんか眼中にないみたいに。


 ーーなぁ、冒険者にならないか?


 いくら強がっていようが、結局は俺を頼る事しかできなかったくせに……。


 ーー俺は補助しかしない。お前が羨望の眼差しを浴びるんだ。


 なにもできないくせに、上から目線でダラダラと……。


 ーーしっかり聞けよ! 『音』を意識してくれなきゃ効果が薄れるだろ!!


 うるさい、うるさい、うるさい……。


 ずっと耳元でハエが飛んでいた。

 うるさくて仕方がない。


 だが、苦しそうに"手遊び"するアイツだけは好きになれそうだった。


 いつもキラキラしていたアイツの青い瞳から徐々に光が消えていくのは愉快で仕方がなかった。


 そして、今日、トドメを刺した……はずだった。


 全てを失い、もう何もできない。

 涙ながらに「捨てないでくれ」と泣き叫ぶところを楽しみにしてたんだ。


 リーシャの目も覚めると思った。

 惨めでイカれてて、無能で大バカで。


 その姿を見れば、いつもアルマを見つめているリーシャが正気になると……。


「それなのに……、アイツら……」


 ググッ……


 クレハの首を持つ手に力が入る。


「カハッ、あっ、ぁあっ、くっ……」


 もがくように俺の手を引っ掻くクレハにハッと我に帰り手を離す。


 ドサッ……


「ゴホッ、ゴホッ、ハァ、ハハァッ」


 盛大にむせかえるクレハをカリムが背中をさすって落ち着かせている。



「ネロ、お前。さっきから、何してんだよ!! なんで俺たちの動きを拘束した? アルマたちに使おうとしてミスしたのか? らしくねぇ!!」



 ゴードンの言葉に、冒険者たちがざわざわとし始める。


「な、なんだ、ネロがミスしたのかよ」

「ハ、ハハッ……、え、"演奏家"がなにかしたのかと思ったぜ」

「ネロのスキルの暴発かよ」

「あの"腰巾着"がすげぇのか?って焦ったぜ」


 この場の者たちの言動の全てが、俺の神経を逆撫でする。


 俺は間違えない。

 間違えるはずがない。


 ーー止まれ、止まれ! 止まれよ、クソッ!!


 俺は"あの2人"の足を止めようとしてたんだ。


 それなのに、不快な音の余韻が消えなくて、身動き一つ取れな……いや、そうか……。


「おい、ネロ! 何、笑ってんだよ!? 何でクレハの首を絞めてんだ? なんで、リーシャまで追放してんだよ!!」


「わめくなよ、ゴードン。……ククッ、そういうことか……」


「……はっ? 何、言って、」


「大丈夫だ。俺がどうかしてた。心配するなよ。俺がいりゃ全て問題ない。リーシャなんか居なくてもな」


「えっ、あぁ。……まぁ、"未来が見える"お前が言うなら仕方ねぇけどよ。理由くらいは教えてくれよ」


 ゴードンの質問に答える事なく、クレハに手を差し出す。


「悪かったな、クレハ」


「……ネロ」


 クレハは震える手で俺の手を取り、微かに頬を赤く染める。


 「不可解な追放劇」も、正体がわかればやる事はもう単純だ。


 そりゃそうだ。

 アイツに力なんかない。

 つまり、"俺の力"を利用しやがったんだ。


 あの音は唯一の"防衛手段"なんだな?

 

 おかしいと思ってた。

 誰も守るわけないのに、アイツはいつも無傷。必死にあの音をかき鳴らすはずだ……。


 ーーコレが俺の宝だ!!


 あの楽譜(スコア)だ。


 いつも大事そうにしてた紙切れ。

 アレは魔道具の一種で、特定の音を鳴らせば《反射》のような効力を得られるんだろう。


 俺はゆっくりと歩き出した。


「……代償は高くつくぞ、アルマ」


 お前、必死になって"強くなろう"としてるんだろう? じゃあ俺は……、その希望を摘んでやる。


 貴族になれば人脈も権力も手に入る。

 俺が全て見つけて、全て燃やしてやる。


 どうせ、今のうちに必死に王都から逃げてんだろ? リーシャが《瞬歩》で逃げているとしたら、捕まえるのは困難だ。


 アイツらを絶望させるのは「次」だ。


 次は油断しねぇ……。

 大事な、大事な、お前の両手を斬り落としてやるよ……。


「……俺に逆らえば……、『神』に逆らえば神罰が降るんだよ」


 ポツリと呟いて、ギルドの扉に手をかける。


「ネ、ネロ! ちょっと待てよ! 一度、宿に戻んのか?」


 ゴードンの声に、アルマを追放した後のための雑用……、"完璧な雑用"と会う約束をしていたのを思い出す。


 ガチャ……


 慌てて後を追いかけてくるゴードンたちの声を無視して、深く、長く息を吐く。


 見上げた空は雲一つない快晴だった。

 俺が間違っていない事の証明のような気がしていた。



 *****【あとがき】*****


早速のコメント、心から感謝!!

本当に励みになります!! 頑張れます!


「ぷぷぷっ」

「いやいや、間違えまくっとるw」

「更なるざまぁ、待ってる!」


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