過去と現在と未来【現在】

「懐かしいな」

「ええ、そうですね」

「店をやっているとは聞いてはいたが、ここまでとはなぁ」


 彼は、照れたように笑って見せた。初めて見る彼の笑顔は、寂しそうに見える。


「君の償いは不要なものだった」

「過去の事ですから、もう良いんですよ」

「そうか……」


 居心地の良い店内に、少しばかりの沈黙が流れる。


「どうしてこんな事をしているんだ?」

「え?」


「世間に恨みを持ってもおかしくないような人生だったはずだ」

「先ほども言いましたが、過去の事です。それに、恨みがあるのは皆一緒でしょう」


「そうかもしれないが……」


「私は、私の店で私の作った料理を振る舞うのが好きなんです。それによって、少しでも人の心が癒せれば良いんですよ」


「君の心は?」

「私の?」

「ああ、人を癒すばかりで、自分の心を疎かにすれば、荒んでしまう」

「……」


 彼は、少し考え込んでいるようだった。しかし、嘘は言っていない。人の為にと息巻いておきながら、自分にとっての幸せを掴めない人は少なからずいる。そうして今度は、自分自身が病んでしまう。彼にはそうなって欲しくない。


「私はやりたい事をやろうと決めたんです。どんなに馬鹿にされ、反対されようと私は後悔はしないと思っています」

「しかし――」


「それが! それが、私の幸せなんです」

「……そうか」


 彼のためだと思って来たが、どうやら私の思い違いだったようだ。

 彼はきっと、この先どんなに不幸な事が待ち受けていようと、その悲劇を受け入れるのだろう。そして、後悔する事もなく一生を終えるのだろう。それが彼の『幸せ』なのだとしたら、他人が彼をどうこう言う必要はない。



 私は、彼にまた会う約束をし、店を後にした。



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