誓約のタイラント〜白き子の宿命は英雄を屠り、蹂躙する事〜
@waon2910
英雄=怪物
その日。
ド・レイファール公国に雷を伴った豪雨が降り注いだ。
枯渇しかけていた水不足問題、地脈の渇水化の現状を潤すにはまさに神の恵みだと民衆は思い、喜びを分かち合った。
国を納める人やそれらに仕える兵士も長年の問題を解決出来た事への安堵から警備が手薄になっていた。
まさか、恵みだと認識していた事が、災いを引き込んでしまったなど誰も予測出来る事ではなかったから。
「シャルフ・リベリエルダさんでお間違いありませんか?」
土砂降りに見舞われる一本のレンガ通りを歩いていた男、シャルフは雨音の中でもハッキリと聴覚を刺激する声が後ろからした事に気付き、振り返る。
だが、そこに人の存在はない。いや、ないのではなく視界に入ってないが正しい。
あまりに身長差がありすぎる故、見えていない。
「お手を煩わせてしまって申し訳ありませんが、こちらです」
少しでも雨を凌ごうと着込んでいる荒んだ外套から伸びる白い肌が露出すると、そこで初めて声の主の存在を明確に捉えられた。
シャルフは同じ高さになるように中腰になって、差していた傘を降り注ぐ雨水から防ぐように入れる。
「君、迷子かい?」
咄嗟に出た言葉は優しさと心配に満ちた声音で、警戒心などは微塵も無く、ただかわいそうな子供という認識で接している。
「迷子・・・フフフ。そうなのかもしれません」
「ん?」
雨音に遮られるわけではない透き通る声が聴覚を刺激する度にシャルフは少しの違和感を覚える。
だが、何の違和感なのかを明確にする事が出来ないのもまた然り。
「もう一度お訪ねします。シャルフ・リベリエルダさんでお間違いありませんか?」
「いかにも。私はシャルフ・リベリエルダ少尉だ」
問答の末、得られた回答が不明確から確信に変わった瞬間。
少年はフードを無造作に取り、顔を上げた。
混じり気のない白髪と翡翠色の双眸、白すぎる顔面から溢れ出んばかりの妖笑でシャルフと視線を合わせた。
「よかった。人違いで葬るといっぱい怒られるから、貴方がシャルフさんで本当によかったです」
刹那。荒んだ外套の袖口から突出した鎖がシャルフの首元に巻き付き頸動脈ごと一気に締め上げる。
咄嗟の事に何の反応も出来ないでいるシャルフは呼吸器の全体を封じられて必死に手でもがく事しか出来ない。
声をあげようにも出るのは呻きや喘鳴ばかりで、言葉の有無や身体にかかる制限は叶わない。
「貴方はこの国において英雄だそうですね」
中性的な声で語り始める少年。
「クドゥルフ戦役において、自ら志願して前線に赴いては多くの魔物を相手にその剣と魔導を駆使して無数の戦果を上げ、一兵が飛び級で昇進し一気に隊長格にまで登り詰めたと」
身長差、比重差ともに三倍はあろう体格の違いを何の違和感もなく宙吊りにしては、抵抗する四肢を別の鎖で絡めとって身動きを完全に封じている。
おもむろに転がる傘を手に取って、雨を遮断しながら言葉は続く。
「でも、それは貴方の正統な結果に対する対価ではないですよね?」
言葉に少しだけ感情が含まれた。
「ゴホゴホ・・・ウッ!?グァアワァアァァア」
首元に絡まった鎖が緩まると咳き込むシャルフ。
生死を分つ気道の解放に安心する事を許さない追撃。
ずぶ濡れになった全身に迸る蒼い電撃が鎖を通じて滴る水分を弾き、シャルフの全身に流れ込む。
激しく外部から吸収し、内部に浸透する電流に声にならない断末魔が木霊する。
「貴方は高貴な血統であるハイエルフを交渉材料に魔族と契りを交わした。結果、戦役の要であった将軍格の首を討ち取り、その証拠を献上する事で多大なる評価を得て今に至っている。騎士の皮を被った悪魔とは良く言ったものですね」
そう。
シャルフ・リベリエルダはドレイファール公国で多くの成果を上げた英雄の一角と称されている。
民衆はその正義感や勇気に心打たれ、彼を英雄と崇めていた。
だが、その実態はゲス極まりない偽証の末に得られた物。
この世界において、ハイエルフは稀少種族の一種として高貴な血統に分類される極めて神聖な存在である。慈愛に溢れ、その類稀な知識と超感覚、精霊との対話などを使い分け世界の調和を担う重要な存在なのだ。
ただでさえ稀少種で絶滅寸前にも関わらず、誰に対しても平等に接し、分け隔てなく導く純粋な種族なだけに神の使いなどと呼ぶ者もいる程、崇め祭られている。
それを自身の大義名分の為に言葉巧みに騙して魔族に売ったシャルフは果たして英雄なのか?
「否。貴方が交渉に使ったハイエルフは時期、代表になる素質と血脈を宿した姫君だったのです。その行いがどれだけ愚かで妬ましい事か、身を持って償ってもらいます」
電流を停止させ宙吊りにしていたシャルフを自身の高さに合わせるより降下させ、衰弱するシャルフの瞼を強制的に開かせては視点と視点を合致させる。
厚い暗雲が空を覆う事で昼間にもかかわらず、周辺は暗い。
その中で翡翠色の双眸が不気味な輝きを放ち、瞳孔が渦を作るように周回を始めた。
「一時の夢に満足し、一人の尊き命を奪った貴方には永遠の苦しみを与えます」
視点の合致により双眸に揺らめく運河のような光景がシャルフの脳内を支配する。
呻き声にも似た弱々しい声にかすかな命乞いが見て取れた瞬間、眼球が弾け血潮を噴き出す。
さらに全身を締め上げていた鎖が締まる力と電流を加速させ五体をバラバラに解体、残った肉片を散り散りに焼き払って一片も残す事なく、血液だけが雨と同化してレンガの隙間を縫って染み込んでいった。
「・・・人間というのはどの種族よりも欲望が強い。抗える力のない者ほど、英雄などと呼ばれる人が多いのも時代の嵯峨でしょうか」
事なきを得て、小言を呟く。
「一人葬ったとして何か変化があるとは思えませんが、大事なお友達の仇は討てたのでヨシとする他ありませんね」
返り血は雨で流れ、孤独感の増す場所にはただただ、激しい雨が降り注ぐ。
止まる事を知らない雨音に少年はまたクスリと微笑んで、踊るように歩みを進める
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