偽り=真実①
《ドレイファール公国・城壁近隣路地》
約半日間。
とめどなく降り注いだ雨が嘘のように、空には妖艶に輝くお月様と星々が呼応し合い、雲一つない夜空が広がる。
夜独特の静かさがあり、街灯の明かりや意識朦朧とする酔っ払い、自由極まりない小動物が徘徊するどこにでもありうる至って平凡な街並みがある。
「はぁ、はぁ、はぁ」
だが、それは一般的に見える光景なだけで、暗がりで見えない場所もそうであるとは限らない。
「くっ、ゲホゲホっ」
「どうして、どうして理解出来ない!シキ!!」
静かさとは裏腹に、熱気が立ち込める場所がある。
感情的振る舞いと言えば誰にでもありえる事象だが、圧倒的な暴力と感情だけが支配する光景は見るに堪えない。
怒りで心が満たされ、つんざくような声音が鼓膜に響いては思考回路が絶たれるような痛みが頭部から走る。
「あれほど眼を多用するなと教えたはずだ!国家においては異物を捉える実力者や精鋭がごまんといると、何度も何度も言いつけてあるというよう貴様は!!」
「ご、ごめ、んな、さい、おか、あさん」
白髪を鷲掴みにする力に加減はない。感情と声の後に無慈悲な暴力だけが続き、決して親子と認識出来る範囲を大きく上回った行動に白髪の少年ーーシキはただただ謝る事しか出来ない。
「ただ殺せばいいだけ!そこに思想や感情は必要無い!アンタはただ命令に従ってればいい!!」
「は・・い」
「ハイエルフの姫がアンタとどうだったとか、世界の秩序がどうとか私には関係ない!排除しなければならない対象を見つけて殺す。ただそれだけで相応の対価が手に入って一緒に幸せになれるのよ」
掴む手の力は緩まり、拳は掌となって一方的な愛情表現へとシフトする。
怒りで流した涙は感極まったような温かいものに変わり、汚い物を見ていた瞳は我が子を愛する瞳に変わる。
ずぶ濡れで、泥まみれになった我が子を必死に抱きしめた際、外套のフードが外れる。
親子というよりは姉弟に近い瓜二つの顔があり、その様は双子と言われても何ら疑いも持たないようなそっくりだった。
「二人で誰の所有物でもない世界に行くんだって、約束したでしょ?」
「うん」
「だからむやみやたらと力を使ってはダメなの。解放すれば精霊は必ず気付いてしまう。精霊が気づけばどうなるかは分かるでしょ?」
「術者に察知される要因を作ってしまいます」
「そう。貴方は頭の良い子。言い付けに背いたのは心の問題なの」
「ごめんなさい」
気づけば冷静で、我が子を抱きしめては同じ夜空を眺めながら語り、今回の反省点を叱咤するのに怒りは消え去っていた。
綺麗な夜空がそうさせたのか?
否。これは我が子を溺愛する典型的なヒステリックのパターンである。
感情を抑制するタガが外れると暴走状態となり、感情有無以前に心の安堵を優先しなくては行けないという傾向に走ってしまう。
故に、子を罵倒して暴力に支配された結果、その反動で逆の行いをしなくてならないという固定概念に満たされ同じ事を繰り返させてしまう。
異常過ぎる躾の裏側にある答えは、自に潜む不安や焦燥なのだと本人は気付いていない。
そこを理解できるのは唯一無二の子、シキだけなのだから。
「そうだ。シキ、今回の標的はどうだった?」
「単独行動というのが利点だったようです。何の抵抗もなく、あまりにアッサリと結果が付いてきたので少々驚いています」
心に安定を取り戻した母は標的・・・
シャルフ・リベリエルダについての話を始める。
シキにとって、滑稽にも英雄と言われるような人物ではなかったと淡々と述べる。
現に、何の抵抗にも合わず、会話すらままならない状態で事なきを得たのだからそう思うしかなかった。
仮にも魔族の将軍を討ち取り、厳重体制の敷かれるハイエルフの里から姫君を連れ去るような実力者ならそう易々と事は運ばないという思考も配慮していた。
だが、思いとは裏腹の結果はシキの心を満たしてはいなかった。
「・・・まさか、ね」
「お母さん?」
思考。
母はシキの鋭敏な感覚を考慮するなり眼を閉じて考え始める。
「影法師」
「え?」
「シャルフ・リベリエルダの通り名よ。まがりなりにも通り名のある英雄は名声も高ければ、実力も伴っているの。それを考慮したとしても"天ノ翠星"が誤認するなんて絶対にないわ」
シキ同様に、思慮深い思考の持ち主。
子は親の背中を見て育つという言葉があるように、我が子に負けずと劣らない鋭敏な感覚と豊富な情報量を武器に正統な推測を導き始める。
「影武者だったって事でしょうか?」
「いえ、姿形をどんな面妖で偽ったとしても私達の眼は偽らない。それは貴方も分かってるはずよ?」
「ではやはり当人で間違いないーーー」
『半分正解で半分不正解と言った所だな』
唐突に会話に介入する声に二人は咄嗟に反応すると同時に瞳に輝きが籠る。
防衛本能というのか、自身が発動の要因ではなく、身体が勝手に反応する。
環境の変化に鋭敏な体質ゆえ、危機感を魂が感じたと言えば分かりやすいだろう。
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