偽り=真実②
今の今まで潤滑に周り続けた思考回路が突発的な乱入者の介入により容赦無く本能に切り替わった事で予測していた思想とは大きく異なる結果を生んだ。
ほんの数時間前に殺したはずのシャルフ・リベリエルダは二人を家屋の天辺から見下ろしていた。
満月を背景にしてる分、逆光で見えにくいがそれは一般論であり、宿命の眼の前では意味を成さない。
「どういう意味ですか?」
「意味など無用!もう一度葬ればいいだけよ」
幼さゆえに目的よりも探究心が優先してしまうシキに対して、跳躍力のみで蝶のように舞い、一瞬でシャルフの頭上に移動し蹴りを見舞う。
対象の存在を知ってか、受ける事はせず、数歩下がるのみでいなしては反撃をするわけでもなくただ微笑んでみせた。
不気味にも余裕にも見えるその姿勢に母、シホは苛立ちを覚える。
「【疾風ノ巫女】」
拳を崩して掌に戻し、空気を両手に集束させては圧縮された風の籠手を身に纏い近距離戦闘に持ち込む。
一手一手が凄まじい速度で打ち込まれ、空を斬る度につんざく風切り音が聴覚を刺激する。
防戦一方の相手に対して攻め立てるシホの表情は変わらず曇っている。
空を斬り続けるということは一発どころか擦り傷すら負わせられていないという事。
連打の応酬を全て回避される屈辱にシホは冷静さを維持する事が困難になりつつある。
『虚勢もいいが、アンタじゃ俺はやれない。分かってんだろ?自分でも』
「黙れ!!」
煽りではなく断言された事でシホの怒りの感情にスイッチが入る。
だが、呼吸は荒く、先程までのスピード感はもはや皆無。
著しい体力の低下をシャルフは見て取る。
そして甘い手刀を見計らって手首を掴み、攻勢を完全に停止させた。
『"巫女の系譜"のセオリーを破ってまで決着をつける理由があるとは思えない。判断を誤ったな』
「私に殺されていれば、楽に死ねたものを」
自由を奪われながらも止まる事を知らない発汗と動悸に苛まれながら悪態を吐き、弱々しい輝きを秘めた瞳で睨み付ける。
意味深な言い回しを不可思議に思うシャルフ。
理由を聞こうと捻る腕に力を込め、吊し上げようとした時、魂に直接訴えかけられるような妙な感覚を感じ取って力を緩める。
「懸命な判断です。それよりも、先程の真意をお聞かせくださると幸いです」
母の窮地を救いたい一心とは程遠い思いを吐露するシキ。
「如何なる珍妙な術を使っていたとしても僕の眼はごまかせません。魂の印まで見ているのに一体何故?」
『無償で正解を教えてやる程、俺は甘くない。先の話を聞きたいというならそれ相応の対価をよこすか、力ずくでこいよ」
「残念です。では」
問答の末、シホを解放すると同時に腰に差す得物に手を掛けた。
だが、それはある意味で驚愕に変わり、シャルフの心が少なからず乱されることになる。
「お母さんをーーー献上します」
『な、に?』
「あ、聞こえなかったですか?お母さんを」
無情なる選択。
何ら悪気も感じられず、表情にも悲壮や決心などは微塵も感じられない。
ただ放った言葉には何の迷いもなく、まるで物品を売り払うかのように殺伐としてた。
その行いがシャルフの逆鱗に触れる。
「"戯れを興じて狂乱の舞踊を現世に導きたもう。さすれば十界に汝の名声轟かせ、諸国漫遊の願い叶えすべる"」
鞘ごと剣を腰から外し、口上と共に正面の地に向けて二度当てる。
唐突に溢れ出す漆黒の液体が尋常ならざる速度で外壁を形成、半円形のドーム状を構築し、シキと自身を含めて覆い囲う。
シホは対象に含まれず、蚊帳の外でその光景を目の当たりにする他無く、二人を包んだ漆黒の球が縮小してその場から消失したのを最後に意識が途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます